往来を歩いてくる人がある。
別段それは気を止めるべきことなどなにもない。大通りに人がいるのは当たり前である。
実際にそこは結構な人でごった返していた。
魔王の出現により世界が闇に閉ざされようと、妖魔が出ようと、関係はない。
国は王が守ってくださる。
街はギルドが守っている。
だから魔王が出現しようとも変わらぬ生活がそこにあった。
もちろんそれにより変わらざるを得なかった人間もいる。
話題にしたいのもそういった人間の話である。
そう
――――――やってきた人影は、表通りから僅かにそれ、若干柄が悪くなる脇道へとずれた。
そうして見えた酒場の看板を前に若干の躊躇いを見せ……

その人影は扉を押し開けた。




役立つ役立たず〜それが私の歩む道〜




にぎやかな酒場の雰囲気は嫌いではない。
酒自体はあまり飲めるほうではないが、その場の空気は賑やかにして活気がある。
魔王の出現でやはりどこも暗くなりがちの街ではあるが、ここは旅人や冒険者など腕の立つ人間の集まる場所でもあり、野卑な場所も多いが場所と時間とを選べば溢れるのは陽気な笑い声と自慢話だ。

ルイーダの酒場。
ここは旅人の出会いと別れの場所、そう呼ばれている。

キィ。
軋む扉を押し開けて入ってきた華奢な人間に僅かに空気がざわめく。
ここに来る人間は一々新たな客を確認したりはしない。ちらりと視線をやったものもそれがなんてことはない少年だと知るとすぐ顔を戻した。
何故こんな場所にこんな餓鬼が、と露骨に顔を顰める人間、笑う人間もいるにはいるがこのご時世である。事情があるか、ただの使いか、それとも旅人に憧れる真性の馬鹿か。たいていの人間はそう考える。


一人、何を思ったか観察するように彼を視線で追う者があったが……


気づかないのか頓着せずに少年は悠々と歩きカウンターへと向かっていた。
装備はあまり上等とはいかないが、決して襤褸のわけではない。
旅人の服に鎧の類はつけていない軽装備。それからは戦士ではないようだが、背に背負った包みは剣のようで、一見して職業は分かりかねた。
整った顔立ちであることは窺えるが、頭を覆った布が半分を隠していて店が薄暗いのもあり形状を判じ難い。
薄暗い店内に閉まる扉に押されて僅かに風が吹き込む。
その拍子に零れた紅。
鬱陶しそうに掻き揚げるのと同時に半分隠れていたその部分が露になった。
鮮烈な生。翠の瞳が何かを射る。
彼こそが
――――――失礼。彼女こそが勇者の血を引くこれから名を馳せる予定の現代の勇者だった。

「小姐。聞きたいことがある。」
「あら坊や。何か御用?」
婀娜っぽい酒場の主人にふさわしい女が振り返る。
話ではすでに四十近いのだろうが、そうは見えない若さだった。
「ここは人を仲介する場所だと聞いたんだが?」
「ええ。ここはルイーダの酒場。登録したお客さんの中で必要な人を仲介しているわ。」
仲介が必要なら登録しろと紙と筆とを押しやって言えば、ややたどたどしい手つきで署名する少女の名を見ておや、と思う。
「仲間を探しているんだ。」
「どんな仲間をお望み?」
「腕の立つできるだけ旅慣れた私に付き合ってくれるような物好きがいいんだが。」
「自分のことを物好きって変わっているのね。」
くすくすと笑う女に少女は気を悪くした風も無く、心底真面目にのたまった。
「父の変わりに外にでなくてはならない
―――――――――魔王を倒すために。」
ピタリ、とその笑みは止まる。
嘘や冗談と笑い飛ばすことはできなかった。少女が真面目であるからだけでなく、書き終った書類の名前に見覚えがあるからだ。
今はもう登録も削除されたがその姓を持つ男が以前やはりこの酒場へ来ていた。
最後に訪れたのは丁度この娘が生まれた時分、十六年ほど前。
生まれたての娘を残し、魔王討伐に旅立った勇者。
「じゃあ、あなた……」
「私でどこまで代わりになれるかはわからないけれど。」
目を見開く小姐に僅かに少女は笑みを向ける。
どこか悪戯な少女の笑みに彼女もまたくすりと笑みを零し、表情を一転させる。
仕事をこなす女の顔だ。
「職業は何がいいかしら?細かい条件を言って頂戴。あなたのお眼鏡に適う人間が揃うかは分からないけれど。」
「私はそんなにたいそうな人間じゃない。」
「馬鹿にしないで頂戴。あなた真面目に魔王の退治に行こうとしているのでしょう。そのくらい見れば分かるわよ。」
勇者の娘であるというだけでなく、少女は確かに強い、と。


