移動中や切羽詰った時以外は基本的に宿で何をやっていようと自由だ。それにも関わらず、ガイが音機関を見つけて弄っていれば呆れたような視線が突き刺さる。
ほとんどの視線は「ああまたやってる」「また始まるのね……」「懲りませんこと」「いい加減にしてくれませんかねぇ」そう言った、つまるところガイが音機関を弄ることに対して直接ではなく、それから起こる騒動についての話だ。
ちなみにそういった場合、可能な限り皆外出していく―――――ただ一人を除いて。
久しぶりのグランコクマでも、この暑さの中ご苦労なことに呆れた視線一つ残しで出かけて行った仲間たちのお蔭で、宿に残っているのはたった二人だけだった。
「ガイ……そんなん買っても持ってけないぜ」
「あ〜そうだな」
作業中はどうしても適当にあしらうことになって、それがルークの機嫌を損ねることは間々あることだ。髪を切ってからのルークはそれでも邪魔をしないようにか、これ以上不機嫌にならにようにか意識的に離れていくことが多い。
だが、どう見ても関係なさそうないちご印の赤い液体と、到底旅には持ち歩かないような涼しげな器がルークの足を止めさせた。
とりあえず作戦成功か。これはルークが近くにいなければあまり意味は無い。
「これ、気になるのか?」
わざと疑問系に語尾を上げて問いかける。意地が悪いのは承知の上で、口の端がニヤリと上がってしまうのはご愛嬌だ。
「別にっ!」
その顔が気に障ったのか興味がなさそうにそっぽを向きながら、それでもこちらを伺っている気配を捉えてまたくつくつと笑みが登る。ああもう本当なんて可愛い奴。
普段譜業に夢中なガイを散々呆れて嗜めている手前、聞くことができないのだ。別に気にしないのに。
―――――-もしかしたら延々語られるのを恐れているだけかもしれないが。
「よし」
できた、と最期のボルトを閉めて手を放す。
我ながら良い出来だ。時間との勝負もあったのだが、これは簡単に勝ったようだ。
初めて触るこの音機関は、だが珍しいものではなく、内部構造はよく知っていた。
手動で動かすから、原理は簡単だ。動力を考えなくていい分複雑性は無く難易度は低い。難易度が下がるということは面白みが薄れることもあるが、もともと今回は組み立てることが目的ではない。それで作る物が目的なのだ。
ルークがまだその辺りに居るのを確認して、譜術が施された包みをごそごそと開く。ひんやりとした空気の中、出てきたのは小さいが氷の塊だ。
氷と器を所定の位置に置き、取っ手を回せば氷がシャリシャリと削られ器に落ちていく。雪のように細かくなった氷は暑い中綺麗に山形を作り、小さな小さな雪山を作った。
「ほら、ルーク」
音機関を弄っていたはずなのに、差し出されたものが食べ物だったことが意外だったのかきょとんとしたまま見上げてくる。
「なんだよこれ」
「カキ氷。夏の風物詩だな」
「へぇー綺麗だな」
すでに機嫌は治り、感心したように眺め眇めつしている。これは観賞用ではないのだが。
「すぐに溶けちまうからさっさと食べちまえよ」
ほれ、と1匙すくって口元に向ける。
つられて開いた口に押し込めば、ルークの肩がびくりと跳ねた。
「うわ冷てっ」
「そりゃ氷だからな。でも美味いだろ」
「美味いって言うか……ん〜」
首を傾げるルークのためにもう一匙。やはり反射的に開いた口に吸い込まれた。
「うん……冷たくて美味しいな」
「だろ?や〜組み立てた甲斐があったな」
ほれ、とスプーンと器を渡してやれば、大人しく受け取ってシャキシャキとかき混ぜて恐る恐る口に運ぶ。そんなルークの子供の様な仕草に満足感を覚えて一人悦に入って肯いた。
「別に譜業でやらなくてもナイフで削ればいいんじゃねーの?」
「まぁできるならな。面倒だし、削ってる間に溶けると思うけどな」
「そうか?別に多少溶けたって平気だろ」
「あのなぁ……夏に氷は貴重なんだぞ」
へ、と間抜けな顔で答えるルークに苦笑する。
まぁケテルブルクには一年中雪があるし、そんな場所によく行っていれば元々高水準の生活を送っていたルークだ。氷に対する一般的価値など知らなくて当たり前だ。
「じゃ、これどうやって手に入れたんだよ」
「まぁジェイドの旦那に一発アイシクルレインをだな」
「げぇ!それってどうなんだ!?食っても大丈夫なもんなのか??」
慌ててルークが取り落としたスプーンをしっかりとキャッチし、どーどーと宥めに掛かる。さすがに食べているものが魔物も倒す譜術――――しかもジェイドの―――というのは冗談としては性質が悪かったかもしれない。
「本当はこれ組み立てる代わりに貰ったんだ。ちゃんと削れるか試す意味もあるんだけどな」
「へぇ……おまえどっからそんな仕事探してくるんだよ」
「探してくるって言うかまぁ……だから安心して食べろよ」
適当に誤魔化したら、何かふーんと考えこんでルークは視線を落とした。何だと首を傾げながら視線を追うと、削った時に零れた少しの氷が小さな水溜りを作っていた。
まさか氷が溶けるってことを知らないわけじゃないよなとまで考えてしまって、さすがにありえないと首を振る。確か氷をミュウの炎で溶かして人助けをしたことや、障害物を取り除いたことがあったはずだ。
唐突にスプーンをひったくったルークがざっくりと器に突っ込んで引っこ抜く。そうして山盛りになった氷がずいと突き出された。
「夏に氷は貴重で風物詩なんだろ!」
小さな水溜りからそれが一つだけしか作られないことを察したらしい。今度驚かされたのはこっちだけれど、これだとてとても心地の良い驚きだ。こんなところは昔から変わらない、だから癒されたのかもしれないという思いさえある純粋な好意。
おまえも食べろと差し出されたスプーンの上の氷は下から掘り出された所為であまりシロップが掛かっていなかったけれど、ご主人様手ずから食べさせてくれたそれはとても甘い味がした。
氷夏甘味