「やるよ、ルーク」
それを投げ渡したのは子供が子供だと知った後だ。
子供はただのルークであり、親友兼主と認めた相手で、それくらいに大切だったから。
嘆く子供をほんの少し慰めてあげたかったのだ。







ダアトで会議が行われたのは丁度良かった。

昔、与えられたその部屋に久しぶりに向かう。一時期身を寄せていたそこには何度も帰ったことはないが、ヴァンがそのままにしていたことを知っている。
余計なことをと思ったこともあったが、今はとても有難かった。

返るだけだ。元に戻るだけ。

そう思いながら、黒衣に袖を通す。
神託の盾の制服。
子供に身の上がバレ、それでも信じてくれると言ったのを聞いてから、完全にもう袖を通すことなどないと思っていた。

だが、どうだろう。
わかっていたかのように今の自分にピッタリな服。
ヴァンの手の平の上で踊らされているような気もするが、それでもよかった。

子供が死ぬというのなら、世界に消されるというのなら。
―――――俺がこの手で消してやる。

許せなかった。
大切なものを全て奪っていく世界が。
奪われるなら、奪ってしまえ。世界がどうなろうと知ったことではない。
命の次に、宝刀の次に、大切なものをくれてやるほど愛していたのに。

自分がその格好をしていることで、呼び止められることなく部屋の前に辿り着く。
今頃それぞれに沈んでいるのだろう。子供を犠牲にすることを諦めた仲間たちは。
一晩。それが子供に与えられた時間だ。
権力者どもはすぐに行かなくてもいいとも、逃げても追わないとも言っていたが、レムの塔でレプリカたちを見てしまったルークはすぐに向かうだろう。逃げても追わないなど、奴らの奇麗事に過ぎず、戯言もいいところだ。
世界はそれを許さないし、子供も自分にそれを許さない。

そして俺はそれを許せない。

光を反射して綺麗に輝く刃を確認する。大丈夫、毎日手入れされたそれは刃こぼれなどない。
そっと扉を開ければ、窓の外を見る子供の背中が目に入った。

油断しきった子供など、簡単に殺せるはずだった。
一撃で、跡形もなく。
無くなるはずだった。彼はレプリカなのだから。
死んだら体は乖離して、跡形も残らない。
俺が殺したという事実だけが記憶に残る。
最後に見せた顔だけが、俺の記憶に残るのだ。

「ルーク」

だが、振り返った子供は本能でか目を見開いたまま飛びのいた。
緋色は散ったが、急所がずれた。
ああ、苦痛も恐怖も与えたくはなかったのに。
その瞬間に子供の手から落ちたものを見て、思わず止めの手を止めた。
拾い上げてみればなおさら見覚えのある、その懐中時計。
付いた血が既知感を増していた。

「ガ……イ……?」
「おまえがちゃんと持っていてくれてるなんて思ってなかったよ」

どうしてだ、という困惑を無視して、思ったことを口にした。
それに疑問よりも回答を選んだのか、子供は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「……俺のものは…何もないけど……これは…おまえが俺にくれた…だろ」

だから俺のものだと言う子供がたまらなく愛しかった。
俺のものは全部おまえにやってよかった。形見も、剣も、忠誠も。
だがおまえは存在すら許してくれないから。

「ガイ……」
「なんだ?」
「ごめん……」
「なにが」
「だっておまえ……泣いてる」

嘘だ涙の感触などない。
それに手を伸ばそうと足掻く子供は、もうこの距離を見えてはいないだろう。
急所ははずしたが、血は相当流れているし、視界は定まっていないはずだ。

「なにを見てるんだ?」

ちゃんと俺を見ろよと、と思うが瞳は力なく閉じられた。
仕方なく、視線を落とせば手にしたままだったそれが目に入った。
鎖がジャラリと音を立てる。

「姉上……」

それは唯一ホドから持ち出せたものだった。
見覚えのあるその懐中時計は、姉上が愛用していたもので、庇ってくれた姉上から零れ落ちた時に握り締めたものだった。

「いつもこれは血に汚れてるな」

一度拭い取ったし、これもきっとすぐに消えてしまうけれど。

「ルーク」

消えていく体を抱きしめて、やがて完全に無くなった温度に背を向ける。

さぁ、どうしてくれようか。
俺の世界は終わってしまった。

残ったのはまたこれだけだ。
姉の唯一の形見。子供の持ち物。

血に塗れた懐中時計。

―――――そうしてまた俺はそれを手にする。



騎士二度