泡玉は消える:


外れた仮面の奥から現れた顔を呆然と見た。
襟足が肩に掛かる長い茶色の髪、均整の取れた顔立ちと、それに付随する緑の瞳。
腕が震える。
そんなことがあるはずがない、と。

「……あんたは……」

まさかという希望に縋りたい気持ちと、あるはずがないという現実的な思考が拮抗する。
そして唇から零れた言葉は現実が勝利した結果だった。あるいはそれを否定して欲しいという希望がまさったか。

「あんたは死んだはずだ」

死んだはずだ。
死体を見ては居ない。だが、宇宙では遺体が見つからないことはよくあることだ。
自分の死体も見つかりはしないだろう。
何も残さず、消える。
だから死体は生死の証にはならない。
確かに男の姿は爆散するGNアームズの側にあって、それが爆発したあとあの男の姿は無かった。

生存は絶望的なはずだった。

「なんのことだ?刹那」

まるで、あの日のことが夢であるかというように。
それはあの日の否定にはなりえない。
だが、限りなくそれに近く受け取れる言葉だった。

「なんのことだ、じゃないっあんたこと何やってるんだあんなモノを被って!」
「そりゃ悪かったな」
「うるさいうるさいうるさいっ」

ドン、と胸を叩く。
ふらつきもせず、男は笑う。

「子供だなぁ刹那は」

くしゃりと頭を撫でた手が、離れた瞬間。
男の顔が酷く歪んだ。

「くくくくくっ……やっべ腹いてぇ……」

違う。
こいつは……

「誰と勘違いしてんの?」

ニヤリと笑う。口角を上げたその笑い方はロックオンとよく似ている。
だが、違うのだ。
あいつはそんな風に俺を見下したように笑わない。

「俺の名前は
――――だよ」

違う笑み、違う名前。
違う存在。だが……限りなく似ている存在。

「刹那、なぁおまえ誰だと思ったんだ?」

その顔で、その声で。

”刹那”

なんて呼ぶな。

記憶が呼び覚まされる。
普段は忘れたふりをして忘れている。
あんなにも優しく笑っていた男のことを。


ガンダム名物、仮面の登場はロックオン……!?
ではなく仮面登場はロックオフでした、という妄想。
































道化を脱いでも溺れはしない:

オフタイムは王留美所有の保養施設で過ごすことが多い。
ガンダムマイスターたちは召集が掛かってなかったのか、それとも拒否したのか知らないが、今まで見たことが無かった。けれども今回は何故か大小の人影が玄関先に並んでいたというわけだ。
たまたま飲み物を取りに通りかかった俺はよぅという陽気な声につかまって足を止めた。

ら。

「おまえ……ちょっと笑っていいか?」
「もうどうでもいいっす」

既に女性陣に散々笑われているのでこの際たいしたことじゃない。
真面目な顔はすでに崩壊する一歩手前のもので、目の前に並んだ大小の人影の大きい方はもう修正は利かないだろう。小さいほうの顔は変わらない。
大きい方
――――ロックオンの笑い方は別に馬鹿にしたものではなかったし、真面目路線よりも道化を気取った方が性に合っている俺としては別に嫌なことではない。いや別に水着は狙ったわけじゃないが。

「仕方ないじゃないっすか。俺はラッセみたいのは無理っす」
「いやいやそうじゃなくてな?そのセンスは如何なもんかと……」

酷い言い草だ、いやこの人は常にカッコいいから仕方がないといえるかもしれないが。プトレマイオスの中ではモノレさんと並んで自分のスタイルに拘りがあるタイプだ。
しかもクリスやスメラギさんの話の中で、容姿としては貶されているのを聞いた事が無い(あんなに、厳しいのに!)。
でもそれ以外のことではまぁ色々言われている事を知っている(へたれだとかなさけないだとか)。人間誰しもパーフェクトではないということだ。

「俺の体、半分は金属ですからね。見ていて気分のいいものじゃないでしょ」
「だからってなんで白と赤の横縞なんだよ……?」
「それしかなかったんすよ」

こんな体だから水着なんて必要があると思ってなかったし、着ると思っていなかったから持っていない。
女性陣が主なこの面子じゃ、買いに行かないなら支給品から選ぶくらいしかない。
以来最初に笑いが取れたのでそれでいいかと思ってそのままだ。わざわざ探すのも面倒だし。

ふと首を傾げている小さい影に目を留める。

「あれ?刹那は知らなかったっけ?」
「そういや刹那はあんまり部屋から出ないもんなー。そんな話になるのは酒の席が多いし」
「じゃあお披露目。俺の半分はサイボーグなわけ」

