ルークがおかしい気がする。
外に出て成長したのだ、というにはどうも違う。
それだけで人はあんなにも変わるだろうか。
人を殺すことに躊躇いなく振り下ろされた剣。
確かにファブレ家の外の世界では当たり前に行われていることであり、身を守るためには必要なことではあった。
ルークは元々それを出来るだけの技術はすでに持っていた。
けれどそれを行使するには覚悟が必要だ。
ルークは甘い。
籠の中に入れられて育ったことを思えば仕方の無いこととはいえ、どうしようもなく甘ちゃんのお坊ちゃんだ。
どんなことがあったにせよ、たった数日で七年間が変わるわけが無い。
……自分との七年間が覆されたなど……

「退け、アッシュ」

背後から聞こえた声に剣を受けたルークの腕がピクリと震える。
剣を向けられた恐怖では多分無い。
危なげなくルークは鮮血のアッシュの剣を受けた。
だとしたらそれは、誰に向けた何に対しての震えだ。

(ヴァンに……怯えてる?)

ヴァンにもっとルークは懐いていなかっただろうか。
むしろ依存というくらいべったりで
―――――― 一人嗤ったものだ。

(ティアに感化されたのか……?)

否。
ルークの世界は狭い。
人として認識しているものなどガイか、ヴァンか、父母それに……ペール、ラムダスくらいのものだろう。メイドも騎士も個々が特別な認識にはならない。
そんな中でも一番といって良いほど信用しているヴァンを、見知らぬ少女に告発されたからといって簡単に疑えるものでも警戒できるものでもない。

(なら……なんだ……?)

分からない。想像すらつかぬままガイは一人首を捻った。




***




船の上は快適だ。
歩かなくていいし、戦闘もない
―――――とりあえず、今のところ。

(コーラル城は終わったし……シンクっていつ来るんだっけ?)

カースロットという譜術。イオンしか解けないダアトの秘術。
ガイを苦しめるそれを付けに。
確か強烈な痛みもあるらしかったし、暴かれたくない感情を暴かれる。体すら操られる。その不快感は……自分の体を勝手に使われることの不快感と恐怖感くらいは分かるから無事だとはいえないだろう。
そうなる前にイオンに頼んでみようか?
きっとイオンは優しいから頼めばきっと解いてくれるだろう。消耗は激しいが、休めば治まるようでもある。
でもあれがなければガイは一生憎しみも、過去も隠し通すに決まっていて。

「嫌だなぁ……」

ガイに殺されそうになるのだ。それは確実。
悲しい、というか恐いというか、辛い。
でもカースロットが無くて一生ガイに秘密を持たれたままだというのも寂しい。
ガイはとても嘘が上手いから、何処で知ったふりをすれば良いのか分からない。
だから我慢だ。知っていることすら隠し通せるのなら別だけれど。

「あーほんと何回目だっけ?」

一回、二回と数えだして止める。
憂鬱の数を数えても仕方が無いし、これからが変わるわけでもない。
これで終わりかもしれないし、また次も繰り返すかもしれない。
終わってほしいのか終わって欲しくないのか正直自分でも分からない。
この繰り返しの終わりは即ち死なのだろう。

(ずっりーの。でも繰り返しでもみんなと一緒に居たいんだよなぁ……)

死ぬのは恐かった。
だからいつだって終わりが恐い。
繰り返すならまだいい。けれど、それで終わってしまったら。

仲間には会えない。
彼には会えない。

そんな恐怖がいつも付きまとう。
殺してしまった命も
―――――同じ。
何度繰り返しても、もう一度同じことをするならば彼らはそのときには生きているかもしれない。
変えてしまったら己の業を無かったことにするかのように思えて、どうしてもできない。
彼らの命は自分が負わなくてはいけないものだ。
繰り返しが効くのだとしても、そうしたらそれ以前の彼らはどうなってしまうのか。
分からないから何度も何度も一度巡ったように彼らを
―――――殺す。

