星は踊る:
「違う」
分かっているのか?
刹那。
連れて来てどうするつもりだ。彼と同じ顔をしていても同じ存在ではない。
彼という存在はたった一人だ。たとえコードネームを引き継いだとしても、本来なら彼と混同するはずはないのだ。
そう―――あの顔さえなかったら。
みんなが息を呑んだ。
生きていたのかと。
帰ってきたのかと。
弟だとスメラギ・李・ノリエガが言ったが、それでも誰もがしばらくその顔をじっと眺めた。
熱烈な歓迎だと茶化す男は自らロックオン・ストラトスだと名乗った。
すでにその名を自分の物としているずぶとさの上、カタロンに所属していたという。目指すことは近いのかもしれないが、そういった別組織に所属していた人間があっさりと乗り換えるなど油断がならないと思う。
刹那は何故、何を考えて、彼に似た人間を仲間として連れてきたのか。
ガンダムマイスターが不足しているのは確かだが、ケルディムならば元々予備のパイロットとしてプトレマイオスに乗っていたラッセがそのまま乗ればいい。わざわざ連れて来る理由にはならない。
刹那だってそれは知っているはずだ。
それなのに、何故。
彼以外がデュナメスの後続機たる機体に乗ることが許せないとしても。
「あの男は彼じゃない」
―――ロックオン。
呼んだ名前はあの男のことじゃない。元々の持ち主のことだ。
刹那がガンダムマイスターをあの顔で選んできたのだとは思わない。あの男は彼ではないがへらりとしているが、ここはどこだと始終情報を目立たないように聴取している様子は有能そうではある。それが油断にならないということだが。
だがもしも刹那があの男に彼を投影しているとしたら。そんな依存を認めるわけにはいかない。
同じガンダムマイスターとしてそれは許してはいけない。
顔が同じだから、それで紛らわせようなどと思う人間ではないと知ってはいるけれど。
*
すれ違う。
手を上げようか迷ったのか彼の左手がゆるく上がりかける。
「ライル・ディランディ。君の目的はなんだ?」
「今更だな」
ここに居る時点でそんなこと決まっているだろうとでも言いた気な言葉。
それは誤魔化している時にも使える台詞だ。
もし尻尾があったとしても簡単にそれを掴ませるようなことはないだろう。追求はさけそのまますれ違う。
それに知りたいのはあの男の真意ではない。
知りたいのはあの男ではなく。
刹那、君は……
踊らされているのか、躍らせているのか。
愚かを嗤え:
逃げ場を失った私は戻るしかない。
分かっていたけれど逃げ出したいまま、逃げ出したまま、刹那と二人軌道エレベータに乗っている。
戻ったとしても、酒に逃げることはまだできる。
もう、無理だった。もう、戦うことなんて恐くてできない。
あんなにも沢山死んでしまった。
戦術プランを立てた私に罪がないとは絶対にいえない。私の無力の所為で彼らは死んだ。
だから私はもう立てない。
「悪い?」
そむけた顔は彼の瞳を受け止め切れなかったからだ。逃げている自分と、責任を取る為に再び戦おうとしている彼と。
どちらが疚しいかといえば私の方だ。
四年前だったならまだ見れたかもしれない。
だって彼は子供だった。子供に諭すことは大人の役目だ。
でももう駄目だ。もう彼は偏った世界しか知らない子供ではない。
随分と背が伸びた。あの頃は見下ろすばかりだったが今は少しだけ見上げる。それに大人っぽくなった。目だけが大きくて成長不良な体は年齢よりも彼を幼く見せていたのに。
ずいぶんと変わった。変わって、しまった。
けれど変わらないのはそのまっすぐな瞳だ。
そらしてもなお追ってくる。
「私はあなたほど、強くないの」
四年前だってお酒がなければ戦えないほど弱かったのに。
もう、無理だ。
「下りるぞ」
ステーションに着いたら手を捕まれた。それまでも扉に背を預け私を逃がさないようにしていた。
痛いほどではないけれど、決して振り解ける強さではない。
そこにも彼の成長が垣間見えた。四年前のあの細さは彼にはない。いや今も逞しいといえるほど体格はよくないけれど。
