「……おまえ、俺のルークじゃないな」
飛び降りた場所で一言。眉間に皺を寄せてむっつりとした顔を作った少年(というと寒気が走るが)はやはり違う。服は同じだが髪は『ルーク』よりも濃い深紅――つまり劣化していないのだ。
「あなたの、ではありませんが」
涼しげな声が、不機嫌とも落胆とも付かぬ様子のガイに困惑した『ルーク』が言葉を発するよりも先に歩み出て、後方のマルクト軍陸上艦を示す。
――――タルタロス。
その名は純然たる知識として知っていた。
「ルークならあちらですよ」
ここで初めて会ったはずの軍人が胡散臭いにこやかさでもって、彼らが出てきた陸艦を指す。
そこは今やマルクト軍の陸艦ではなく、神託の盾の巣窟だ。
そんな場所に、キムラスカ公爵家の一人息子が居るはずもなく、見覚えのある服とは違うが、別の人物として見覚えのある服とも違う、公爵子息が目の前に立っている。
つまるところ。
「こいつが此処に居るってことはあいつはアッシュ側に居るってことか」
ちらりと視線を向けただけでガイはすぐに離す。正直、見ていたいものではなかった。
六神将――鮮血のアッシュ。
目の前に居る、このルークの名前だったものを持って、あの子供があの場所に居ると、そう言うことだろうか。
「そのようですね」
なんでもない事のようにジェイドは言うが、ジェイドにとってそう関係ないことでもないはずだ。それはガイがこの陣営に入るか入らないかの別れ際であり、なによりこの軍人にとって『ルーク』がそうやって簡単に手放せる相手ではない。
この死霊使いが己の知る『ジェイド』であることは、自分が降りてきたときからもこのやり取りからも一目瞭然だった。
つまり、この涼しげな顔は何らかの算段があるということだ。
「さてガイ。それでもあなたは我々と共に行きますか?」
たとえルークが居たとしても、簡単にその中に入れたとしても、今更ヴァンに付く気には到底なれない。この後のことを考えたって取り返す方がよほど健全的で建設的だ。
故にまだ知らぬはずの名前を呼ばれて、ガイは仕方ないなと一つ頷いた。
***
「まず、記憶の確認をしましょうか」
自己紹介ではなくそう言い出した男に一人ルーク――――アッシュだけが不信そうに顔を歪める。
此処に居て、全ての人間を把握しているのは自分だけのはずだ。
ティアは屋敷に来た折にガイをみたかもしれないが、名前も女性恐怖症も知るはずがない。
なのに一定の距離を置いて話をしているしmなにより宜しくの一言もない。互いを知っているように話している。
ガイはマルクトに通じていたのか?それともやはりティアと共犯だったのだろうか?そういえばガイはヴァンと何か話し込んでいたような気がする。
「おい、」
「おまえが考えてるような事はないから少し黙っとけ」
何も言う前にそうガイに言われて相手にもされない。非常に面白くない事だ。
だが黙って聞いていれば話は進む。
「それで、あんたらは記憶があるんだな?」
「あなたのいう『記憶』がレプリカであった『ルーク』との旅の話なら」
あります、と言葉にされて思わず力の入っていた肩から力を抜く。
分かりきっていた事でも言葉にされると安堵する。こんな異常な事態に放り出されたのが自分だけでない事に安堵したのか、自分以外も知っているなら自分の知るルークが居る可能性が高いと思っての安堵かは自分でも分からないが。
「あなたはこちらの記憶は何処からです?」
「俺は気が付いたらタルタロスの上さ」
「それはそれはご苦労様です。前も思ったのですが、わざわざよじ登ったんですか?」
「企業秘密だな」
「大方、珍しい譜業に興味が沸いたのでしょうが、だめですよ。一応あれでもマルクトの最新鋭です」
「誰がするかんなこと」
どんな子供だ、俺は。
確かにタルタロスがこの時点で興味深い事は認めるが、移動中でどうにもきな臭いものに好き好んでよじ登る馬鹿はいないだろう。
「大佐、ガイ、今はルークの事だわ」
顰め面のティアにそうだったとくだらない口論を止める。
いかに之が現実であると確認するといっても皮肉の言い合いなどしているだけの時間はない。ルークがいるのならば取り戻さなければならないのだ。そのための現状把握は必須だった。
「イオンには?」
「イオン様はご存知ないようですね」
「ミュウは知っているみたいだけれど……」
ミュウか、と若干微妙な顔になる。
あれほどルークに懐いていた聖獣が今はどんな顔でアッシュに付いて行っているのだろう。
――――いや、顔は変わらないだろうが。
ルークが居るのに、側に居られないというのはどんな気分なのだろうか。
ミュウだってそこに居る奴を『ルーク』であると期待しただろうに。
何のしがらみもないだろうミュウは何故、今でも此処にいるのだろうか。
もしかして、と思う。
そこにルークが居るのは確かなのだろう。あのジェイドが言うのだ間違いはない。けれど。
「ルーク、は」
問題は、そこだった。
知っていると知っていないでは自分たちに会ったときの彼の反応も、自分たちがとらなければならない対応も変わってくる。
知らないのならヴァンに完全に懐いているだろうルークに信用させるのに結構な手間がかかるはずだ。
「彼も知っているわ」
そうでなければありえない。
ティアと泣きそうな顔で切りかかってきた鮮血の『アッシュ』など。
故に彼程迷いのある剣に倒れたのだ。もっとも剣技自体ルークは簡単にティアを昏倒させるくらいの芸当はできるのだから時間の問題ではあったと思うが。
「ルークも記憶を持って『此処』にいるの」
屑は屑箱へ灰は灰皿へ
(前編)