愛に至る病
【9.謂れ無き罪】
船内に入り、ぞろぞろと並んで進む。誰もが黙りこくったまま、異様なほどの沈黙はジェイドが止める前とは一転している。あれほどに喚いたアッシュも、取り乱したルークも、今は黙って粛々と歩いていた。
重い沈黙は心地よくはないが不快でもない。来るべきときが来ただけだ。それがアッシュによってもたらされたものだと思う不快感はあったけれど。
いつまでたっても来ないと思ったのか、先に乗っていたヴァンが細い廊下の向こう側から歩いてくる。ああ、おまえは知っていたな。
「どうかされましたかな?」
アッシュが居ることに気づかないことがあるはずがないが、平然とそんなことを言う。アッシュを見れば当然何があったかがあったことなど一目瞭然だろう。少なくともルークとアッシュが顔を合わせるということで一波乱あるのは間違いがない。
同じ顔の人間。そして片方はその意味を知っている。
我が僕ながら面の皮が厚い。
「ああ。ヴァン、やるならもう少し上手くやるんだな」
どんな策だったか知らないが、ルークが外に飛ばされたことがヴァンの策ではないとしたらこれは別の作戦中なのだろう。六神将がこれだけ関わっていてアッシュの単独行動だとは思えない。アッシュがここに現れたのは単独行動だったとしても、コーラル城でのことはヴァンが関わっていることは確かだ。
少なくともアリエッタの他に二人、六神将が関わっている。
アッシュにそれだけの人間を動かせるとは思わない。彼らはヴァンにのみ従っている。
俺の邪魔をしたなと怒りが無いわけではないが、お互い様でもあるし、怒りをぶつけられる立場でないことを本当は知っている。
俺はヴァンの主だが、ヴァンは俺に今も従っている理由はない。
彼らには主を選ぶ権利がある。領地も持たない俺が忠誠を強要できるはずがないのだ。
「なに言ってんのさ。そいつが憎いのはあんただろう?」
アッシュと共にやってきた六神将の一人――イオンと同じ顔をしたシンクが嗤った。
「あんたは復讐のためにそいつを利用したんだ……ガイラルディア・ガラン・ガルディオス」
シンクの言葉にジェイドとティアが弾かれたように顔を上げる。
知っているのだ。マルクトの軍人たるジェイドが知らないはずはないし、ティアも少しくらい事情は聞いているのだろう――であれば知っていて当然の立場になる。なんせヴァンの妹ならガルディオス家の右腕の家系だ。
「復讐?」
「確かにあなたにはそうするだけの理由がある……」
アッシュの疑問とジェイドの肯定にルークはますます顔を強張らせた。
復讐することの理由なんて、他人の理解が必要なものだとも思えないけれど。
「どういう、ことだよ?」
「ファブレ公爵に滅ぼされたホドの当」
「ホド?」
ルークは知らないだろう。
今ある土地の名前だって知るはずがない。そうやってルークを育ててきたのだから。こいつが知っているのはあの屋敷の中のことだけ。
俺のことだってただ、自分のガイだと思っていれば良かったんだ。
「そうだよ、ルーク。俺はおまえの父親に滅ぼされた一族の生き残りさ」
*
元々疲れていたことと、話が立て込んでパンクしたのだろう。ルークはイオンと先に部屋に戻った。そうさせたという周囲の思惑もある。
「それで……ルークとアッシュの関係ですが……」
「今更問う必要なんてねーだろ」
アッシュの茶々にひょいと首を竦めてみせながら、ジェイドの眼光は鋭く俺を放さない。どうなんだと決定的な言葉を待っている。
「あいつが自分で言っただろう?ルークは確かにアッシュのレプリカだ」
レプリカと復讐と、 どう考えただろうか。
傀儡に仕立てるつもりだったのか。
余程
憶測ならいくらだって出てくる。態々レプリカを作ってというのは余程のことだ。
「なるほど、これが復讐ですか……」
「それでも、ルークになんの咎があったというの!?」
ティアの弾劾は正しい。
正しくて、だからこそ何も思わない。正しいことを正しいと主張することの意味の無さを俺は知っている。
「あなたは、ルークがどれだけあなたの事を信頼していたか知っているの?」
「知ってるよ、ティア」
そう、知っている。
そうなるように仕向けたのだから当然だろう。
「あいつの世界は俺だけだった。俺がそうした」
初めは意図したことだった。なんとかしてそうさせようと思った。ヴァンが復讐にはそれが効率的だと言った。
けれど、俺は途中からそんな手回しすらしなかった。
俺がわざとそうしなくったって、何もかも忘れて帰ってきたお坊ちゃんを誰も積極的に構いはしなかった。腫れ物に触るようにそっと。
やがてそれが普通になった。だから。
「俺以上にルークのことを知っている人間はいないよ」
とくにたった数日旅をしただけの人間よりはよっぽど知っている。
ギシリ。
ルークの目蓋は閉じていて、いつもは元気にくるくると回る表情が見えない。
そっと伸ばした手が頬に掛かる髪を掬う。
「おまえに、なんの罪も無いことなんて知ってるさ」
血の繋がりといってもただ肉体がその血を持っているだけのことだ。
何かあの男から恩恵を受けたわけでも、性格を受け継いだわけでもない。
どちらかといえば虐げられていたと言ってもいいだろう。
「それでも……」
それ以上は何も言えずに立ち上がる。
目覚めたとき、ルークは一体どんな顔をするだろう。
「ガイラルディア様」
待っていたのか。忠実に控えていたヴァンに廊下で呼び止められる。
「言ってしまわれればよろしいでしょうに」
「何を言うのさ?」
復讐だった。それ以外の真実はどこにもない。その言葉が全てだ。
例えどんなに愛していたとしたって。