スピーディーアワー:


珍しく暇なのか、隣でモニターを真顔で眺める男を見る。
出合った頃から子供だったのに、今では子供とは呼べない。元々、表情や行動は歳相応というよりは大人に見える子供だったけれど。
外見が成長してしまえばなおさら、子供であるからこその理屈もそのままに、大人に見えてしまう。
もっと子供で居てもいいんだぞ、そう言いそうになることもあるが言える状況ではないし言えただろう男ももう居ない。
多分そのせいでどんどんどんどん、刹那が大人になる速度は加速していく。

「操舵も出来るんだな」
「基本は強襲用コンテナとかわんねーからな」
「そうか」
「ま、勝手は違うが」
「変わらないんじゃないのか?」
「でかいからな」

例えば車が軽自動車から普通車になると勝手が違ったり、トラックになるともう運転できなかったり。そういうことと同じだ。でかいものほど運転は難しい。
もっとも宇宙ではそれほど狭い場所も無いし、自動航行にしておけば誰だろうと問題はないが、戦闘になった場合や反転させるときはどうしても人間の手による操縦が必要だ。

「ま、リヒティほど上手くいかなくても出航までには形にしてみせるさ」
「兼任じゃ無理か」
「そういうわけじゃねぇけどな。リヒティの奴、機械類は弱かったし注意力はなかったけど操舵の腕は良かったからな」

そうか、と淡々と言う刹那は決してリヒティの腕を過小評価したわけでもないし、俺の腕を過大評価しているわけでもない。
ただただ事実を確認したという感じだった。

「なぁ、刹那」

あの日共に居た子供だった男を眺める。
もう成人か年齢的にも子供とはいえない。もう少し上だったリヒティよりもよほど落ち着いて大人っぽいだろう。それでも。
年齢差は縮まるわけではないのだ。俺にとって刹那は9つも年下の子供だ。
だから少しくらいなら言っても許されるだろう。大人としてじゃない年上としての助言として。

「二足草鞋履いてんのは俺だけじゃないだろ」

似合っていない。
無理をしているようにしか見えない。
フェルトに優しくして、人を鼓舞して、フォローして、確認して。
おどける役もおせっかい役もやらないけれども。
それは本来は刹那の役じゃない。
無頓着な刹那は気にされる側だったのに。気にせずにいられないのは分かるけれど。

「確かにミレイナ・ヴァスティも兼任か。できないなんて言っていられないな」

そうじゃないとは思ったが言わなかった。
実際的な仕事だけじゃない実質的な役目だってある。例えばフェルトはクリスを意識している。
きっと人は失った誰かの分まで役目を背負うのだ。ただ刹那は自分で気づかないまま。
胸の中でひっそりと溜息を吐き出す。
あんた何気に酷いよな
―――ロックオン。
刹那を子供のように扱って許されるのはロックオンだけなのに。

「そうだな、人手不足だからな」

そんなことを言って誤魔化して、大人になるのを加速させる。
時間は決して撒き戻らないのに。

































マイナスの理由:

どうして服をそろえるの、と聞いてみたらその方が組織に所属するという一体感が得られるし、外から見ても一目瞭然だろうと答えが返った。
そうか、と私はその服に袖を通した。理由なんて納得できるものでもできないものでもあまり関係がなかった。
理由はただ自分で組み合わせを考えない服を着るための言い訳に過ぎない。
クリスティナの言葉に背く怠惰の言い訳。
鏡を見た。
クリスに言われたからちゃんと姿見を見るようにしている。お洒落をしなさい。服を変えても似合っていなくちゃお洒落をしたことにはならないし、そもそも組み合わせが合っていなかったら台無しだ。ただいつもと同じ服のときは忘れてしまうことがあるけれど。
鏡の中にはいつもと変わらない私が無表情で鏡の中にいる。ピッタリとした素材は動きやすそうな、動きにくそうな、まだ良く分からない。
メンテナンスをする時は少し気をつけなければならないかもしれない。白と灰色のズボンはずっと着ていたツナギよりも汚れが目立つし、そもそも肘まである手袋と膝まであるブーツが服をガードしていた。
制服は確かにそんなところが違うけれどいつもと違う、というほどではなかった。ああこれから毎日これを着るのだ。安心したのか、申し訳なく思ったのか、クリスの言うお洒落が出来ないなと思った。
だからほんの少し何かを変えようと思って鏡を見た。
そういえばクリスはよく髪型を弄っていたなと思う。自分のじゃなくて、私の。
可愛い可愛いと手を叩いて喜んでいたことを思い出した。
ゴムは二本。多いものから少なくすることは難しくない。
おもむろに二つに括っていた髪を一つに結んでみた。