「ねぇ、刹那」
もう私のことは放っておいてと言おうとして。
遮られるように刹那が違うことを口にした。相変わらず人の話を聞いていないのねと笑っていられる内容ではなかった。
「新たなガンダムマイスターが来る」
新しい、ということはティエリアでもアレルヤでもない。
欠番はたった一つ。
彼の他に誰が、と思って。そして目を見開いた。
「よぉ。遅かったな」
手を上げる男を前に刹那は足を止めた。
「ロックオン……そんな、生きて……」
「そんなに似てるかなぁ……俺と兄さんは」
「お兄さん?」
つまり彼はロックオンの血縁者だと。弟だとそう言うのか。
本人ではない。他人でもない。
ただ彼は良く似た別人である。
ロックオンではないのだと希望と失望が一気に走りぬけ、そして突き抜けようとしたところで刹那が彼を示した。
「紹介しよう。彼はライル・ディランディ」
「違うなぁ」
男は笑った。
既知感。懐かしいほどのけれど皮肉気な顔で。
「俺はロックオン・ストラトス。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ」
ロックオンと同じ顔。同じ声。
いや、多分似ているだけで同じではないのだろうけれど。
ああ、と思った。
私は刹那ほど強くない。
刹那は強い。
そう思った。そう思っていた。
けれど、私よりもずっと年下の男の子なのだと思い出す。
彼は確かに強いのかもしれない。
彼は確かに私よりもずっとずっと強いだろう。
だが、変わりに縋り付くものが必要な程度には彼もまた弱いのだ。
存在する定義に絡まる:
機体をハロに任せ、着艦したガンダムから下りる。
素人だというのを真に受けて手加減してくれたのか、元々この機体が後方支援をメインとする機体だからか、他の二人に比べれば随分と楽な仕事だった。まぁまったく疲れないとは言わないが。
ヘルメットを外し、ふうと首をふって汗を飛ばす。
長めの髪は密閉された空間の中で押し付けられて汗を掻く。
そんな作業をしながらロッカールームに向かおうとすると、前方に人影が下りた。
振り返ってそのまま。何をするでもない。
それは俺を待っているのだろうか。
近づいて足を止めると、彼は端的に口を開いた。
「戦闘はどうだった?」
「問題ねぇよ」
連れて来た手前心配したのか、それとも単純に次の戦力になるかどうかを確認しているのか。
彼の無表情な顔からはどちらかは読み取れない。
「ま、教官さんは満足しちゃいねぇみたいだけどな」
というよりも仲間だと認めてはいないと全身で言っている。
ツンとしたお綺麗な顔を思い出す。ツンケンしていて一体全体なんでこんな奴がと言うのが分かる。
まぁそれが当然の反応だろう。これだけの戦力しかないのだ。
例え一機の性能がいかほどだとしても、物量や人的財産を考えれば国連の戦力は圧倒的だ。そしてつまり一機一機の戦闘能力がものを言う。
たかが一機、がソレスタルビーイングの場合は四分の一になるのだ。
俺を連れて来た男を見る。
見下ろすだけの背丈しかない、男としては若干小柄な体躯。
真っ直ぐに見上げてくるのは最初から変わらない。そういえば飽きるくらいそろって同じ反応をするのに、驚いた反応をしなかったのもこいつだけだ。
「おまえは不安じゃねぇのか?」
「何故?」
不思議そうな顔。
いや、顔は変わらない。言葉だけが問いの形を持っている。
「俺はモビルスーツになんて乗ったことのない素人だ」
「そうか」
「素人におまえらの戦力の四分の一を任せておいて不安にならないのかって聞いてんだけど」
何を言っているんだ俺は。折角のチャンスをフイにする気か。
乗せてくれるなら都合がいい。作戦の情報はその方が手に入るし、どのみちここでの俺は“ロックオン・ストラトス”であることにしか意味はない。
カタロンに情報を流すにはこのポジジョンで居るしかない。
例えば本当はモビルスーツに乗ったことがないだなんて嘘だとしても。
