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踏み越えられた境界線:


若干の空腹感にふと顔を上げる。
(ああ、もう昼か……)
時計を見て気付く、そのことに違和感を覚える。
体内時計は正確だ。にもかかわらず違和感を覚えたのは、空腹を感じるまで昼時である事に気付かなかった所為だ。いつもであれば外部からの刺激、つまり他人の行動によって昼時である事を知る。
このところの昼の合図は、『おーい刹那、昼飯行くぞー』である。このとき首はがっしり奴の腕にきめられている。
何をしていようとお構い無しに引っ張られるので(しかも抵抗するとちゃんと食べないと大きくなれないぞとくる。余計なお世話だ)食事を抜く事はなくなった。身体的には確かに良い事だろう。故に習慣に従って食堂に向かおうと立ち上がった。

合図は、聞こえも見えもしなかったけれど。



「ハロ、まだか?」
「マダ!マダ!!」

(……こんなところに居たのか)
ハロを抱えて扉に向かう、怪しいことこの上ない後姿に眉を顰めて近づく。
――――近づかなくてはならないのだ。何故ならそいつが張り付いている扉は俺の部屋の扉だ。食事を終えた俺には進行方向むしろ目的地である。
若干引き気味なのは、いくら狭い人間関係だとはいえ、いやむしろ狭い人間関係だからこそ変な人間とは係わり合いになりたくはない。

「……おい」
「あー今取り込み中だ。後にしてくれ」
「一体全体なんのだ?」

その声が一体誰のものか。分からない様なら医務室に放り込んでこようかと思ったが、ビシリと固まった背中に思いとどまる。
こいつを運ぶのはきっと結構な労働だ。そんな無駄な労働をするより退かした方が早いし、疲れない。
自分の現在の所作が怪しいことに自覚があるのか、実際何か疚しい所があるのか、ギシギシと軋む音でも立てそうなほどゆっくりとロックオンは振り返る。

「……やぁ刹那クン。もう食事は終わったのかね?」
「久しぶりに静かな食事だったからな」

扉の前のデカイ体を押し退けてロックを解除する。
ハロが『アイタ!アイタ!!』と騒ぎ立てるのを蹴り出して、やっと俺は俺のテリトリーに帰りついた。

「で?」
「”で”ってーのは?文になってないぜ」
「人の部屋の前で何をやってる」

この期に及んで惚けようというのか。人の揚げ足を取る言葉に、お望み通り逃げ場のない問いを返す。

「いやーロックナンバーを少々」
(そんなもんどうするつもりだ……)
「別に悪用するつもりなんてないぜ?ほら、寝坊した時とかさ呼びに来たりだな」
「必要ない」

そもそも寝坊なんて理由で遅刻したりはしないし、万が一そういった時でも部屋に直接連絡が来るだろう。そうでなかったとしても、そのときに通達されるだろう。もしくは仮ロックナンバーが発行されるはずだ。理由にはならない。
それならなーとまだ理由にならない理由を並べ立てる男に溜息を吐く。
俺は自分のテリトリーに帰りついたはずなのに、どうにもこうにも静かにならない。元凶たるは勿論人の背後にぺったりとくっついてくる男であって、しかもそいつがなんだか訳の分からないことを始めた所為である。暇なんだろうか。そりゃまだソレスタルビーイングはミッションを開始していないけれど、俺やこいつには機体を乗りこなす訓練や機体の性能テストやその他諸々必要な仕事があるはずなんだが。

「だいたい、あんたに鍵なんていらないだろ」

酷く間の抜けた顔。それから何故か妙に嬉しそうな顔になったのを見て一歩後ろに下がる。その分を無言で埋められた。むしろ距離を詰められた。なんで近づいて来るんだ。この手はなんだ(がっちり肩に食い込んでる!)

