かつては見覚えが無くて、ただただ見知らぬ壮大な街に圧倒された。寂寥感すらあった故郷
――――バチカル。
今はちゃんと懐かしいと思えるのが嬉しい。
なんとなく重くなった足で最後尾を歩いていれば、ルーク以外で唯一この町の住人であるガイが先頭を歩くことになる必然。
となれば自然開いた距離に、先をぼんやりと見れば、珍しくは無いはずなのに、揺れるガイの金色の髪が妙に目についた。
先頭であるガイと、続くジェイドとティアとアニス、イオンですらほんの少し、線を引いたような間が出来る。
自分と彼らと、自分とこの世界と、感じた隔たり。
思わず足が止まった。

(俺はここに居ないはずの人間なんだ……)

こんなところで違いを感じるなんてどうかしている。
たった数歩。
ほんの少し早足で進めば問題の無い距離である。
それでも。

(ここは俺の居場所じゃないんだ……)

初めてではない感覚に心寒さを覚える。
だとしたって生きているんだからいいじゃないか。そう思っているはずなのに。
そもそもいつだってここが居場所だなんて確かな証拠はどこにもなかった。

「ルーク?」

先頭を歩いていたはずなのに、どうしたと振り返って戻ってきてくれたガイによって、一行に取り込まれる。
慌ててなんでもない顔を作ったけれど、ほんの少しガイは変な顔をしたようだった。

「や、ここがバチカルなんだなって思って」
「なんだよ。初めて見たみたいな反応して」

今の俺は何度も何度も来た場所だけれど、かつての俺は初めてこの街を見るわけで。
昇降機も乗ったことが無いし、ミヤギ道場に行ったこともなければ、家の外に出たことすら無いはずなのだ。

(ナタリアと買い食いもしたことないし、アニスにリボン強請られたこともないし、ガイと闘技場でトーナメントに出場したこともないんだ……)

全部なかったことになってる。だって誰も覚えていないから。過去の繰り返しだから。
――――俺は此処に居るのに。

「ルーク……悪い。記憶を失ってからは外に出てなかったっけな……」
「あ……」

ガイのばつが悪そうな顔を見て、そうじゃないんだと言いそうになって、次々に口にされるそれとない気遣いと同情の言葉に口を噤む。
覗き込んできたガイは心底情けない顔をしていて、伸びてきた手が目元を拭ったと思ったら、指先がしっとりと濡れていた。

「本当に悪かった……無神経だったな」

「本当ですよ、ガイ。これから国王に会いに行くというのに、誤解されたらどうするんです?」
「ルーク様を苛めるとアニスちゃん怒っちゃいますよぉv」

「なっ……別に……これは……!!」

涙を見せてしまったのだと遅まきながら気づいて慌てて弁解に走る。
格好悪いったらないじゃないか。

「まあまあ。ルーク、ちょっと街の中見て回らないか?」
「後で見て回ればいいよ。今は先に陛下に謁見済ませちまおうぜ」

言いながら昇降機に引っ張り込む。
折角だけれど知らないふりも疲れるもので、何時ぼろが出るか分からないから、初めてなんだと思わせた手前そうするしかないのだ。
嘘が苦手だなんてことはジェイドやアニスに言われなくても分かってる。

(そういや結局ばれてたしなぁ……)

いつも別れ際の仲間たちは知っている。
ジェイドとティアとミュウしか知らなかったはずのことを、あっさりと読み取られてしまったのは、やはり自分の性格が問題なんだろう。
ジェイドなんて速攻だ。

「そういやルーク。陛下って何時の間に呼び方変えたんだ?」

(ってさっそくかよ……)

がくりと内心肩を落とす。
婚約者の父、母の兄、未来の義父。
直接に会ったことは無くとも叔父上、と呼び親しんでいた相手だ。
――――――自分がレプリカと知る前は。

「ちょっとけじめでもつけてみようかと思ってさ」
「へぇ……ルークがねぇ」
「なんだよっ!!」

含みを持たせたガイの台詞に食って掛かるが、ガイはなんだか嬉しそうに笑って開いた昇降機から降りて先頭に収まった。

「ルーク、あなたはインゴベルト陛下への謁見が終わったらどうするんです?」
「え……ああ。うん、明日からまた元の生活かな」
「そうですか」

何故かわざわざ後ろに回って少し距離を取って話駆けてきたジェイドは、ふむと意味ありげに考えるポーズをとった。

「なんだよ?」
「いえ。明日からまた軟禁生活に戻る可能性を微塵も考えていないような発言に聞こえましたので、それは浅慮なのか、それとも先を知っているのかどうかと思いまして」
「なっなっなっ何言ってんだよ!!」
「貴方の言動は時々可笑しいということを教えてあげましょう」

ニッコリと身に染みている恐ろしい笑顔を向けられて背筋が冷える。

(げぇ……さすがジェイドっていうか……)

どうでもいい人間のことにまでよく見ている。
いや……どうでもいい人間というよりは、信用していないからかもしれない。
信用していない人間を良く見ることは当たり前といえば当たり前だ。