腕だけではないけれど、一番示しやすい右腕をぐるりと回してみせる。
重たいはずなのに重たいとは感じない、そんな体とずっと付き合ってきて。

「こんなんで生きてる実感なんて、ないっすよ」

別にそんなことまで言う必要は無かったけれど、なんとなく零れた言葉は確かに本心で。
だから俺はこんな無謀な集団に参加できるんだろうなと思う。
死にそうになることもあるし、実際にあったし、でも俺は抜けようとは思わないし、クリスのように恐いと立ち止まることも無い。だから彼女のように人間らしい感情に憧れるのだ。
唐突に今まで無言だった小さい影
――――刹那の方から声が発せられた。

「防水は?」
「へ?」
「今時の技術じゃしてないわけないだろー刹那」
「そうだな」

勝手に二人で結論づけて(いや確かに水に濡れることは問題ないけれど)大小二つの人間は何かを通じ合ったようだった。あれこの人たちってこんなに阿吽だったっけ?

「行くぞ」
「へ?刹那??」
「おー確か一階だったよな」
「ああ。直進して右手奥だ」

刹那には手を掴まれて、ロックオンには肩を組まれて押し出される。
なんだこの連行体制。

「ちょっちょっと待ってくださいって」
「ほーらさっさと行くぞ」
「だから何処に!?」
「確かこの施設はプールだけじゃなくって結構豪勢な風呂もあったろ」

そういえばそうだった気もする。
そんなに沢山来ているわけじゃないし、たいてい部屋のシャワーで済ましてしまうから使ったことはないけれど。

「裸の付き合いなら関係ないだろ」
「傷ならいくらでもある」

傷と同じ扱いなのか?そういうものなのか??
確かに酷い傷は見るだけで痛い気はするけれど。

「あんたの体なんだろう。なら別に嫌だという奴なんて此処にはいないだろう」
「そういうこと」

淡々と述べる小さな影は本当に当たり前のことのように見上げてきて。
ニヤリと笑う大きな影はそうだろうと見下ろしてきて。
道化が嫌なわけじゃない。でも、たまには道化を脱いでもいいだろうか。
だって俺の体は水に濡れても溺れるわけじゃない。


……足の付かない深いところは別だけど!!
(守秘義務なんて知ったものか!)
































そして君のことが:

「好きなの!」

そんな台詞が聞こえてきて、私はあーあと呟きながら繋いだ手を前後に大きく振った。
こんなところでそんな台詞堂々と叫ばないでよ恥ずかしい。そう思うけれど、負け惜しみか負け犬の遠吠えにしかならないので口にはしない。
道に面したカフェのテラス。きっとちょっといい感じになって二人で出かけて、いざまとまるシーンなのだろう。世間体的にはギリギリだけど叫んじゃったところでアウト。
まぁでも私には関係のない世界だ。あぁつまらない。
合コンも、デートも一応経験はしたけれど、結局まとまることはない。私の趣味じゃなかったり、優秀な私の頭に敬遠して話がまとまらない。
それでも恋がしたいお年頃なのだ。

(あーあどっかにいい男いないかなぁ)

休日にデートして、甘えて、手を繋いで、腕を組んで、キスをして。
そんなオフが楽しみたいというのは物騒な組織に所属していたって年頃の女の子だもの当然の欲求だ。
今はオフではないけれど一人で歩いてるわけでもない。けど肝心の繋がる先は小さい。手が女の私よりも一回。でも子供特有のぷっくりした手じゃなくて、骨ばった手をしてる。
そんな不思議な感触の手をぶんぶんと振り回しながら歩いていると、首を傾げたお子様の可愛い顔が顰められる。
うーんマイナス一点。
でもちょっと愛想は足りないけれど、それでも物静かな子供が首をかしげる様は可愛い。
子供が嫌いな人間のほとんどはきっと五月蝿いからダメなのだ。少なくとも私はそう。

「刹那は将来有望よねー」
「クリスティナは筋肉が好きなんだな」
「……どっからどこでそう判断したの」

今の切り替えしは正直分からない。
どこをどう通ってその台詞は出てきたの。刹那と雑談を成功させている相手はあまり見ないけれど、それでもぶっとんだ会話をしているところも知らない。子供というにはしっかりしすぎた気さえする。

「クリスティナが俺を評価できるところはそれだけだろう」

ほら人の趣味までしっかり分析しちゃって。
それにしても自分の顔の評価は入らないのねと残念に思う。可愛い系は確かに話題にしないけど(だって身近に居ないもの)、黒い髪に大きな目。すっきりとした顎のライン。細すぎる、けれど筋肉はしっかりついた身体。
うん悪くない。

