に至る
【8.狂笑に踊る】




書類が舞い上がる。

はらはらと落ちてその向こうから現れたのは、神託の盾の制服に長い赤い髪。
そうして振り返るその顔は……

「俺のレプリカが女だと?」

キツイ眼差し。眇められたその瞳は射るようにただルークを見つめていた。
翠。
そうしてはためくのは真紅。
それだけではない。男女の差こそあれそれはまさしく向かい合わせた鏡の一枚。その鼻の位置も、目の位置も、口の位置も、眉の位置も、どことなく纏う雰囲気も、存在そのものが
――――合致する。
似ている、どころではない。同じ、なのだ。
表面上だけであったとしても、穏やかを保ってきた水面に波紋が広がる。
一端が切れればあとはもう転がるように破綻するしかない。
それくらい、それを口にした男の姿は暗示的だった。
「どういう、こと?」
ロッドを構えたティアが、トクナガを地面に下ろしたアニスが、困惑を露に振り返る。
レプリカという言葉自体は理解している。理解しているから困惑する。
生態レプリカは規制されている
―――それが彼女らの知る常識だ。
それに、レプリカとは複製である。オリジナルとレプリカの姿が、何かが、違うなどありえない。
なのに此処に居る女性はティアとアニスだけだ。
そして彼の特徴を持つ人間は他に居た。
「つまりルークが……」
「女でレプリカってことぉ!?」
アッシュはちらりと声を上げた女性たちに視線を向けたが、すぐに戻した。
「ガイ、てめーは俺が男だって知っていたな」
知らないはずが無い。当たり前だ。
俺はルークが今のルークになるよりも前からファブレ家でお坊ちゃんのお世話係だったのだ。”ルーク”がどんなに手が掛からないませた餓鬼だったとしても、所詮は子供。子供でなくても装飾の多い貴族の服は着るのに手伝いが必要な事が多々ある。
「あんたが男だからなんなんだ?鮮血のアッシュ」
唇の端が上がっていくのが分かる。
すべてが破綻してしまいそうだと言うのに、どうしてこんなにも気分が高揚していくのだろう。
「それがおまえの本性か……」
怒りとも、呆れとも、嫌味ともつかぬアッシュの、かつてルークだった男の台詞を聞く。
「……ガイ?」
不安そうなルークの声が耳を打つ。
ばれてしまった。
そう、急送に現実が襲ってくる。
破綻はすべての嘘を暴いた。すべてを偽りと成した。
ルークに向けた愛情も、ルークを守るために吐いた嘘も、すべてすべてすべて!
「ガイ!!」
答えろ、と。否定しろ、と。
強く名を呼ばれ、そいつを見た。
不安に揺れる弱い存在。愛しい存在。俺のルーク。
そんな顔をさせたいわけではなかったけれど。
「はははははっ」
笑いが止まらない。
凶悪な顔は普段の人の良さを見せない狂気に満ちていて、ルークも思わず後ろに下がる。

そこに嘘はない。

何処にもウソはない。
ただ隠していただけだ。
ルークを愛していたし、アッシュを憎んでいた。
ルークという存在を守るために、自分のものとして守るためだけに力を注いできた。
復讐?そうだ、確かに始まりは復讐だったけれど。
狂ってしまったような仲間に、誰もが戦いて沈黙する。

「ここに居ても仕方がありません」

やがてガイすらも黙り、完全に沈黙が訪れた集団に、静かにジェイドの声が響く。

「真偽のほどは船に乗ってからにしましょう」


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