愛に至る病
【10.愛に至る病】
目が覚めたらそんなのは嘘で、ガイが仕方ないな俺のルークはと笑ってくれるんじゃないかと思っていた。そうじゃない朝が来る日なんて、物理的にガイが居ないときだけだって思っていた。
「ルーク、気分はどう?」
心配そうに覗き込んでくるそれは女の顔で、ガイではなかった。そのことに失望感を覚えながらなんとか体を起こす。どことなく痛ましそうな顔が、昨日のことが現実なのだと知らしめられて痛い。
なんだよティアそんな哀れみの目で見るなよ。なんなんだよ、あんなの嘘だろ。あんなのが本当なわけ、ないんだ。
ガイが俺のことを復讐の道具だと思ってたなんて。そんなはず、ない。
だってガイだけが俺のことを見てくれた。ガイだけが過去と比較しないで見てくれた。
それが嘘なわけが無い。
そう思うのにそれを否定するようにもう一人、ドアの近くに立っている。
「ジェイド?」
ランプも消しているため船室に光が十分には届かない。
若干俯いたジェイドの顔は何かに沈んでいるようにも見える。錯覚だろうが。
「あなたの使用人はどうにも歪んだ人ですね」
眼鏡を押上げながら近づいてくる。それはもしかしたら寝ている女の部屋に入ってはいけないというマナーだったのかもしれない。(あるいはティアに窘められたのか)
「復讐だと言いながらあなたに酷く執着している。諌めたティアに嫉妬するくらい」
「なんだよ、それ……」
自分の知らないガイ。知らない話。
俺が気を失うように眠ってしまった後、一体どんなやり取りがあったのか。ガイは何を語ったのか。
俺にも話してくれるだろうか。
まだ、一つ一つ理解するまで教えてくれるだろうか。
「言葉のままの意味です。復讐などというものを差し引いてもあなたに対する執着が異常です。まったく……よく今まで平気でしたね?」
「何がだよ」
「何も思わなかったのなら問題はありません……だからこれからもあなた次第かもしれませんよ」
嫌味にしか聞こえないそれはmジェイドなりの励ましの言葉に聞こえた。
足が縺れながら走った。
走る必要なんてないことは関係がなかった。船の上だ。陸に着くまでは逃げられはしない。
それでも。そんなことに頭を働かせる余裕がないくらい、ガイを探していた。
よく見知った背中。どうして起こしにきてくれなかったんだと怒鳴りつけても良かった。今までと同じ関係を望むならそれがよかったのかもしれない。
けれど、名前を呼ぶのが精一杯だった。
「ガイ!」
ガイは振り向かなかった。俺のことなど知らないというように、俺の声など聞こえないというように。背を向けたまま微動だにしない。
「ガイ、ガイ、ガイっ」
魔法の呪文のように、ガイの名前を呼びながら、震える足を踏ん張って、掠れそうになる声を張り上げる。
「本当に、本当に、ただ俺は復讐のための道具だったのか?」
おまえの笑顔はずっとずっと、嘘だったのか?
本当のことなんて何も無かった?
「俺のこの身体も、その為に作ったのか?」
俺とお前だけの秘密。
アッシュに皆にばらされてしまったけれど、昨日までは確かに二人だけで共有していた秘密だった。それを抱えることが嬉しかったのだと今更気づく。
そう、秘密が嬉しかった。だから守った。それはガイとの絆のようなものだった。
ゆっくりとガイが振り返る。
「そうだ。おまえはそのために作られたんだよ、ルーク」
近づけた顔。驚くルークに唇を重ねる。
女性に対し拒絶反応を示す体もルークにだけは反応しない。そのために俺が育てた。
お休みのキスなら何回もしてきたからルークはきっと意味を分かっていない。何をやったってきっと俺の成すがままなのだろう。
「きっとおまえなら抱くことができるよ、俺は」
「抱く?」
「人間の生殖行為だよ」
わし掴んだ胸は弾力を返した。本来の柔らかさ。
寝ているときにティアか誰かが解いたのだろう。もう隠す必要もない。
「そのためにお前には胸がある」
「ガイ……痛いっ」
手荒い扱いにルークが悲鳴を上げる。
常ならば絶対にそんなことはしないが、今はもう抑えがきかなかった。めちゃめちゃに壊してしまいたい。何もかも、破綻してしまったのならいっそ。
「おまえと生きていけたらいいと、思ってたよ」
でももう駄目だ。
嘘は暴かれてしまった。無かったことにはできない。ルークはもう自分がなんであるか知っている。きっと今までのようにはルークは俺を見ない。信頼しきった瞳は変わらないかもしれないが、無邪気な我侭は見られなくなるだろう。自分の所為でもないのに俺を気にして。
そんなのは嫌だ。そんな関係は俺の望んだものじゃない。
「そんなに、俺のこと嫌いなのか?」
ぽろぽろと流れ落ちる涙が頬を伝う。
可哀想なルーク。
哀れ、と言うよりは綺麗だと思う。昔からルークは泣き虫だった。
よく泣いてよく笑う、アッシュよりもよっぽど人間らしい子供だった。
「愛してるよ、ルーク」
だから、こそ。
それだけを答えて、そっと意識を奪った。
心の底から、嗤った。
「そうだ復讐だ!」
それだけが、全てだった。
おまえだけが、俺の全てだったんだ。
「そう思わなければ生きてこられなかった」
「ガイラルディア様……」
笑い声に驚いて様子を見に来たのだろう。ヴァンが何を言おうか躊躇うように姿を現した。
ルークを子供子供と言っているが、結局俺だって子供のまま、何も成長なんかしていやしない。
「やれやれ重症ですねぇ」
こちらはどこから見ていたのか。
涼しい顔の軍人の姿に目を細める。
「あんたに何が分かる?」
「わかりませんね。所詮他人事ですから」
白々と話す男の口調からはそれが楽しいのか、迷惑なのかすら悟らせない。
厄介な男だ本当に。
「他人事なら首を突っ込まない方が身のためだ」
「ただ、それほどに執着するなら手放さないことです」
それは一体何の忠告か。
あんたに言われることじゃないと突っぱねようとして。
「でないと私が使ってしまいますよ?」
「なんだと?」
「同位体のレプリカ……とても貴重な研究材料です」
頭が怒りで真っ白になる。
そんなことくらい百も承知していたはずだったが、自分以外の人間がルークのことをそんな物のように扱うのは我慢できなかった。
「貴様っ……!」
「あなただって道具として側に置いたのでしょう」
「それとこれとは話が違う」
「あなたがやっていたことと、私が言ったことと、何が違いますか?」
違わないさ、そうだそれでも自分と同じことを他者がやっていいとは限らない。
どんなに傲慢な理屈であっても、ルークに対してそれは当然の理屈だった。
「ルーク」
そっと頬を、髪を撫でる。
俺のルーク。俺だけのルーク。
狂おしいほど愛してる。