「リヒテンダールがいつも泣いてる」
「あらリヒティってば刹那にそんな話するの?」

優しいし、顔だって悪いわけじゃない。でもタイプじゃないんだから仕方ないじゃない。
あーあと溜息を吐き出す。

「まぁ確かに私はナンパな優男よりもクールな肉体派が好きだけど」
「ラッセは?」
「……あれはちょっと行き過ぎ」

ワイルドでカッコイイと言えなくも無いけれど、私の趣味からはちょっと外れる。
クールっていうかなんなのあのタイプは。格闘系かしら。
同僚としてはさっぱりしてるし頼りがいもあるから悪くないかもしれないけれど、とりあえず男としての好みとはまた違うのだ。

「アレルヤよやっぱり」
「……ラッセはダメでアレルヤはいいのか」
「えーだって実際は優しいし切れ長な目で背も高いしカッコいいわよ」
「その基準で言ったら俺は将来有望という基準には当てはまらない」
「あらだって刹那は成長期まだじゃない。これから伸びるわよー」
「伸びないかもしれない」

そうかもしれない。刹那の成長はあまり芳しくない。今だって本来の歳頃よりも2つ、3つ下に見れるだろう。
私は刹那がソレスタルビーイングに入った直後を知らないからその頃に比べてどうなのか知らないけれど、大きくなったなって言うドクターの言葉を聞くと今でも十分成長してるんじゃないかって思う。
だってそれは近所のおじさんが近所の子供に言うのとはまた違う雰囲気があって。
私よりも早くソレスタルビーイングに居た子供。ソレスタルビーイングの生活水準は高いといっていいくらいなのに栄養失調で成長が追いつかない子。

「いっぱい眠って、いっぱい食べて、大きくなりなよ」

寝る子は育つのまだ大丈夫よ。

「そしていい男になってあたしに刹那のこと好きなの!って言わせてよ」

「無理だ」
「なんでよ」

「だってあんたはアレルヤみたいな男が好きなんだろう」

タイプが違うと刹那は当たり前のように否定する。
そうよ。でもね、こうやって君と手を繋いで歩くの、私嫌いじゃないんだよ。
































メシアの救済:

ソラン、ソラン、此処は神様の土地なのよ。
子供に初めにそう言ったのは誰だったのだろう。

母親が寝物語に使う話だったのかもしれないし、学校で教える話だったのかもしれない。あまりにそれは当たり前すぎて一番初めなど覚えていない。
確実にいえるのは。
アリー・アル・サーシェス。
あの男が来てから世界は歪んだということだ。

何故。問うのは母だった。ああ、でも今なら自身も問う。
何故だったのか。何故信じたのか。
神は居ない。死んでしまった命はもう戻らない。

分かった。分かった。分かった。
分かったのが遅すぎた。

「刹那」

声が重なる。

「刹那?」

暗闇の中伸ばされた手に縋る。一人で立っていることなど出来なかった。
だってそこに母が居た。俺が殺した母が居た。

ソラン、ソラン、ねぇ愛しているわ。
優しく、優しく、笑う母。

ソラン、ソラン、どうして?
怯えて、後退り、見上げる母。

「刹那、起きろよ。なぁ」

違う。俺はもうソランじゃない。ソラン・イブラヒムはあの戦争で死んだ。
俺は刹那・F・セイエイで
―――

俺は、ガンダムなんだ。





目が、覚めた。

「おーやっと起きたか」

男が、見下ろしていた。逆行で表情は見えないが、いつものようにニヒルな笑みを浮かべているのだろう。寝起きが悪いと少し呆れたような顔もしているかもしれない。
顔が見たかった。
そのシルエットから間違いなくそれは母ではないと、男だと、ロックオンだと、分かったけれど、きちんと確認したかった。だから伸ばした手はけれど捕まれてそのまま起き上がらせられた。

「珍しいな」

おまえが甘えてくるなんて。
そんなニュアンスの言葉を貰ってむっとする。
別に手を伸ばしたのは起こして欲しかったわけじゃない。子供のように甘えたかったわけではない。余計なことをと思って手を振り払う。
途端消えた温もりに無為に不安を覚えたが、笑んでいる顔がそこにあったから一瞬で掻き消えた。