「なになに、それって俺は出入り自由って事?」
「今現在自分が何処に立っているのか確認してから言うんだな」

扉のレール。それを境界線だとしよう。俺は当然踏み越える。
部屋の主なのだから当然だ。だが、さも当然のように後を付いて今も部屋に入っているこの男は違う。その境界線を踏み越えることに躊躇を覚えて然るべきだ。というか許可なく侵していい境界ではない。それを、毎度毎度毎度躊躇わない。

そんな男の何処にロックナンバーが必要だって言うんだ。


































隣家の歯ブラシ:

「あー……」

壊れてる。っていうか溢れてる。
何か音がずっとしてるなーと覗き込んだトイレの蓋がぽこぽこしてるのを見て顔が引き攣る。

「どうするんだこれ」

業者に電話するんだろうか。でもすぐ来てくれるものなのか?っていうかすぐに直るものなのか。っていうか使いたいんだけどどうしよう。
どうするも何もこれが使えない事は一目瞭然なんだけれども。
最も有効なのはお隣さんに借りる事だ。
(居るかなぁ……?)
お隣さんの愛想のない顔を思い出して首を傾げる。
多分居れば貸してはくれるだろう。なんだかんだで律儀な人っぽいし。最初は無愛想だと思ったけれど、何だかんだで隣人関係が成立している唯一の人だ。今の世の中早々隣人関係も成立しない。
まあそんなことで僕は意を決してチャイムを押した。

「……何の用だ?」
(あ、居たんだ)

開いた玄関にむしろ驚く。ほとんど駄目もとだ。うちもそうだけれど、お隣さんも結構居ないことが多い。歳からして留学生か何かだろうから仕方がない。学生の一人暮らしなんて昼間はたいてい留守だ。
無口で無愛想な人だけれど、こういう人なんだと思うと腹が立たないというか普通に隣人関係が成立する。
僕の身近な人といえばルイスや姉さんみたいな元気で押しが強くて口数の多い人ばかりだけれど、こういう人も案外居心地は悪くない。
なにしろ日本人は謙虚で大人しいのが美徳なのだ。



貸して欲しいといわれたものが外に持ち運びできないものであるため、仕方なく沙慈を家に上げる。
この男が一般人であることは確認が取れている。動作にも違和感を覚えた事はない。些細な頼みごとは断る理由もなかった。
なにしろトイレと玄関は直線距離だし、そもそもこの家には生活するのに必要最低限のものしかない。ミッションに関係するものは全てガンダムの倉庫に置いてあるから漁られて困る事もない。精々が端末一つだが、身に着けているものだ。
それでも一応、隣の部屋も勿論同じような作りであるから特別間取りなど分かっているだろうが、洗面所まで付いて待っていた。
えーとだとかあのぅだとか何か言いたい事がありそうだったが、黙殺する。文句があるならはっきり言えばいい。別に中まで付いて見張っているわけでもあるまいし。
諦めたように用を済まし、手を洗う沙慈の手がふと止まる。

「あれ?刹那さん一人暮らしですよね」
「……」

誰のだこれ。
示された歯ブラシは俺のものともう一つ。
緑色のまだ新しい歯ブラシ。見覚えはない。いや、毎日使っている場所であるから目には入っていたはずだ。つまり置いた覚えや買った覚えがない。

「彼女の?(ドキドキドキドキ)」

何故か瞳を輝かせて聞いてくる沙慈の言葉の意味がいまいち理解できない。
彼女と称するような共通の知り合いは居ないはずだ。

「あ、それともこの前のあの人と一緒に住んでたりするんですか?」
「……」
「なんだっけ、あの長髪のカッコイイお兄さん」

それは少し世辞が過ぎるんじゃないかと思うが(あいつの中身はただの馬鹿だ)一応誰の事を言っているのかは分かる。分かるがそこは否定をするべきところであるのかしばし迷う。
この家に出入りする人間は少ない。この沙慈とそのロックオンくらいなものだ。当然ながら問いをしている沙慈が置くはずも置く機会もないはずだから除外として、消去法で出てくるのはいかにもそういうことをやりそうな男の顔だ。
それに一緒に暮らしているのかと言う問いも若干答えに迷うところだ。
此処では別だが宇宙に居れば住む場所は同じだ。ミッション中も。此処は俺の住いというわけでもない。寝床というのが正しいか。住んでいるという実感は薄い。

