ベルケンドは毒にも薬にもならないような事実――――おそらくルークは知っている――――で終わり、聞きかじった話からワイヨン鏡窟へ行きたいと言い出しかねないアッシュを約束だと無言で押し切ってダアトへ着いた。
ただ一人で此処で降りても仕方が無い。
この街に用事があるのは後は二人。だが全員を引っ張り出す必要があった。
「イオン。頼みがあるんだが……」
「なんでしょう?」
人の良いこの導師に無理を頼むのは本位ではないが、ルークには代えられない。
「秘預言を見せてくれないか?」
「秘預言を?」
「ああ。ちょっと今回の事で気になってね。知っておきたいんだが……」
「そんなものを知ってどうするつもりだ」
横から挿まれたアッシュの物言いに突っかかるように口を歪ませる。
「別におまえの口から聞いたっていいんだぜ?」
良くは無い。だがアッシュは知っているだろう。全てでなくてもその一部を。
でなければアクゼリュスでヴァンが何をするつもりだったかなど分からないに違いない。だが、奴はアクゼリュスに来、あまつティアに忠告までしてきた。
これで知らないわけが無い。
「はっ今頃知ったってどうしようもないだろう!アクゼリュスはもう落ちた!!」
「どういうことですの?」
「それを、俺は知りたいんだ」
予想はついていた。ルークの言葉の断片から。
だが今此処で、確たる証言を引き出したかった。
「分かりました。僕も今まで秘預言を自分で確認したことがありませんでしたから。知っていたら防げたのかもしれません」
思慮深げにイオンが一つ頷く。
こちらへどうぞと促されて後を着いて礼拝堂に入る。常はトリトハイム詠師が控えている事が多いが、イオンが暫く出ているように命じて礼拝堂の中はがらんとした。
「あれが、ユリアの譜石です」
ついと指をさすイオンの動きを追って見上げる。
(これが、ユリアの譜石……)
初めてではない。此処へ来る度にいつも目にしているそれが、ユリアの譜石であることを聞いてなんとはなしに感慨が沸く。こんな目立つ場所にまさかそんな重要なものを置いているとは思わないではないか。たとえそれを読めるものが限られているとしても。
「ND2000
ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す
其は王家に連なる赤い髪の男児なり
名を聖なる焔の光と称す
彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう
ND2018
ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう
そこで若者は力を災いとしキムラスカの武器となって街と共に消滅す
しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう
結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる
」
ふらり。倒れそうになるイオンの背を支える。
本来それはアニスの役目なのかもしれないが、此処でアニスに険悪な瞳を向けられるわけにはいかなかった。
無理をさせてすまない、ありがとう。その二つをイオンに告げ、強くルークに非難の目を向けていた少女たちに向き合う。一人大人は厄介だが、感情を表に出さない分別がある。故に感情をむき出しにする一番小さな少女が問題だった。
「これを、インゴベルト陛下は知っていたと思うかい?」
「第六譜石はキムラスカの物。そうでなくてもモースが側に居ましたし、知っていたはずです。預言の半分だけを知っていたということはありえない」
「だよな……ってことは……」
言葉の続きも考えてはいたが、吐き出す事は予定していなかった。
そうしてものの見事に――――獲物が掛かる。
「ガイ!何が言いたいわけ?」
「俺はただ事態の把握をしているだけだよ?突っかかるって事は何か気になるのかい、アニス」
意地の悪い言い方だ。だが浮かべたこの笑みと口調で誰もが嫌味である事を指摘しない。もっともジェイドとアッシュはただ黙っているというだけの事だが。
「それで?事態の把握をしてあなたはどう思ったんです?」
「ルークが可哀想だと思ったな」
ジェイドの問いにあっさりと答えると目をむくようにアニスが目も声も大きくした。
「なんであんな奴!」
あんな奴、と来たか。
つい重い息を吐く。子供なのは分かっている。それでもルークの実年齢よりも大人なはずだ、彼女は。箱庭ではなく世界を生きてきた彼女の方が人生経験だってよっぽど豊富で。
あぁならもっともっと同情心でも掻き立ててやれば満足だろうか。
それは酷な事なのかもしれない。大人でも一人では持ちきれない重責。実際に手を下した訳ではないから人に押し付けやすい罪の重み。