「……なんの用だ」

勤めて落ち着いた声を出しながら男が此処に居る理由を問う。
刹那の記憶の限り待機室には自分一人だったはずだ。

「ミッション、始まるぜ?」

そうか、と肯いて立ち上がる。差し出された手は意図的に無視した。
夢の中と同じように今この場所でその手に縋れば離せなくなる。一人で立ち上がれなくなる。そんな気がして。
大丈夫だ。
ガンダムのエクシアの中ならきっと夢も見ない。


……俺を夢から救って。



































重力の無い世界は、酷く不安定で

ふわりと浮かび上がる身体を押さえ切れずに浮き上がる。伸ばした手はベルトを掴みそこね、
あと数センチ。ちっと舌打ちを零し、


くるりと 壁を蹴る。

パチパチパチ。

「上手いもんだな」

バランスを崩しておいて、 なんて初めて見たと

「―――ロックオン・ストラトス」

「まだ宇宙は慣れないか?」
「……」
「こっち来てからどれくらいだったっけ?」
「……三日だ」

「それは…… 」


「手

「放すなよ」




http://www.nicovideo.jp/watch/sm2012589

せめて名前を呼んだ後に:

相談がある、と

「え?刹那が呼んでも返事をしてくれない……?」

今更じゃないかと思うのは僕だけだろうかハレルヤ。
分かっていて話しかけているんじゃないのだろうか。



「確かにそれは……せつないねぇ」


別に話しかける義務などないのに、それでも

それに……

「ロックオン、あれはあなたを待っているんじゃないんですか?」
「え?」

「分かっててやってますね」
「さて、どうかな」



「サンキューな、アレルヤ。ちょっとは






私は信じない:

手を伸ばした。届かない

「嘘だ……」


漂う人影を見たのが最後。

そんな悪夢は早く抜け出して。




































身体能力は悪くない。訓練を見ている限りでは悪くないはずなのだ。
小柄な体を上手く生かして急所を 。
だというのに。
一歩
後ろを取られれば俊敏な反応を見せる。かと思えばコテンと転ぶ。

(これじゃ だろーよ)

例え戦場にではなくとも

「……銃が無いから」



(これ……似合いそうだなー)


「刹那」

なんだと

「銃がなくてバランスが取れないってんならこれでも持ってろよ」

「子供が持つもんとしちゃ銃よりぬいぐるみの方がよっぽど合ってるだろ?」

「ぬいぐるみ?」

「人形というのはもっと小さくて人の形をしているものじゃないのか?」

「人形ってのは






「おいおい。ぬいぐるみで掃除しなさんな」

2:

あいつ、大丈夫かなぁ。
そんなことが頭を過ぎる。
余裕なわけではなかった。むしろまったくといっていいほどそんなものはない。
流石に、1000対4なんて圧倒的な戦力差においてのんきに
現実逃避をするとしたら

「おいでなすった」

途切れることの無い、
あいつは、無事だろうか。

守ってくれよ、



その手に掴むものはなぁに:

ぴょこんと

「かぁわいいっ」

一つ、年下のガンダムマイスター。
一応
顔がいいのは評価にならない。にいにいずも性格はともかく顔は二重丸だからそんなものは見飽きている。というか当たり前。顔が悪いのは問題外。視界にも入らない。

「伸ばした手で何を掴んだのかなぁ?」

クスクスと

「私、煮え切らない男って嫌いなの」

「でもあなたは

真っ直ぐに見つめてくる。拒絶すらも
うん、決めた。




世界はけして優しくはないのだと。




あの時。息が詰るかと思った

「なんで言わなかった?」
「あんたに関係があるとは思わなかった」
「報告は関係のあるなしじゃないだろう」
「自分の過去に関わることを報告したがるような奴が、ここに居るのか?」




「あんたは、復讐のためにガンダムに乗っているのか?」


「だったら降りろ。今すぐに」
「なんだとっ!?」



「それはおまえの理屈だ」

「違う」

「それがソレスタルビーイングの理念のはずだ」

「だからおまえは じゃないのか!?」



唇を拭う。その仕草にそそられたのはきっと自分だけではないのだろう。

ミッションインポッシブル:
構成案:
1.ビリー&グラハム。刹那の情報を見る。
2.刹那との出会い。無難に食事とか。
3.休みの日に会うとかどうですか。
4.グラハムと刹那二人でミッション。
5.ミッション中の会話。グラハムさんお叱り。
6.まだまだミッション。
7.まだまだまだミッション。
8.ミッション終了。
9.
10.二人で始末書を書く。





奇跡の行方:
せめてその手を繋ぐ前に:
愛を語る唇:
花に埋葬:
ソラリス


最後の恋:




多分それは最初で最後の恋。