「あれ、え、図星ですか?一緒に住んでるんだ?あんまり見ないけど」
「……違う」
「えーだってさっきは否定しなかったじゃないですか」
「……」

沙慈という男は隣人として特別可もなく不可もなくという接し方を心がけている。問題を起こすなということは強く言われている所為もある。
だが、こういう追求は実力行使に移っても良いだろうか。



命令は基本的には通信で送られてくることが多いが、人が直接伝えに来る事もある。
今回のメッセンジャーは俺というわけで、一緒にミッションに出かける刹那に直接の説明をしに出向いたということだ。
命令が届いてからすぐ出たが、時差がある所為もあって到着したのは遅かった。まぁしばらく刹那のところに泊まってそのままミッションに向かえばいいだろう。ミッションの日程にはまだ若干の猶予があるし、この家には寝場所もある。
ソファでも中々眠れるものだ。宇宙の簡易ベッドよりも快適だ。

「それじゃこいつを頭に叩き込んどけよ」
「了解」

さてこれで本日のミッションは完了だ。眠る前に歯磨き歯磨き。
こんな家の間取りくらいなんとなくでも分かる上、何度か来たことのある勝手知ったる他人の家だ。刹那の了解など当然とらずに向かおうと立ち上がると、神妙に聞いていた顔より少し顔を引き攣らせて刹那が待ったを掛けた。

「あんた何勝手に人の家に私物置いてるんだ。しかも歯ブラシ」
「歯ブラシは必要だろ?虫歯になっちまうぜ?」
「泊まる必要がないだろう」
「せっかく伝令に来たっていうのに追い出す気かぁ?酷いぞ刹那」
「交通費や宿泊費だって経費で出るだろう」

酷いなどと言われる筋合いはない。そう言う観点でいうなれば確かに反論はできない。
けれども人には体力的な面や精神的な面があるって話を忘れちゃいけない。

「どーでもいいけど持って帰れよ」
「いやーほら、一人暮らしは何かと物騒だし丁度いいじゃん?」
「そこになんで歯ブラシが出てくるんだ」
「歯ブラシあれば一人じゃないんだなーとか」
「誰がそこまで見るんだ」
「あーそーね」

此処まで嫌がるのは何か理由があるのか。
わりと拘らない気がしたし気付かないことすら予想したのだが。
(もしかして……誰かに言われたのか?)
だとしたらまず家に上げるほど良好な関係を築く事が必要になるわけだが。
それって相当だぞ?俺だってミッションがなければ上げてもらえるか分からないくらいだ。わりと年季の入った間柄だってその扱いなのに、何ヶ月単位の相手が家に上げられるってことは相当気に入っているということだ。
(ちょっと待て……!)
そんなことあるか。あっていいのか。
いやまて落ち着け俺。そんなことあるわけないだろ、ないないない。
息を吸って、吐いて、それから聞いてみる必要がある。

「なんでそこまで嫌がるわけ?」
「他人の気配が嫌だ」
「あーそう」

この言い草なら悪い虫が付いたわけじゃ無さそうだ。
(あー良かった。これで掻っ攫われたら目も当てられないよな……)
俺は立ち直れる
――――自信はない。
結構、かなり、マジなのだ。でなけりゃ犯罪スレスレの恋愛に嵌ったりはしない。

「ま、いーじゃないの。俺の印ってことで」
「どこがだ」
「忘れないだろ?」
「俺はそこまで馬鹿じゃない」

知ってるってと笑う。そういう意味じゃないとビッと指を突きつける。

「だからさー毎日それ見たら俺のこと思い出すだろ」
「見なくとも思い出すさ」
「へ?」
「あんたのことは嫌でも思い出さずにはいられないだろ」

顔を顰めて言われた言葉だ。どう取るべきか迷わないでもない。
(でもこりゃ……そう悪いことじゃないだろ)
あの刹那が、だ。
他人のことなんて興味が無さそうで触れられる事が嫌いで踏み込まれる事が嫌いなこの子供が、だ。
これは案外、俺の努力は報われていないわけじゃなさそうだ。


