「ガイっ!」
さすがにじんじんする足を宥めながら、駆け寄ってくるルークを受け止める。
やばそうな雰囲気を感じ取ったからといっても無理をした。
その甲斐はあったようだけれど。
「おっせーよ!」
……その言い草は少々あんまりだと思うのだが。
唐突に消えた彼をむしろ良く見つけたと言って欲しい。
でもその言葉が自分を待っていてくれたような満足感を与えてニヤリと笑う。
「なんだよ、俺がいないと寂しかったか?」
「そんなことねーよっ!」
わしゃわしゃと頭を撫でてやればばしっと振り払われる。
正常な反応だ。
「おまえ居なくてもちゃんと辻馬車乗れたし、泥棒呼ばわりされた落とし前つけたし、変な奴らにのっとられた船脱出だきたし!」
「おー偉いじゃないか」
(てことは泥棒呼ばわりされたってことか……)
その様が簡単に想像できて苦笑する。
買い物の仕方なんてあの中で覚えることもないし教えたこともない。
ずっとルークはあの屋敷の中で生きていくはずだったから。
必要の無い知識、必要のない情報。
籠の中の鳥に教えられはしなかった。
「最後のは危なかったみたいだけどな」
「っていうかどっから落ちてくるんだよ、ガイ!」
「あ〜」
「まさか出番見計らってたのか?」
「それこそまさか。あんな上空にそんな長時間居られるもんかよ」
やっと足の痺れが取れてきた。
そこから飛び降りるのが無茶か、長時間いるのが無茶かどちらにしてもむちゃくちゃだと突っ込まれそうな気はするが。
「ったくドイツもコイツも非常識だ」
「何拗ねてるんだよ」
何処となく違和感を感じて首を傾げる。
わだかまり、というのか。
とにかく詰まったものがあるなら吐き出させるに限るのだ。
「あの穴!出てくるのに使ったんだけどさ、爆薬で吹き飛ばしたんだぜ!!」
「へー乗っ取られてたんだろ?良く使えたな」
「なんか泥棒のだったらしいけど……ジェイドが……」
ルークの視線を追ってちらりと見やれば、にこやかに指示を出す軍人の姿が見えて、なんとなくそこにいる眼鏡軍人の男の性格が分かったような気がした。
――――――にこやかに見えても笑ってはいない。
「平然としやがって。化けもんかっつーの、あいつら」
「まぁ驚いてるほうが想像付きがたいよな、とくにあの旦那」
ティアという少女もどうやら軍属のようで、そんな自体も慣れているのだろう。
「……刺しても平然としてるし……」
ぼそりと付け足された言葉に何が引っかかっているのかぴんと来る。
(はっは〜ん……そういう、ことか)
無理も無いことだ、と思う。
嬉しい、と思う。
だから殺せない。殺せなくなった。
「で?」
言ってごらんと頭を撫でる。
「ヒト……殺した」
ぼそりと言って顔を隠すようにガイの胸に顔を押し付ける。それを聞いたガイの顔を恐れるように。

(……可愛い奴)

それは正しい。人を殺すのが恐いという感情は正しい。
正しいけれど、不正解。
食うか食われるか……そんな世界もあるのだと知らない無知。

いつもは剣を握り、今はルークの頭を撫でる自分の手を見る。
ルークもこの剣で殺していたかもしれない、手。
この無垢さがなければ殺せる。
「子供にそれを強要するのは酷いな」
「子供じぇぬぇよっ!」
「そう言ってる間は十分子供だよ、お坊ちゃん」
「お坊ちゃん言うな!」
反発にはまったく耳を貸さずに続ける。
「だから、さ……俺が居るからもう大丈夫だよ」
「……そうだよ、な」
大丈夫、だいじょうぶ、ダイジョウブ。
そう唱えながら背を撫でてやれば安堵したように張っていた肩が落ちて。

――――――優しく罪を落とす。
忘却の中へと。


しいの落とし方