「あれ、珍しい。今日はポニーテールなんですね」

朝食を食べに食堂に行けば、ポツリポツリと埋まる席は皆いつもと違う格好をしていて少し面白かった。私もこの中ではその一員。
おはようの挨拶もそこそこに外見に対する話をふってきた子はイアンの娘だった。
四年前の私と同じ歳。でも全然私と違う子。くるくると変わる表情やおしゃれにも興味を示すあたりはどちらかと言えばクリスに近いんじゃないかと思う。イアンを親にもつこの子の育った環境は私にとても近いはずなのに。
(どうしてだろう?)
少しだけ考える。それからふとその隣に私とは全然違うのに、一番似ている人を見つける。
あまり喋らない彼は、小さく肯いておはようの代わり。
刹那は外から来たし、私とは全然違う環境で生きていたけれど、でも私に一番近いのは刹那だといつも思う。空気とか、波長とか、そんなものが。
じっと見上げてくるその視線が、顔というよりはその後ろに少しずれているのに気づいて言われる前に答える。

「クリスがそうしていたから」
「ああ、少し似ている」

刹那はそう言って肯いた。ただ事実を言うような刹那の言葉に気分が良くなる。
刹那は嘘をつかない。お世辞とか、貶す目的でない嘘でも言わない。信用できる。
だからやっぱり私が思ったとおりに少しだけクリスに近づいたんだろう。外見だけだけれど。

「似合ってる」

今度は多分服のこと。
女の子の服の変化に気づくようなマメなタイプではないはずなのに。
言われたから今度は私がじっと刹那を見る。私と違うのは上着が青いこと。

「刹那はあんまり変わらないね」
「そうか」
「うん」

刹那のカラーは青で、青はエクシアの色で、地球の色で、刹那の色だ。
あぁ、でもストールが無いから少し変な感じはするかもしれない。引っ張ってみたかったのに。
そんな些細な願望が駄目になって口を尖らせる。

「フェルト?」
「なんでもない」
「でも顔が変わった」
「ちょっと残念だなって思っただけ」

刹那は首を傾げるだけでそれ以上は聞いてこない。興味が無いのかもしれないけれど、でも多分私が答えたくないのを分かっているのだ。だから刹那との会話は心地がいい。
ご飯を食べなくてはいけないけれど、ねぇともう少しだけ話を続ける。

「鏡を見て、クリスを思い出して、そしたら一緒に戦ってたあの時のこと思い出せていいと思ったの」
「そうだな。思い出すのが辛くないなら」
「悲しいけど、辛くは無いよ」

「フェルトは強いな」

少し目を細めて、刹那が寂しそうに笑った。
ああ、刹那はまだ思い出にはできないのだと思った。辛いのだ。記憶に残るものはきっと辛いばかりじゃないはずなのに。辛くなかったことが、それを与えてくれた人が目の前に居ないことが辛いのだ。
私は刹那の言うように思い出せることが強さだとは思わない。
ただ、一緒に居られるように。

それから私は髪を一つに結び、髪ゴムを一つだけ持つようになった。

































オヤジにタイツは穿けません:

「……お父さんってやっぱりお腹出てたんだ」

ショック、という顔で父親をみる娘にイアンは必死の思いで首を振った。

「まてまてまて!おま……この歳でそんなピッチリしたズボンなんてはけるかよ」

今日から支給の制服のデザインはどうにもこうにも若向けすぎる、とイアンは思う。
特に今刹那の服装を見て心底思う。

(抗議して良かった……!)