※刹那なら追求しないで無言で捨てそうだ……
































未来展望に蓋をして明日を鳴らせ:

「あれ?あなた確か沙慈の……」

唐突に声を掛けられて顔を上げる。
鳥が飛び立つ音が耳に残る、世界の確立。世界と自分との繋がりができる。
公園のベンチ。
噴水が吹き上がるそこに出かける事は日課になりつつあった。

「気分でも悪いの?」
「別に」
「聞いてたけど本当無愛想ねぇ」

人の許可無く隣に座り込んだ女が呆れたように首を振る。
余計なお世話だ。それが嫌だというのなら話しかけてこなければ良い。こちらはそれで全く不都合は無いのだから。

「あなたも留学生?」
「……そんなところだ」

否定をするのも億劫だ。学校名を聞かれると厄介だが、そこまで答えてやる義理も無い。
それ以上の追求は無く、ぐっと座った状態で女は拳を握った手を空へ突き出した。

「あーあ、また今日も一日が終わっちゃう」
「だから?」
「だって留学期間が一日終わっちゃったってことだし、将来が近づいてきちゃうじゃない」
「将来?」

そ、と肯定を返されるがだからなんだというのか分からない。一日が終われば次の日が来る。それだけのことの何が嫌だというのか。将来という漠然とした言葉の意味も分かりかねる。
あの沙慈・クロスロードという男、よくこんな女と会話が成立するものだ。

「2年たったら私帰らなくちゃならないのよねー」
「……」
「でも沙慈の将来に私のことって漠然としかないって」
「……」
「会えるか分からないのにね」

「……将来なんて不確かなことを今考えてみても仕方が無いだろう」

唐突に破られた沈黙に女がパチクリと瞳を瞬かせる。影をつくる金色の睫がどこか壊れ物に見えた。
なんてくだらない。くだらなくて己の事だけの戦争を直接知らない経済特区の住人の考え。
世界には今を生きることにすら汲々としている人間もいるというのに、ここでは生きることではなく誰かに会えるとか誰といるとかそんな贅沢なことを考えているというのか。

「でも今から考えておかないといざっていうとき何もできないでしょ?後悔するの嫌よ……そんなに遠い未来って訳じゃないんだし」

この女にとって2年というのがその期間であるというのならば確かに遠いものではないだろう。
俺にとって将来とは明日かもしれないし、1年後であるかもしれないし、10年後であるかもしれない。
おそらく戦争が無くなる日以降のことになるのだろう。そうでない場合はすべて今だ。何も変わらない。ガンダムを誰かに譲るつもりは毛頭無いし、ソレスタルビーイングに属している限り行動も目的も変わりはしないだろう。
だがその後となると、何が残るのか分からない。近辺の人間関係を思い出してみても精々上がるのは3人の仲間の顔くらいだ。
特にやたらと人のことを構いたがる男の顔が若干長く居座る。本人同様人の記憶ですら図々しい男だ。
あの男はどうするだろうか
――――決まっている。
じゃあなと手を振り簡単に去っていくのだ。誰かが側に居ると言う現実を思い描けない。
変わらない日々、けれど確かに過ぎていく時間を考えれば。

「そうだ、な……」

同意できなくもない。
そんなくだらなくて贅沢な考えは今はまだそうそういつもしていられないけれど、今だけは悪くは無い。
毒されていると思うが、あの男ならきっと人の頭を撫でて子ども扱いしながら良い事だと笑うのだろう。



プトレマイオスには大抵一人、正確には1機がエネルギー確保のために常駐している必要がある。
ということはとどのつまり宇宙での作戦行動で無い限り、ほぼマイスターが4人揃うことはないということだ。久々の集合に話に花を咲かせる……わけもなく、沈黙が空気を満たす室内に、今日は珍しく刹那から話が振られた。