例えば本当はプロフェッショナルなんだとしても。
それを自分から不安にさせるような事を言うなど。
「おまえはロックオン・ストラトスだ」
彼は言った。
真っ直ぐな瞳で。嘘を許さない瞳で。
それを真実とする眼差しで。
「心配する要素なんてどこにもない」
それは信頼なのか、釘を刺しているのか。
分からないくらいそれは真剣で。
身動きをとることができない。
カタコイ:
学校という組織にフェルトは通ったことがない。
けれど集団の中にあることは慣れている。
埋没するように、誰かの目にとまらないように、息を潜めてそっと。
そのときを待っている。
「いいなー」
わいわいと下校時間に彼女はつぶやいた。この年頃の女の子が喋る話はたいてい学校の噂話か恋愛の話だ。良く分からない話たち。
元々自分から喋るほうではないから、聞いているだけ。それで十分やっていけた。
「片想いの時が一番楽しいよね」
そうだねと彼女はハニカンだ。
楽しそうに、少しだけ恥ずかしそうに。あははと笑える彼女たちがその反応を受け入れる。排他されない。
私はそうしてじっとしてきた。
クリスが望んだように服装やアクセサリー髪型、そんなおしゃれにも少しだけ興味をもって、少しだけ普通の女の子のように振舞った。
でももうそれも終わる。
フェルトがここにいるのもあと少しだ。
「フェルト」
いつもの帰り道の並木道。
彼はそこに居た。
とても久しぶりに会った。懐かしい人。
ああ、やっぱりそんなこと無いよ。
だって私は知っている。片想いが辛いって事。
かなわない恋が痛いって事。
「久しぶり」
「そうだな」
無口な彼は相変わらずで、昔と比べれば少しだけ喋るようになった私も、けれど会話を続けられない。
昔に返ったようで。
「フェルト、この人は?」
きゃーと騒ぎながらそんなことを聞いてくる子たちに知り合いと答えて黙った。
ちょっと格好いいよねと噂する。彼女たちとはもう居る場所が違った。
「他の皆は?」
「居ない」
「ロックオンは……?」
「もう、居ない」
「そっか」
みんなもう居ないのか。知っていたけれど、私は待っていた。
そうしたら刹那が来てくれた。
でも刹那には誰が来てくれたんだろう。
誰を待っていたか私は知っているけれど。
待っても待っても来ない。
分かりきっている。
そんな片思いのときが一番楽しいなんて、そんなの……ウソ。
恋に溺れる:
ガンダムエクシア……
予想通り現れたものに笑みを深める。
僕が仕込んだ歯車。
戯れに拾い、戯れにソレスタルビーイングに放り込んだ子供。
それはイオリアシュヘンベルクの計画にはない僕の意志で投じられた。
それがイオリアの計画の内ではないという保障はないけれど、その子供を気に入って生かしたのは僕だ。
「刹那・F・セイエイ……いやソラン。君はどう演じるのかな」
イオリアの台本にはない役を。
あの荒れた国で死ぬはずだった名の無い脇役。そんな役どころでしかなかったはずの君が。
興味深いと思った。
あの瞳が、僕を見上げる瞳が。
目だけが大きくて貧相な子供。なのに、Oガンダムを見上げる瞳は僕と同じだった。
だから少しだけ変わってあげたのだ。僕の役どころを。
「まぁこれは今の君は僕の役ではないけれどね」
それはそうだろう。自分と戦うなんてナンセンスだ。
僕に抗い立ち向かってくるものは物語の構成上必要だが、それが自分であるはずはない。
ティエリア・アーデがそこに居れば十分なはずだった。
台本には無い役。
この役がいつか自分を滅ぼす者になるのかもしれない。
自分を滅ぼすことで己を作ったイオリアに復讐する。
計画など壊れてしまえばいい。
それはそれで面白いのかもしれない。
「でも計画は今のところ僕の優勢だ」
ソレスタルビーイングは壊滅し、再起の前にアロウズもイノベーターも整えた。
ヴェーダは僕の手中にある。
「どう頑張っても君たちに勝利は無いよ、ソラン」
けれど足掻いて、足掻いて、足掻いて、もがけばいい。
それが僕が描いた台本での彼の役目だ。