図面だけでも無理だと思ったが、実物をみてさらにそう思う。
このトレミーの中では年長者に入り、相談事や意見を求められる位置に居てよかったと今ほど思ったことは無い。

「なによ細い方がスラーっとして見えるしカッコイイじゃない」

刹那を示してほらほらと言う娘にしかめっ面をしてしまうのはどうしてもそのデザインに抵抗があるからだ。
確かに細身で筋肉に引き締まった刹那には似合っている。おそらくティエリアやラッセも問題なく着こなしているだろう。
だからといってそれが自分に当てはまるか。イアンは決して自分の事を洒落者だとは思っていないが、無難なセンスの持ち主だとは思っている。それを持って考えても見ろと娘に言いたい。
こちとら14の娘が居る中年だぞ、と。
むしろピッチリズボンの父親がいいのか娘よ。

「これだから平均年齢が若い職場は……」

空を仰ぐように顔を右手の手の平で覆ってイアンは上を向く。
そんな父親の服装に、思うところがあったのかポクリとミレイナは手を叩く。

「あ、じゃあ私ズボンじゃなくてスカートがいい!」
「宇宙でスカートなんてはいたら捲れてしかたないぞ」
「アンダースコートはくからいいじゃない。それにみーんなすっごく年上でしょ?あたしなんか子供と一緒でしょ?」
「おいっそういう問題じゃないだろうみっともない!」
「いいもーん。私自分で用意するもーん」

親子のそんなやり取りを見ながらフェルトは考える。
クリスが言っていたのはこういうことだろうか。もっとお洒落しなさいって、こういう風にスカートをはいたり制服を改造したり。
でも別にスカートがいいわけじゃない。どちらかというとズボンの方が動きやすいし、それにミレイナの言うようなアンダースコートを持っていない。
スカートの中身が見えてもいいという概念は存在しない。

「もー本当お父さん頭固いんだから……」

親子の論争は一区切りついたのか、ミレイナがやれやれと首を振り最後の一言とばかりに鎮痛な顔で言った。
視線はビシリと論争の原因になったイアンのゆるいズボンに向けて。

「お父さん……それ股引みたいよ」
「おまえよくそんな言葉知ってるな」

きょとんとする刹那とフェルトにイアンは疲れたように笑ってみせ、娘はそんな父とは間逆に満面の笑みを向けた。


……ピッチリズボン、オヤジにとってはタイツと同じ。
































地球の人:

ヘルメットを被っているからすぐに分かったわけじゃなかった。
助けてくれた人がどんな人なのか、信用してもいいのか、伸ばされた手と掛けられた声に促されるようにそのヘルメットの中を見上げて。

「え……?」

(見間違い……?)
だって出てきた名前が地上で出会った人だったから。一番幸せだったときにその片隅に居た人。ほとんど関わりはない。
でも似ている。絶対だなんて言えるほど親しくもなかったし、もう四年も前だ。人の顔を覚えるのは苦手ではないけれど成長期も来て変わっただろうし、そもそもとして自分がそんなにもはっきりと彼を覚えていたことの方が不思議だ。殆ど交流のない隣人でも意外に覚えているものだ。
でも雰囲気が独特で忘れようがなかったのかもしれない。
彼はちょっと変わったというか大分変わった隣人だった。