「はぁ?将来どうするかって?」

何処と無く棘々しいような、いつもよりもさらに表情のないような顔のまま、刹那は重々しく頷く。それに特別な反応を示さずに頭を捻る男は気付いていないのだろう。棘々しいのは寂しさの裏返しだ。
日頃はそう察しの悪い男ではないのにどうして気付かないのか。

「俺は学歴も無いからな。一人でやっていくにはそれなりの準備が必要だ」
「ちょっと待て刹那」

ロックオンの恐る恐る手を上げて、掛かったストップに首を傾げる。

「なんだ?」
「一人って一人か?」
「ソレスタルビーイングが解体されれば一人だろう」

「……」
「……」
「…………」
「…………」

「なにそんなこと考えてたわけ?」

ガクリ。落ちた頭が哀れを誘う。
わざとらしくはあるが、これはこれで案外本気なのかもしれないとアレルヤ哀れみの目で、ティエリアは冷たい目で眺める。なんせこの男、8つも年下の子供に対していつでも本気だ。子供にはわからないように冗談に塗しているけれど。

「俺はおまえのお守り係なわけ。つまり保護者だ。任務が終わったからって一人で放り出すわけ無いだろうが」

こんな風に。
確かにそこに嘘は無いが、それでは刹那には通じないだろう。信用も得られない。だからああ信じてもらえないと言うことを分かっていないのだろうか。
……多分、分かってはいるのだろう。それでも拒絶が恐いのだ。

「なんで分からんのかなぁ……」
「日頃の行いだろう」
「えー日頃の行いってーなら俺は当然一緒だと思うよなぁ刹那」
「……」
「やれやれ。この男には常識的な見解を説く必要があるようだな」
「いやいやいや、ちゃんとあるだろーが。ティエリア!」
「仕方ないよ。僕たちに未来とか、将来とか、考える余裕は無かったし」

さりげなく刹那に手を伸ばして後ろへ隠す。
ティエリアは容赦ない。下手に渦中に置いておいて火花が飛んでは可哀相だ。

「ハレルヤ……僕たちの未来もどうか穏やかなものが用意されているといいね」
「無茶な要求だな」
「ま、なんにせよとっとと戦争終わらせる事が先決、だろ?」

返る、三つの肯定。
所詮戦争が終わらなければソレスタルビーイングが解体されることはない。未来も将来も今と変わることが無い。
それはそれでどこか心地よいと感じるところもあるけれど。

「さて、と。それじゃ次のミッションだ」

































その散る花のために:

涙を捧げるか。
花を捧げるか。
聖句を捧げるか。
祈りを捧げるか。
――――否。
我らは更なる血肉を捧げる。



アレルヤ・ハプディズムとコンビでの作戦行動はこれが始めてだった。
その機体性能上の理由なのか、それともパイロットの性格的相性の問題なのか、もっぱらデュナメスと組む事が多く、他の機体とのコンビネーションもあまり訓練していない。それでも今回はこれが命令というのだからこれが最善なのだろう。戦術予報士のスメラギ・李・ノリエガを信頼している。しなければ動けない。
といっても理由の検討はつく。今回のミッションでは機体に乗り込むまでに身体での戦闘行為が予測される。それを考慮しての人選だろう。
使い慣れた武器を確認して、握り締める。昔よりは小さく思える、重みのある銃。

