頭が痛い。その向こうで誰かが何かを言っている。
理解しないままどうしてか体が勝手に動いた。

「(なんだよこれ……)」

イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ。
――――恐い。
誰かが自分の体を使う。
誰かが自分の力を使う。
不快で恐ろしい感覚に思わず。

「……ガイっ」

滑りでた名前。助けて、と叫ぶのは矜持が許さない。恐いと叫ぶのも。
そんな思考が働いたわけではない。
それでも、ただ。

「ガイガイガイガイガイガイ」

何度も何度も名前を呼んで叫ぶ。
彼は何処に居ただろうか。どの船室だった、こことはどれくらい距離がある、声が聞こえる?わからない。そんなことなんて思い浮かばずに。

「ガイっ!!」

どうして来てくれないんだ。どうして、俺が呼んでいるのに。
何時だって呼べばすぐに来てくれたのに。
(どうして!)

「深呼吸するんだ」

呼んだ声じゃない。望んだ声じゃない。いつだって側に居てくれる、ものじゃない。
でもその声もとても聞き慣れた音をしていて、安堵で涙が出そうになった。

「私の声を聞くんだ。両手に意識を集中しろ」
「……ヴァン師匠……」
「大丈夫か?」

大丈夫、そう答えたい。だって相手はガイじゃない。喚いても、怒っても、どうにかしてくれる奴じゃないのだ。けれどまだ大丈夫だとは答えられず、理不尽な力が収束していくのを待つ。
そうして段々と破壊の力が体から抜けていくのが分かってほっとした途端、世界は暗転した。

「アッシュか……?」

ルークの超振動によって削り取られた船縁を見、いや、まさかと首を振る。
では誰だ。
頭痛は頻繁にあるらしいということはガイから聞いていた。だが超振動が発動するような話は聞いていない。それは果たして真実か、それとも故意に情報を隠匿したのか。
(まぁ、いい……)
別段計画に支障はない。これが何を壊そうと、これに己の主が絆されてしまおうとも。
(レプリカ風情が……)
それでも面白くはなく、ぞんざいに抱え上げたそれを冷たく見下ろした。



「ルーク!?」
ぐったりとしたルークを見て、血相を変えたかつての主にヴァンは冷ややかな笑みを注ぐ。
「ヴァン!!これは一体……ルークはどうしたんだ!?」
ずいぶんと情が移ったらしい。
これが飛ばされる前は復讐の話をしていたというのに。
否、その話をしているときですらどことなく気を向けていた。復讐を遂げるいつかの日を話す、その暗い愉悦の中に見え隠れする情。
ルーク・フォン・ファブレが本物だった時はまったくそんなものは見えなかったというのに。
「心配か?」
「一応な……」
冷ややかな声にはっとして心配を押し隠す。ヴァンが何を考えているのかいまいち分からない今、あまりルークに思いを傾けるのは得策ではなかった。
誤魔化せてはいない。ガイも分かっているだろう。それでも正しい選択にふっと笑う。

「裏切るのもよいが……」

そう、それもいい。

「どちらにせよ目を離さぬほうがいいぞ。ガイラルディア・ガラン・ガルディオス」

すれ違い様に囁いた言葉は戒めのつもりだったか、布告の言葉のつもりか。
このかつての主ならもっと優しくこのレプリカを運んでベッドにきちんと寝かせてやっただろう。布団も掛け、水差しを置き、その場に居てやるのかもしれない。

―――――だから預けなかったのだ。例え自分の面倒が増えたとしても。










これは裏切りなのだろうか。

「ルーク……」
自分が育て上げた子供のことを思う。
何があったのだろう。彼は確かにヴァンに懐いて、むしろ依存とでもいえるほど傾倒しているが、いつだって呼ぶのは自分だ。
(ヴァンが何か仕掛けたのか……?)
――――否、あの男は無為に事を荒立てるよりも秘密裏に運ぶことを好む。
(……敵が乗り込んでいる?)
「まさか……だったらヴァンが人を呼ぶ」
敵=ヴァン、なのかもしれないが。
「くそっ……」
何が起きたのか分からない。何をしようとしているのかも分からない。
賭けをしている身の上としてはあまり有利なことではない。
第三者が一番情報を握っていると言うことも、好ましい状況ではない。
「ルークに聞くか?」
いや、だが答えはしないだろう。ルークのプライドでは倒れたことを失態だと思うだろうし、俺にまで隠すかどうかは分からないが愚痴の形でもなければ言ったりはしないだろう。
その上ヴァンが関わってくるとなると……
「駄目だな。ルークは言わない」
厄介なことだが、とりあえず地道に情報収集でもするかとヴァンが向かった先とは反対へ歩き出した。



んでもない所為
呼んでも君は来てくれないから。(俺は選んだんだ)



「私はここで失礼する。アリエッタをダアトの監査官に引き渡さねばならぬのでな」
えっとルークが声を上げる。

「我侭ばかり言うものではない」
なだめるように
「ティアもルークを頼んだぞ」

ちらりと向けられた視線にどこか勝ち誇ったような、侮るようなそんな色を見つけて、