アッシュからはじき出されて、目を開いたらいつもと同じ色が入ってきて驚いた。
そこにあるのはミュウミュウ五月蝿くて、けれどなんとはなしに愛着が沸いてしまったチーグルの青色だけのはずだと思ったのに。
「やっとお目覚めか?ルーク」
聞きなれた声のいつもと変わらない起床の合図。ぎょっとして飛び起きる。
夢か幻か繰り返しか。
そんないつもと同じ光景があるはずがないのに。
「なに幽霊に会ったみたいな顔してるんだよ」
苦笑するガイは確かに若干の変更はありつつもいつも通りにアッシュたちと別れたけれど、それでもいつもと同じにアラミス湧水洞で待っていてくれるんだと思っていた。
なのにどうしてここに居るんだ。
俺はそんなの知らないのに。
「さて、ルーク。次は何をするんだ?」
さも当たり前のように、何も無かったかのようにそう聞いてくるガイに混乱する。
あんなに怒っていたくせに。今更そんな風に言うなんて何を考えているんだ。今度は見捨てないで居てくれる自信なんて無かったし、賭けはおまえの勝ちだって言っただろう。見限ってくれたってよかったんだ。
実際、お前見限っただろう俺のこと。あんな目で見たじゃないか。
「おまえ、なんで……」
「なんでって言うか?俺はおまえの使用人で親友だぞ」
さも俺の方がおかしくて、これが当たり前なんだっていう顔をガイはするけれども、それって違うだろう絶対。
「賭けはおまえの勝ちだろ……」
「勝ち負けを決めるのは俺なんでね。っていうか賭けの事憶えてたんだな」
「忘れてたよ」
むしろ知らなかったと言ってもいい。憶えてはいないけれど、そんな些細な会話がガイにとって重要な位置を占めることだったなんて知らなかった。
知らないことが沢山あって。今もまだ、分からないことが沢山あって。
でも、今この瞬間で分かったこともある。
「ごめん……」
「何が゙だ?」
「全部だよ、全部」
ガイを見くびっていたこと、アクゼリュスを落としたこと、変えようとしなかったこと、出来ることをしなかったこと。全部ひっくるめたら駄目だろうか。
謝る言葉を一つだけにする代わりに、全部に対してもう一つ誓うから。
「変えるよ」
必要だったのはきっと些細な切欠だ。
ほんの少し自分の知らないことが起こってくれれば。起こしてくれれば。
ガイには少し話してしまったから、完全に俺の力ではないけれど、それでも何かが確かに変わった。だからきっと変えられるのだと、信じてみてもいいだろうか。
「これはその証だ」
ざっくりと側に置いてあった自分の剣で長い髪を切る。
前は変わると誓った。今度は変える事を誓う。
髪を切るのは決別だった。
前は馬鹿で愚鈍でどうしようもなかったお坊ちゃんからの決別を。
今はぐずぐずと後ろ向きにいじけてただ繰り返すだけの弱虫から。
見ていてくれ、とは言わない。
見ていてくれなんて言わなくてもガイはずっと側にいてくれるという確信があった。
アラミス湧水洞を抜けて外に出ても、一向に見知った軍服が見えないことに首をかしげながら外へと抜ける。
俺の行動はそのままだから、ガイが起こした行動で向こうに誤差が生じているのかもしれない。だとしても大まかな流れは変わっていないだろう。
「どうしたの?ルーク」
「えっと……」
どうしよう。あんまり挙動不審だったのかティアが怪訝な顔をして聞いてくるのにさらに挙動が怪しくなる。
ティアは知らない。ガイが戻ってきたことは知っていて、起きたのねと俺に尋ねた彼女は、一応俺の意思を確認してくれたが、俺が外郭大地に帰りたいと言ったら釘を刺すだけですんなりといつもの流れで着いてきてくれた。
それはいいのだけれど、この場合どうしたらいいんだ。ジェイドを待つべきなのか?でもなんて言って?
「何があるんだ?」
察したガイがティアには聞こえないように聞いてきた。
「ジェイドが来るはずなんだ。ナタリアとイオンがダアトに捕まってて」
「ならダアトに行こうぜ。あのおっさんなら此処に俺たちがいなければ自分で何とかしようとするだろ」
なるほど確かにジェイドはすぐに手に入らない戦力など当てにしないだろう。そして自分でなんとかしてしまうはずだ。
変える、なんて言ったって変えられないことは沢山ある。
とりあえずイオンとナタリアは救出すべきだ。仲間としても、これからの道筋を分かっているものにするためにも。そんな打算的な考えが掠めるのが少し嫌になるけれど。
知っているのだからそれを行うことは容易いはずだ。
変えたい所を変えればそれで十分だ。要らないところまで変えても仕方が無い。
「そうだな、ティアにはイオンに話を聞きに行こうって言ってさ」
ぽんぽんとあやす様に頭を撫でられてなんだろうかとガイを見上げる。
子供扱いされているようで憮然とするが、実は嫌いじゃなくて、でもそんな扱いを受けるような場面じゃないだろうここは。
「あんまり考え込むなよ」
「ガイ……」
「変えるったって一人じゃどうしようもないことだってある」
知ってるよ。知っているから俺は決意したんだ。
「俺が居ることを忘れるなよ」
大丈夫。それも知ってる。
だから笑えるくらいの余裕に、笑みを浮かべた。
ダアトに向かったのはいいけれど、やっぱりジェイドには会わなかった。アニスにすら会わないんだから、いよいよどうやってイオンとナタリアが捕まっていると知ったのか話を作らなくちゃならなくなった。
俺は嘘をつくのは苦手なのに――――ガイは口先八兆得意だけれど。