「ハレルヤ……」

耳を掠める音。
続く言葉は聞こえなかった。しかしその言葉は神を賛美する言葉だ。

「あんたは神を信じているのか」
「これは別に祈りの言葉じゃないよ」

苦笑する男は鋭い目をしている。そんな男から零れる優しい口調は噛み合わないと思う。
どこかにある違和感。だが、確かな本質。

「祈ることはもうやめたよ」
「妥当だろう」

祈る事など無駄な行為だ。どれほどむなしいことか、それを俺は知っている。
祈りなど、その対象がなければ何にもならないものだ。
故に。

「神など居ない」

ずっとずっとそれを実感して生きてきた。
戦争が神への供物なんて嘘だ。救ってなんてくれなかった。助けてなんてくれなかった。

「あるのはただ、力の有無だけだ」

力があれば救われる。
初めて神という存在を肯定的に考えた日、それはまさに力の具現だった。俺にとっての神、敵にとっての悪魔とでもいう存在。
それは神ではなかった。

「力は全てじゃないのかもしれないけれど、あればどうにかなることが圧倒的に多い」

憧れた存在。憧れた力。
今は手にしたもの。

「僕もそれを知っているよ。だからガンダムマイスターになった」

でもね、と言う。鋭い眼差しを空へと向けて。まるで己に言い聞かせるように。

「間違えてはいけない」
「なにを」
「僕は祈るわけではないけれど、散りゆくものに約束を捧げるよ」

戦争の終わりを、そう空中に向けて喋る男はそういえば電波などと称されることがあると聞く。
独り言とも思えないが、つまり自己の世界へと入り込んでいるのだろう。迷いを打ち消すために言葉にするというのなら関わらない方がいい。
他人の覚悟など関係ない。任務に支障がなければそれでいい。その程度の信頼は彼にもある。
ふいに空から地上へと戻した鋭い眼差しを和らげてアレルヤは尋ねてきた。

「刹那は散る花へ何を捧げる?」

答えは無言で返した。
だって今まさに散弾を捧げようとしているというのに、その言葉は滑稽でしかない。

































Children of heart:

刹那という名前だけを知っている。
彼は宇宙の中を流れ着いた人間だ。モビルスーツの運行テスト中に私が拾った。幸いなことに中佐は可哀相にと言って次のステーションまでその人間を乗せてくれた。

”可哀相”

これが可哀相というのか。時々中佐が呟く。その言葉の意味は知っていたが実際は知らなかった。
可哀相な人、可哀相な子供。
拾ったのは私だったから世話係という名目を付けられたが、何かをすることさえなかった。彼には要求がない。
必要なことは自分で行っていたし、私の役目はほとんどないと言っていい。
だが、中佐にではないがあまり部外者を一人でふらふらさせるなと言われたから一緒にはいた。
刹那はあまり喋らない。私も必要以外の発言は分からないから自然言葉はなくただたゆたう。お互いに干渉せずに並んで静かな時間を過ごした。

「君たちはそうやっているとまるで双子のようだな」

それを見た中佐がそんな感想を口にした(呆れていたんだと聞いた)。
そうでしょうかと返すはずであったのが、何故か言葉が出てこなかった。
双子のようとはつまり似ているということだ。それもかなり近く、同じものに近い。
ふと、脳内を横切る疑問。刹那を知る前、どうして私は可哀相という言葉を知っていたのだったか。
可哀相という言葉は、私に向けられていなかったか。
刹那を見て首を振る。同じではない。自分が人と違うことは知っている。それが特別なことで、上位者にある”特別”ではないことも。
私に向けられる”特別”はあまり良い意味では使われないようだということを施設から出て知った。
私はいい、けれど。一緒にされてしまってはそれこそ”可哀相”だと思う。
だから咄嗟に発言した。

「あなたは違う」

もう中佐はいなくなっていた。思考に時間がかかりすぎていた。
それでも、上手くいえないけれど、でも……

「私とは、違う」

もっとまともな人間だ。特別であるとしても、同じような”特別”ではない。この場合は”特殊”と言うべきか。
彼にはシンパシーを感じない。

「当たり前だ」

久しぶりに声を聞いた気がした。
大きな声ではないけれど自然と耳に入ってくる。硬く幼い声。

「俺とあんたは別の人間だ。違って当然だろう」

当たり前という、当然という、その答えに思わず呆然とする。
非凡なる存在であることにいつの間にか意味を求め、私は囚われていたのか。そう気づく。
あまり喋らない彼がくれた言葉は確かに当たり前で、だからこそ心に残った。


※次のステーションまでの僅かな一時。敵だなんて知らなかった。
(双子のようだと言わせたかっただけ)