(ま、この時点じゃ多分道具だもんなぁ)

どの時点でジェイドの中でルークが道具から人になったのか。
どの時点で人から友人になったのか。

ルークには分からない。
どうして、何故、どこで彼の信頼を勝ち得たのか。

死んでくださいと言った口で、友人としては死んで欲しくないと言ってくれた、自分のことを冷たい人間だと言った男の。
不確定のことは口にしないことを身上の男が、自分の予測を無視してまで願ってくれたその過程を。
いつだって知らない。
辿ったその自分が同じかどうかが分からないだけあって、いつも同じ過程を経ているのかどうか分からないけれど。
それでも、彼は"ジェイド"で。

「ジェイド」
「なんですか?」

言うだけ言って背を見せていたジェイドが振り返る。

「可笑しいついでにもう一つ、いいか?」
「まぁ聞くだけならいいでしょう」

馬鹿な発言は聞きたくも無いというジェイドにしては、それはきっと破格の待遇なのだろう。
公爵子息という有力な伝手へのご機嫌取りなのかもしれない。
それでも良かった。
唯一つ、言っておきたかったことを思い出して。

「………………」
「どうぞ?」
「……………………」
「……ルーク?」

ぱくぱくと口を開いたり閉じたりしながら、呼ばれてビクリと肩を震わせる。
自分から言わせて欲しいと引き止めたくせに、出てこない言葉が恨めしい。
言いたいことは確かにあったのに。

「あ……ごめん。やっぱなんでもないや……」
「まったく……行きますよ」

やれやれと肩を竦めて、特別に機嫌の悪さは見せずにジェイドは足を進めてしまう。
嫌味の一つや二つは覚悟していたのだが……そんな時間がなかっただけかもしれない。
城は、もう目の前だった。



***



もしかしたらモースより先に会えるかもしれないと急いだけれど、どうやら間に合わなかったようだった。
入り口で止められたのを「俺はファブレ公爵家のルークだ!邪魔するなら、お前をクビにするよう申し入れるぞ!」と喚いて突き進む。
恥ずかしいったらないが、とりあえず使えるものは使うに限るし、実際使ったんだから今回も使ったって問題ないはずだ。

―――――――この軽く羞恥プレイに耐えられるなら。

なんとか耐えて、謁見の間にふさわしい重厚な扉を無遠慮開ける。

「マルクト帝国は首都グランコクマの防衛を強化しております。エンゲーブを補給拠点としてセントビナーまで……」

「失礼します」

開けた途端に聞こえてきた声を遮れば、思ったよりその声は通ったようだった。
はっとして振り返ったモースの顔は中々見もので、控えていたアルバンダイン大臣が誰何の声を上げた。けれど、答える前に陛下には分かったらしかった。

「そなた……ルークか!シュザンヌの息子の……!!」
「……そうです……叔父上」

若干の抵抗と罪悪感を覚えながら肯定の答えを返す。
ごめんアッシュ……
卑屈は止めにしたはずなのにそんなことを思ってしまうのは、アッシュがどういう存在であるかをここに居る誰もが知らないからだ。

「陛下、モースの言っていることは嘘です。エンゲーブもセントビナーも平和でしたよ」
「な、何を言うか!……私はマルクトの脅威を陛下に……」
「嘘ばっかついて、預言、預言っておまえうぜーんだよ!!」

モースとイオンが並んでるのを見てしまったら、何かどす黒いものがあふれてきて思わず声を荒げた。
イオンはいつも死んでいった。モースに預言を読まされて。
それからもう一つ。希望になるように預言を残して。
今居るイオンはまだ生きているけれど。
いつか、そのうち、すぐに。

―――――死んでしまう。

(こいつの所為で、こいつの所為で、こいつの所為で!!)

落ち着け、落ち着け、落ち着け。
こいつも一応被害者なのだ。
加害者と被害者はいつだって表裏一体だ。
ヴァン師匠ですら被害者で。
でもどんな理由があったとしても、罪は罪なのだ。
直接的であれ、間接的であれ、他者の命を奪うことの代価はいつか支払わなければならない時が来る。
だから己の命で購うことになった。

―――――俺と同じように。

(ってそれじゃ陛下もピオニー陛下もナタリアもいつかそんなときが来るみたいじゃないかよ……)

王者とは時に犠牲を望むような、小よりも大を選ぶような決断をしなくてはならない。
例えそれで誰を殺したとしても。
権力とは行使せずに秩序は守れないから、どんなに正義をかざした人間でも間接的には関わらないわけにはいかない。

そういえばピオニー陛下が言っていた。

『恨んでくれてもいい。人でなしと思われても結構』
『だが俺たちは、俺たちの国民を守らなけりゃならない』

あれはレムの塔に瘴気を中和しに行く前のことで。元々恨むなんて発想は無かったけれど、なんだか安心して、後になってとてもカッコいいななどとも思った。

(レムの塔……か……)

もう、きっとあんな風に言うことはできないけれど。
また俺が死ぬからって言わなきゃいけないのだろう。

……ああ、嫌だな。



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