そう、別にアニスに罪は無い。ただその場に居ただけ。止められる立場に居ただけ。それだけを罪とは言わない。彼女の罪はただルークを一方的に傷つける言葉だ。
そんな事は知っている。分かっている。
それでもルークへの風当たりを和らげるためならどんな弁でも弄するつもりだ。
「アニスはそう言うけれどな、預言の為に死ぬために育てられた。この事が可哀想でないとアニスは言う気かい?」
「それは……でも何の苦労もしらなそうに大事に育ってきたお坊ちゃんじゃん!」
「記憶がない事が何の苦労も要らないと思うのか?軟禁されたことが苦痛じゃないとでも?」
「……っ!!」
「アニス、君はルークを最低だと言うが、これを止められたかい?」
「そんなのっ……」
とうとう涙が滲んできた声にストップが掛かる。
「お止めなさいガイ。そのような問い詰めるような物言いは失礼でしてよ」
「こいつは失礼。悪いな、アニス」
ならルークには失礼じゃないのかい?そう言いたいのを堪え、止めたナタリアへと向き合う。さて今度はお姫様にお相手願おう。
アニスよりも年上。ルークの外観年齢よりも年上。ルークの育ちも知っていて、既に政治の世界に入っているナタリアにはこの中の誰よりもルークを責める資格はない。
他の誰にあったとしても、彼女にだけはないと思えた。
「ならナタリア。教えてくれ。君はこの事実をどう思う?悪いのはあくまでルークかい?」
「止められなかったわたくしたちの責任がないとは言いませんわ。けれど、街一つを滅ぼしておいてあの言い草は最低ですわ」
「そうやって君や俺たちは逃げられるのに、どうしてあいつはだめなんだい?ルークの望んだ事じゃない。使われたのがルークの力だってだけで実際に引き出したのはヴァンだ。同じように逃げて悪いってことはないだろう?」
「ですがっ!」
「例えあれが本心だとしたって君の父親と、何が違う?」
しいて言えば、強制したものとされたものの違いだろうか。
だとしたらよほどインゴベルト陛下の方が罪深い。
ナタリアの非難を向けるべきは彼女の父親であり、為政者だ。そして彼女はその為政者の中に実際に身を連ねている。これはルークを責めるなら当然責められて然るべきだ。
「君は本来ならルークにこう言うべきだ。『よくやった』と」
「そんなこと……」
「だってそうだろう?ルークはキムラスカの為に死すら厭わず預言を守っただけ、ということになる。ルークを責めるのはお門違いもいいところだね」
硬くなった空気の中で自分だけは軽いかのようにひょいっと肩を竦めてみせる。
ルークは自分の所為だと知っている。自覚している。
そう、確かにルークの所為だ。彼は彼自身の意思でアクゼリュスを落とした。
けれど、そうだけれど。
魘されていたルークを思う。泣き叫んだルークを思う。どうして止めてやれなかったのか。
失望したのはルークにではない。
知っていたのに何もしてやれなかった自分にだ。
今もルークは夢で泣いているのだろう。
「確かにヴァン謡将に操られてルークがアクゼリュスを落としたのは事実だろうさ。けどな、国が回避しようと思えばできたことだ。あいつがアクゼリュスに行くなんて事、王命がなければ話にも上らなかったんだからな」
「それは……」
「それでも全てがルークの所為だと言うかい?」
――――否定はない。
「七歳の子供が、自分の意思に反して使われた自分の力に恐れて泣いてはいけないと?」
――――賛同もない。
沈黙。ほんの少しのそれに耐えかねた様にナタリアが叫ぶ。
「あなたもルークの所為ではないと仰りたいのですか!?」
「そうじゃない。だが、ルークをそうやってむやみに責めるのはどうかと言いたいだけだよ」
どのくらい功を奏しているのか分からないけれど。
そろそろ潮時だ。
此処まできても、間に合わなければ意味はない。
(ルーク……一人で行く気じゃないだろうが……)
最低限ティアが居る。けれどユリアシティで合流できなければ、タイムラグが大きくなる。急がなくては。
「俺の目的は終わった。アッシュの方にも付き合った。これで終わりでいいな」
「ガイ!」
「……いいだろう。好きにしろ」
許可など必要ではなかった。求めていたわけでもない。
ただ、それは宣言であり意思表示だ。だがひらひらと後ろ手に手を振って感謝の意に見えなくも無い態度を取ってみる。ただどうしても見たい顔ではない。
「迎えに行くのはご自由ですが、どうやってユリアシティへ戻るつもりですか?」
「心配しなくても送れなんて言ったりはしないさ。ちゃんとティアから聞いてある」
「……最初から戻るつもりでしたのね」
「悪いね、ナタリア」
それじゃ、と今度は全員に向けて軽く手を振って背を向けた。
向けられた背を見て奴がどんな顔をしているかなど見る必要ない。気になるのはただ、まだルークの元へ間に合うかだけだった。
回帰する星