「……またかよ……」
もはや見慣れた光景に深い溜息をつく。
何回目だろう。この光景は。
ティアの膝の上から見る夜のタタル渓谷―――――始まりの場所。
「ルーク?」
訝しげな声に適当に答えながらティアの様子を観察する。
硬い声と硬い態度。
張り詰めた空気。
一人で師匠を止めようと思っている所為だろう。切羽詰った感じがする。
それでもこの状況の説明をしてくれるのは流石だ。実はピンポイントで教えてくれるから分かりやすい。もう知っていることだけど。
「ごめんなさい。私が屋敷まで送るから」
「あー当たり前だろ」
茶番だ。
そう思いながら、 ティアに返事をして足を動かす。
一番最初はどんな返事をしたかなんてもう覚えていない。そんな些細なことは関係ないのだ。
関係なくて、また俺は馬鹿なまま、アクゼリュスに行って、見捨てられて、レプリカを殺して、死にそうになって、ローレライを解放して―――――――死ぬのだ。
だって星はそう回ったのだから。
***
「あなた、殺すことに躊躇いがないのね」
……この場合はどうしたら良いんだろうか。
タタル渓谷には魔物が出る。当然のことで当然のように対処していたらそういわれてしまった。
……当然かもしれない。一応民間人なんだし。
あれ、前回はなんていわれたんだろう。どうやったんだろう。覚えていない。
魔物であれ人であれ殺すことにあれほどの恐怖を覚えることは多分もうない。
いや、人を殺すのは今でも十分恐いけれど。
体は未熟で奥義やなんかは動かないこともあるけれど、動かし方の記憶はあるからそれなりに苦も無く倒している。
慣れてしまった。それがきっと一番の理由だろう。
でも勿論そんなこと言えるわけが無く(監禁されていて殺すことに慣れているお坊ちゃんなんて恐すぎる)適当に言葉を濁す。
「だって生きるためには仕方がないだろ」
ぞんざいな口調が気に障ったのかティアの視線がきつくなった。
……まずっただろうか……?
うん、まあでも生きるために仕方ないという言葉は心理だと思う。
仕方ないから折角育てたブウサギも食べる。というか食べるために育てる。
ピオニー陛下みないなのはちょっと大分規格外だ。
で、俺は人生で初の人殺しを終えて、ガイと合流を果たした。今はまた神託の盾兵と相対中。
あれは回避していいのかどうか分からなかった。
他人にはたいしたことではなくても、俺的には一大事だったはずだから。
でも今回は……
迫ってきた神託の盾兵を転がして、ジェイドの声に従って剣を振りかぶる。
このまま躊躇ったときどうなるか。そう、俺は知っている。
ティアが怪我をするのを知っている。
だから……
振りかぶった剣をそのままズブリと突き刺す。
敵の命よりも仲間の命の方が大切。ごめんなさい、そんな俺で。
でもあんたの命はちゃんと俺が負うから。ティアでもガイでもなく俺がちゃんと自分で負うから。
一番最初はできなかったこと。二回目も流されるままで何も出来なかった。その後は、ちょっと考えた。
だからこのくらいじゃ変わらない。そう知っている。
剣を引き抜くときに血が頬を汚す。
―――――誰かが息を呑んだ気がした。
きっとガイだ。
こんな自分を知らないで、ぬくぬくと彼の庇護下で我侭ばかりなお坊ちゃんしか知らないガイ。
剣をしまってから手の甲で乱暴に拭う。
「大丈夫か!?」
「平気平気。問題ないって」
「……本当か?」
「嘘ついてどうするんだっつーの」
駆け寄ってきたガイを適当にあしらいながら(ああ、なんか本当適当って言葉が丁度よくなってるなぁ……)歩みを再開するティアやジェイドに続く。
心配性で、過保護だと皆に言われていた。
それってなんだ、俺が子供みたいじゃないかと反論したが、実は心地いいもので、そうやって気にかけてくれて構ってくれるのは大好きだ。
そんなのはガイしか居なかった。
師匠ばっかり追いかけて、師匠に裏切られてから気づくなんてどうしてそんなに馬鹿だったんだろう俺は。
ああ、でもまだその馬鹿をやっていなくては。
今日は野宿で、イオンの隣でぼんやりとそれを見ている。
何かしようかと思わないでもなかったが、てきぱきとやり始めてしまった3人の間に入って何をやればいいかなんて聞ける雰囲気ではない。
所詮戦力外としか思われていないらしい。当然かもしれない。
あとやっていないことといえば料理くらいだけれど……料理は苦手だ。
そうやっていると、皆俺に出来ることを取っておいてくれたんだよなぁと思ってちょっと嬉しいようなほろ苦いような感情が押し寄せてきて、ちょっと涙が出てきそうだ。
まずいと膝を立ててそこに顔を押し付ける。
「ルーク?どうしたんですか?」
「あ〜なんでもない。ちょっと眠くなっちまって」
イオンが心配そうに覗いてくるのに顔を上げないで答える。
うわ失礼な奴。でも顔は上げられない。だってどんな顔になっているかちょっと自信がない。
一人手持ち無沙汰なのが居心地悪くてイオンの隣に座ったけれど失敗だったかもしれない。
顔を上げなかったのがよっぽど眠いのだろうと思ったのかイオンがそっと離れていく。
しばらくして、本当にうつらうつらしていたら隣に人がまた座った気配に今度は顔を上げた。さすがにもう涙は引っ込んでいる。
「……ガイ」
「大変だったなぁ」
にっと笑ってわしゃわしゃと撫でてくれるガイの手が心地いい。
変わらないものの中で、多分これが一番嬉しかった。
「恐かっただろ」
「……ちょっとは」
「外の世界がこんな物騒だなんて教えてなかったもんな」
そうじゃないよとは言えない。言いたい。
恐いのはそうじゃないんだと言いたい。けど言えない。
もういい加減なれたよなんて言えない。
「俺がきたんだから無理しなくてもいいんだぜ?俺はおまえの使用人だからな」
「大丈夫だよ。俺も戦える」
「無理しなくていいんだぞ?」
「無理じゃぬぇーよ。おまえも見てただろ?」
優しいガイ。
この時期の俺にもこんなに優しいガイ。
俺を殺したいほど憎んでいるはずのガイ。
賭けは今なら多分ガイの勝ち。こんな馬鹿息子がガイの主たる資格などない。
このまま馬鹿で、馬鹿で、馬鹿でいて、復讐を遂げさせてやったら、それはそれでそのために俺は生まれてきたのだと思えるかもしれない。
(なに馬鹿なこと考えてるんだよ俺……)
駄目、だ。それじゃ瘴気がなくならない。
瘴気を無くすためには一万のレプリカもしくは第七譜術士と術者の命、それにローレライの剣が必要だ。アッシュを亡くさないためにはルークは居なくてはならない。
外殻大地が降下しなければいいのだろうか?
いや、多分外殻大地にあってですら瘴気は吹き出てきたからどのみちいつかどうにかしなくちゃいけないのだろう。
いつか、誰かが。
そんな無責任なことはできない。
もう、自分の責任を押し付けて逃げることはしたくないのだ。
回帰する星