物陰に隠れて聞いていたことなんて最初から気づいていた。
(寝たふりなんかしちゃって……)
子供だなぁと思う。いや、子供なのだが。
ばれてないと思っているところがまた可愛らしい。
いくらルークに剣術の才があっても、同じく剣術に才能を認められているガイ相手では経験や年期が物をいう。気の読み方や気配の消し方は、世間に出て1年経って居ない程度のルークには負ける気はまずしない。
おそらくもなにも確実にヴァンも気づいていただろう。
何も言わなかったのは聞かれても別段困ることなど無いからで、あわよくばルークの不信を煽ってガイを引き込む打算もあったかもしれない。
何事も奴は無駄にしない。
「信じてなかったわけじゃなくて……」
「わかってる。いいよ、そんな気にすんな」
慌てて言い訳を口にする子供に優しく許しの言葉を放つ。
元々怒っているわけでもなく、気にすることですらない。
ルーク以外の仲間だったら、指摘したとしても盗み聞きには謝っても当然だと言うだろう。
可愛らしい子供。
頭を撫で回して、キスして、甘やかしてやりたい。
おあつらえ向きに彼はベッドの上にいる。
この距離が恨めしいような、安堵するかのような複雑な気分だ。
「でも……ガイと俺みたいな関係なんだろ?俺だったらガイと決別するなんて凄く悲しいから……」
しゅんと肩を落として項垂れたルークを見て、不安にさせたのだと分かった。やっと言われて分かるなんてまだまだだ。傍若無人のくせに、いつも全てに自信満々というわけでもないことを知っていたのに。
髪を切ってからルークは変わったと思うが("ごめん"と"ありがとう"を言うようになった)、その言葉を知らないはずはないのだ。それを教えたのはガイなのだから。
一度覚えたそれを再び奪ったのはきっと自分を含めた周りの大人たちなのだ。
子供を傍若無人にしながら自信を奪って。
(ああ……駄目だなまったく)
これは近づかずにはいられない。
「悪かった。俺の例え方が悪かったな」
ドアから離れ、ベッドの上で胡坐を掻いて下を向いているルークの赤い頭をぽんぽんと叩く。
「俺とお前の関係みたいなものだって言ってもそれは主と使用人って意味でだ。俺はファブレ家に仕えてるんじゃなくてルークに仕えてるつもりだが、ヴァンは俺の家に仕えてたし、大体ヴァンに育ててもらった記憶はないな」
「俺だって別にガイに育てられたわけじゃ……」
「言葉も歩き方も服の着方も教えてやっただろーが」
「そっそうだけど……!!」
そう、聞いているけれど、と口ごもる。
生まれたての子供が数年記憶をとどめて居ない様に、10歳の体でも生まれたばかりに違いない頃の確かな記憶はルークにも当然ないのかもしれない。
「だろ?それにもう決別は大分前から予想できてた。それで俺はずっと覚悟はできていたんだ」
覚悟、というのはおかしな表現かもしれないが。ヴァンの側に着く選択肢は、自然と消えていったから。
ヴァンと戦うことはかなり前から前提としてあった。ティアなどはそのために魔界から外殻大地へと出てきたのだと初めから言っていた。
「そりゃ全く全然動揺がないかっていうと困るが……」
だがそれはヴァンとの決別をはっきりとさせるからというわけではなく。
それよりも秘めて隠してきたしがらみや過去をルークに知られることへの動揺だ。
ルークが信じてくれなければ一人ここで離脱すると言ったけれど、今更離れる気などさらさらない。
7年間かけて憎しみを愛に変えて育ててきたこの可愛らしい子供の側から離れるなんてそんなことが出来るわけがないのだ。
だから。
「もう一度なんて聞かないが」
(だって撤回されるのはごめんなんだ)
ずるい人間だ。
分かっている。
一度聞いた言葉だけを受け付けて、二度目の言葉は
―――撤回は受け付けない。
そんなずるい大人を見上げて不思議そうな顔をした子供は言った。
「聞いたっていいだろ。確認しとけよ。俺はガイを信じるよ」
無心に、盲目に。彼は自分を信じてくれる。
何度だって言ってやるよ、と言ってくれる。
子供に大人のずるさを許された気がした。
(知っていたさ……ルークが俺を拒絶しないことくらい)
カースロットで一番隠しておきたかった心の底に沈殿していた憎悪すら暴かれて、知られてしまった時だってルークは信じてくれた。
忘れたわけではない。試したわけでもない。ただ臆病になっていただけで。
ああ、だがしかし。
(せめてベッドの上でそういうかわいらしいことを言うのは止めてくれ……)
真面目なことを考えるその片隅で、押し倒してしまいそうだと頭のどこかが告げる。
「ガイ?」
自分の肩に手を置いて、がくりと項垂れたガイに不信そうに声を掛ける。
間近で見る子供の顔にでかでかと書かれた信頼の二文字のおかげで、理性と良心はかろうじでその衝動を押しとどめた。



頼はをもコロス



※ガイ様も大人と言い切るには若いですが……
真面目なんだか不真面目なんだか。