ジェイドがやってくれるから(やられるのが俺たちの方だったりもするけれど)あまりそんな印象はないけれど、ガイも空気を読んで口先で切り抜けるのは得意なのだ。
(ガイに俺が話してガイが上手くティアに話してくんぬぇーかなぁ)
そんな時だけ都合のいい事を考えて、はぁと憂鬱なため息を吐く。
「なぁティア、トリトハイム詠士に報告はしたのか?」
「ルーク?こんなときに何を……」
「そうすれば中に入れるだろ」
半信半疑の顔でティアは俺の顔をじろじろと見てきた。
俺が頭を使う事を言うとそんなに胡散臭いんだろうか。ちょっとへこむ。ジェイドの時はみんなその手があったかって感じに納得したのに。
うんまぁ信用度の差だろうけれど。それでなくてもジェイドの発言はここぞというところで便りになる。
それと入った後はどうするか。
さすがにナタリアたちの居場所の細かい場所と兵の配置までは覚えていない。大体の場所はそれとなく示すにしても、やはり今までと同じように気を逸らして進まないとだろう。
「ミュウ」
「はいですの!」
出番だぞと道具袋をゆすれば元気良く出てくるミュウに、心なしかティアの顔が輝く。
次の発言をした後のティアの反応がかなり怖い。や、別に不当な扱いじゃないと思うし、ミュウの奴は張り切ってくれるだろうが……
「銅鑼を鳴らして信託の盾兵の気を引き付けたいんだ―――できるな?」
「頑張るですの!」
ど派手な音とそれに引き付けられてやってくる信託の盾兵を撒きながら一つずつ扉を開けて確認していく。
これだけ派手にやっていればジェイドも気付くだろう。どうにかして此処に来ようとしているはずだし、そのうち合流できるはずだ。まぁできなくてもグランコクマに行けば連絡も取れるだろう。
……ジェイドがいないと入れてもらえないかもしれないけれど。(うわそれやばい笑えない)
「見つけた!」
ようやっと。勢い良く開いた扉の向こうに捜し求めていた二人の姿を見つけ、歓喜の声を上げる。よかった無事だ。やったよ、ガイ。
「アっ……ルーク!?」
一瞬、呼び間違えるかと思ったナタリアが完全にあいつの名前を呼ぶ前に俺の名前を呼んだから、以外に思って目を見開く。
それに何か、どこか、違和感というのか疑問というのか、俺の知らない可笑しな雰囲気を感じて首をかしげる。ナタリアの目線はそんな俺からガイへと移り。
「いやぁ派手ですねぇ……」
困惑を言葉にする前に、飛び込んできた声は。
「ジェイド!!」
「貴方たちが先走ってくれたお蔭で入るのに苦労しましたよ」
「ホントだよ〜邪魔しないでって感じぃ」
「アニス……」
嬉しいのか痛いのか分からないアニスの棘のある台詞にへにゃりと顔が崩れる。無事に合流できて良かった。本当に先走って失敗したら目も当てられない。次なんてもう欲しくは無い。
「まぁ見つけるのに苦労はしませんでしたが」
「そりゃ、良かった」
狙い通り、だなんて言ったらティアが調子に乗らないでと言ってくれるのだろうか。アニスがバッカじゃないのと言うか、ジェイドが結果論ですねと言うだろうか。
想像して笑うだけの余裕があることにほんの少し苦笑する。本当になんて現金な存在[モノ]だろうか。
「それじゃ全員揃ったところで脱出しようぜ」
次だってそうのんびりしていられる事態ではないのだ。
今はまだ下準備に過ぎない。迫りくる瞬間を回避してはいない。一呼吸つく場所ですらない。
「何!?お坊ちゃんが仕切るの?」
「……悪いけど、今はそうさせてもらう」
俺のこの経験を使って今度は、もう終わりにしたい。
なぜかアニスの瞳が揺れる。
まただ。俺の知らない反応。この時点のアニスだったらもっと言葉以上に視線も強く嫌悪感が露になっていていいはずなのに。
何故……
思いは確かにあったけれど、今は問い詰められる立場じゃない。
「行こう」
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
何度も通った道だ。人の来ない道も分かっている。俺がどんなに頭が悪くても無事に抜け出せるし、この後の世界も大丈夫。俺が先頭に立っても、大丈夫。
そうして、なんとかするのだ。
ぽんと頭の上に乗る手を辿って視線を上げる。
ニコリと笑ってくれたその顔が大丈夫、と太鼓判を押してくれたように見えた。
「ガイ」
呼び止められて歩調を落として横に並ぶ。お気楽組みはだいぶ前に進んでいるので普通に喋るくらいでも声は聞こえないだろう。
「わざわざダアトで、しかもイオン様に預言を詠ませたのは我々に聞かせるためですね?あなたが確認するだけならばユリアシティでも良かったはずです」
「まぁね」
確かにユリアシティでも十分だっただろう。ティアに頼めば秘預言もユリアシティの代表に見せてもらえたはずだ。
預言はダアトにだけ存在するものではないと、知った。
必要だったのはそれを聞く存在と、確かだと思わせる根拠。責めを受け止めるだけの理由。導師イオンがその場で読取った預言を嘘だと断じることの出来る人間は此処にはいない。
自分の非を認め、ルークを被害者だと認めるだけの素地が欲しかったのだ。
自分の糾弾がしやすいように。
「中々腹黒いことを考えますね」
「あんたに言われるとは光栄だね」
―――――世にも名高い死霊使い殿。
そう言って口角を上げれば、気分を害したようでもなくやれやれとでもいうべくジェイドは肩を竦めた。
回帰する星