「っ痛……」

襲ってきた頭痛に手を額に当てる。
慢性的な頭痛は慣れているとはいえ心地いいものでは当然無い。

『……が声に答えよ……』

(答えよとかいったって、勝手にやるじゃぬぇーか!)
そんな不満を思わず思う。
伝わっているのかどうかはなはだ疑問で、決してローレライは大人しくしてはくれないけれど。
泣こうが喚こうが叫ぼうがこの後の展開に支障はないはずだ。
……多分。

「や……めろ……俺の体を…勝手に…使うな……」

言うことを利かずに船に向かって放たれる力が止まらない。

(畜生……ローレライのアホンダラ)

船壊すなんて何考えてるんだろう、この人(じゃないけど)は。
声に答えるのと力を行使させて船を壊すことの何の関係性があるんだ。
なんとかやり過ごしてぜーはーと息を吐く。

「ルーク?」

忘れていた……わけではないけれど、ローレライに気を取られすぎて一瞬抜けていた。
だから聞こえた声にビクリと体を強張らせる。

「……師匠」
「顔色が悪いな。どうした?」
「いえ……ちょっと例の頭痛が……」
「大丈夫か?」

労るように覗き込む師匠の瞳はとても優しい。
優しい人だ。
きっと本来はやっぱり凄く優しい人なんだと思う。
ティアのお兄さんだし。

「今はもう治まったので……それよりどうかしたんですか?」
「いや……おまえももう17……あれから7年、そろそろ時間もないゆえ話しておかねばならぬと思ってな……屋敷に戻ればその機会もなかろう。何故お前が7年間も監禁されてきたのか知っているか?」

知ってるよ、なんて言わない。
師匠の話がまるっきり嘘ではなくても都合よく編集された話だってことは知ってる。
連々と並べ立てられる真実の一端で作った美麗な言葉は昔、父母や伯父への不信と師匠への信頼と憧憬を強めただけだった。
英雄。
その言葉のなんて虚しいものだろう。
そんなものにならなくてよかった。ただ贖罪をしたかっただけで、それだったら生きたかった。
虚しすぎて笑い出したくなってくる。
きっと繰り返した後の場所では命をとしてオールドラントを救った英雄とアッシュ共々持てはやされていることだろう。
なりたかったときにはなれなくて、なりたいわけでもなければなれてしまう。その称号などそんなものなのだろう。
考え出したら気分が悪くなってくる。
ローレライとの格闘も相まって本当に気持ちが悪い。足元が定まらない感さえある。

「すみません。ちょっと部屋に戻っていてもいいですか?」
「ああ……すまなかったなお前も色々あって疲れているだろうに」

よく考えると良いという言葉で、ふらふらと自分に宛がわれた船室に戻る途中に唐突に開いた
―――もしかしたら開いていたのかもしれない―――扉にゴンと居たい音がしてぶつかる。

「悪いっ……てルーク?」

怒鳴りもせずにぼんやりとしているルークを見つけ目を丸くするガイがいた。
そういえば彼は隣の部屋だ。
最初も、その次も、そのまた次も……今回も。
本当に一番最初は当たり前だと思っていた。そんな配置など気にもしていなかった。
けれど今はそんなことですら安心する。
安心ついでにほんの少し気が緩む。

「ガイ……ガイ……」
「ルーク!どうした!?」

俯いたまま子供のように名前を呼びながら服を引っ張れば、慌ててガイは覗き込んでくる。身長差で俯いてしまえばガイに覗き込むことは困難だから、しばらく答えないうちに、やがていつもよりは若干丁寧に頭を撫でてくれる。

変わらないから嬉しくて。
変わらないから懐かしくて。
変わらないから……泣けてきて。

ローレライかどうかは知らないけれど、神様ってものは酷い。

これが世界を救った褒美なのだとしたら、なんて意地悪なんだ。



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