「ほう。面白い話をしているな。」


「あら、風漢。盗み聞きは性質が悪いわよ。」
近づく人影に陽子は顔を向けた。
先程彼女を追った視線の主である。
「魔王退治とは物好きなものだ。」
「それは私を莫迦にしている?」
「いいや。どちらかといえば褒めているほうだな。」
飄々とのたまう男は少女の隣に無断で腰を下ろし、持っていた杯を軽く振る。
酒はすでに飲み干してあったようで零れることは無かった。
「仲間が欲しいのだろう?」
「そうだが……」
着崩した着物と、獲物を持たぬ様子を見てその職業を察した陽子は難色を示す。
「悪いが外へは遊びに行くわけではない。あなたに利があるとは思えないが。」
「なに。遊び人は遊び人で使い道があるさ。」
口角を上げて人の悪そうな笑みを浮かべる男はそこを動く気配が無かった。




「騒がしいな」
この喧騒は小競り合い程度のものではない。
思って陽子は背負った剣に手を掛け駆け出す。

「妖魔かっ……」
見上げた先に狗のような姿をした魔物が2匹。
翼を生やした巨大な虫のような妖鳥が6匹。
全部で8の妖魔に舌打ちを零す。街に妖魔が入り込んでくるのは少ないが、ないわけではない。
弱体した国になるほど特に。
「役に立つところを見せるとするか。」
一緒に出てきた男はやはり悠々と構え、のんきな調子で近くの店に立てかけてあったものを手に取った。
構えるのは竹の箒。
それで何をするのかと思いきや。
「……っ!!」
目を見張る。
その箒に妖魔に致命傷を与えるほどの殺傷能力などないはずだ。
それなのに。
「嘘だろう……」
呆然と呟くのはそのまさか、をやってのけた男に対して。
賞賛よりもまず驚きだけが残る。

「どうした?まだ妖魔は残っているぞ。」

振り返る余裕のある男は豪胆な笑みを履く。
それに我に返り少女もまた抜き放った剣を振るう。
――――――疾い。
彼女の剣には男のような力強さはないが、水の様に滑らかに突き刺し妖魔を葬り去る。
瞬く間に妖鳥3匹を切り伏せ、残る魔物を睨みすえる。
その腕に僅かに目を細め男が笑った。
彼女の腕もさることながら、獲物が違う。
水をして剣を成さしめ、禺をして鞘を成さしめたという勇者の家に伝わる宝刀
―――――――水禺刀。
それを前にこの程度。生き残る妖魔は無い。




少女はカチリと鞘に剣を収め、男もまた竹箒を元に戻す。
先は折れているし、妖魔の血がこびり付いているしでいいのかとは思ったが、誰のかわからないものにそれ以外の道は無い。

「……あなたの何処が遊び人なんですかっ!!」
胸倉を掴みかからん勢いで問う陽子にやはりおとこは飄々と笑うのみ。
紛れもなく、その風体は遊び人だが……
あれは戦士の技だ。

「俺の名前は風漢だ。これでもまだ利がないと言うか?」

首を横に振り、陽子は答える。
即ち、否と。


-了-



ちょっとした遊び心です(笑)ドラクエ3に嵌ってしまった勢いで書いていたのがやっと仕上がったので上げてみました。格好よい陽子さんが書きたいという欲求からのはずが……とりあえずカタカナの名前に困りました。