「もしかして、刹那・F・セイエイ?」

手を引いた形で僕の顔をじっと見て。
疑問に彼は答えた。

「沙慈・クロスロード……?」

それは疑問に答えるというよりは、彼もまた僕の顔を見て思い出してくれていたのかもしれなかった。そういうタイミングだった。
覚えていたこと、覚えていてくれたことが途端に嬉しくなって死にかけたというのに笑みが上る。
何か喋ろうとしてでも何もでてこなくて、見詰め合ったまま少しの沈黙。
随分と小柄だった印象(あまり背の高くない僕よりも多分彼は小さかった)があったけれど、すらりと伸びた。けれども同じように僕も伸びたから実はあまり視点は変わらない。
目を合わせていると少し下に目線が下がる。
エキゾチックな顔立ちは相変わらずで、そこから幼さがそぎ落とされはしたけれど。
うん。
変わっていない。
そのことを口にしようとして。

ガッシャン。

あれが迫ってくる音にビクリと肩を揺らす。
恐怖が蘇る。腰が引ける。
恐かった。死ぬのだと思った。
さっきもそうやって目を瞑った。
なのに。

「逃げるぞ」

腕を引かれる。
淡々とした恐怖も何も感じていないような声。
そういえば彼は無愛想だった。いやこれとそれとは関係ないけれど。
走りながら昔のことを色々と思い出してきて、やっと疑問が出る。刹那が着ている宇宙服はどう見ても自分たちと同じものではないし、監視に回っていた人たちのものでもない。ここでは見ないタイプのものだ。
それに彼とは地球で出会った。
宇宙で再び出会うはずもないはずだったのに。

「刹那、どうして君が……」
「黙っていろ」

問答無用で黙らせるようなぶっきらぼうさは変わらないけれど、絶対に庇ってくれるところとか、爆破のあとは気遣ってくれるとか、昔よりも分かりやすい優しさを彼は示すように成長したらしい。

































平和の人:

まるで平和の象徴のような人間だったのに。
苛々するほど、隣の住人は能天気で平和ボケしていた。
世界で戦争があるなんて、ガンダムがどうしているかなんて知りませんという顔をして、時折会うただ隣に住んでいるというだけの他人に笑いかける。
家に上げるなんてどうかしていると思う。一度だけ、頼まれて上がった家。
きちんと生活感があって、家族があって、明るさがあった。
どこかあいつと同じ鬱陶しさがあって、それが平和の証なんだと思った。平和を知っていて、愛を知っていて、優しさを知っている。
ロックオンも、十四までは平和に愛されて暮らしていたと聞いた。
だからこそ、失くしたときの痛みが深くて憎むべきテロに近いとさえいえることをしているのだと。

「返せっ……返してくれ二人をっ」

こいつも、そうなのか。
ロックオンと同じように大切なものを失くした人間。
愛する人も、生活も、そして今は平和さえ。

(俺が奪ったのか)

どこかで、そんな事態があることは覚悟はしていた。
それでもこうやって直接ぶつけられれば。

(痛い、な)

銃を向けられてもただ立ち尽くして言葉を受け止めるしかない。
返せと言われても居なくなってしまった人は帰ってこない。
無理だ。何度も何度も思ったけれど帰ってはこなかった。
そしてまた奪ったのは俺ではないと言えるほど厚顔にもなれない。
その彼女の親類が軍人だったかもしれないし、軍事に関係した職場だったのかもしれないし、それら付近の住人だったのかもしれないし、トリニティに攻撃されたところだったかもしれない。ソレスタルビーイングが原因のテロまで考えたら把握できていない。
ガンダムのしたことを、ソレスタルビーイングのしたことを、自分のことだと認識していなければいけない。
壊すことしかできない自分を再確認することになっても。

「返してくれよぉぉぉぉ」

慟哭は深く哀しく響く。
ああ、俺は破壊者だ。
少しだけ身近だった平和すら破壊する。
だからせめてその破壊の力をこの抑圧された世界に向けよう。
願わくばその平和の再生が叶いますように。