ザクリ、ザクリ。
足を動かすたび、砂が靴の中に入りそうだ。
照りつける太陽の下、オアシスの町を目指す。
砂漠は夜歩いて昼休むのが普通だというが、そんな余裕はないし、夜は魔物も活発になる。
となればやはり魔物の少ない日中を歩くのだが、これがどうして体力を消耗する。
話す気力もないから、自然思考は内側に巡り、たいして大きくはないルークの脳内でぐるぐると埒の明かないことが回っていた。
アッシュは死んだ。
けど……俺の中に入ってきたあれはアッシュだ。
これが俺の夢だとしても、俺の一部
――――いやこの場合俺がアッシュの一部なのか――――にアッシュはいるだろうか。
でもまてよ。ならなんで俺を見てもアッシュに反応がないんだ。
いやいや、アレが俺と同じように世界を繰り返してるアッシュだとは限らないわけだ。むしろ俺と一緒に回ってる可能性だってあって、実はこれがアッシュの記憶もあるルークなのか?
それでもし一番最初を現実と称するなら、そこで存在するアッシュの中に眠るルークが今の俺とか。いやまさか。

「だー!!」
「なんだ?どうしたルーク」
「畜生っ……」
「そんなに身長気にしてたのか?」
「違っげーよつかこれから伸びるんだ……じゃなくて、悩んでんの知ってるなら話題にすんなっつーの!!」

ナタリアとジェイドとのやりとりは聞いてはいたから、何の話かはわかって力いっぱい否定の声を上げる。それを悩むほど小さくはないし、ルークが悩もうともアッシュが大きくならなければどうしようもない。悩むだけ無駄だ。
けれど違うと否定した端、一瞬だけガイの表情が抜け落ちる。
驚いて瞬きする間にいつもの穏やかな顔に戻っていたから確かではないけれど。

「それについて悩んでるなら好き嫌いは失くしたほうがいいぜ?」
「うっせーよ!!」

ぎゃーすぎゃーすと食って掛るが、笑うばかりのガイに脱力して止めた。
一番消耗が激しいナタリアもそうだが、ルークの体力も昔の状態に戻ってしまっているからそれほど余裕があるわけではない。
涼しい顔をしたジェイドに、人を気遣う余裕があるガイはまだいいが、アニスもティアも大分この暑さに参っているようだ。

(どうせ行くことになるんだからいいよな……)

そっと太陽の方向を伺う。イオンが、アッシュが、居るはずのザオ遺跡。
オアシスに行っても多少の休息は取れても、気候の問題ならばたいした休みにではない。ザオ遺跡に行ってしまえば日光からは身を隠すことができるし、日の当たらない地下はそれなりに涼しかったはずだ。

(確か……オアシスの東だろ……)

今の位置からならほんの少し進路を訂正してやればオアシスに向かうよりも近いはずだ。オアシスの方がケセドニア寄りだから、体力的にも先にザオ遺跡へ向かった方が楽なはず。
と、言ってもまさか自分が発言して進路変更など不自然すぎる。
ジェイドですら名前しか知らないそんな遺跡の場所を何故知っているのかとか信憑性を問われれば答えられない。

道を確かめるように、警戒するように、自分のちょっと先を歩くガイの後ろ、びらびらとしている部分をがしっと掴む。

くいくい。

「ん、なんだ?」
「何でもねーけど」

くいくい。

「……ルーク?」
「なんだよ」

そんなことを繰り返しては見たけれど。
……あまり進路は変わっていない。

(不自然すぎだろ……)

自分で突っ込んで、仕方ないと今度は自分で先頭に立ってみる。そうすれば今度は逆に自分が先頭を行くことを試みる。
言いたくはないが、スライドの差というものがあって、ガイが速度を落としてくれないと、それを越すのは中々大変ではあるけれど。

「ルーク、そっち行くと道を外れるぞ」
「え、そーか?」
「ああ。今の時間だと太陽はほぼ南だからな。東行っちまう。砂漠じゃ目印も無いから気をつけろよ」

(なんでそんな知識あるんだよガイの野郎……!)

さりげなく示唆するのも無理で、先頭を歩くのも却下。
これは素直にオアシスに行くしかないだろうか。
などと思っているところに急激な頭痛。慣れたものではあるけれど、思わず膝を突く。

「痛ってぇ……」

こんなところでこんなタイミングで連絡なんてあっただろうか、いや無い。
今回に限ってどうしてと思ったが、何のことはない。
このままザオ遺跡に行こうと、ルークが足を引っ張った分だ。

「ルーク!?」

砂が熱い。こんなところで繋げてくるんじゃねーよアッシュの馬鹿とか思いながら、支えてくれた腕に身を任せる。

―――――誰が馬鹿だこの屑っ!

(あ、聞こえてた……?)

―――――聞こえねぇわけがねぇだろーが!!

聴覚で聞いていたならば耳がキーンしそうな音量で叫ばれて、耳を塞ぎたい衝動に駆られるが、生憎と塞いだところでフォンスロットを開いて直接話しかけてきているアッシュに意味は無い。

―――――ふんっ。どこをほっつきあるいてるんだ、アホが。イオンがどうなっても知らないぜ。

(今、オアシスに向かってる)

―――――ずいぶん余裕だな。屑のお坊ちゃんは、イオンがどうなろうと知ったこっちゃないってか?

(そんなわけないだろ!)

―――――俺たちはザオ遺跡にいる。お前には来られないだろうな、グズのお坊ちゃん。

すっと消えていった頭痛に、全身の力も抜ける。倒れこんだ上半身は、誰かが肩を支えてくれていたお陰で、砂に埋もれることなく両手だけで済んだ。

「また幻聴か?」
「うん……いや……似たようなものだけどちょっと違くて……アッシュが、イオンを連れてザオ遺跡に居るって」

正確には屋敷にいた頃のも決して幻聴ではなく、ローレライの声だったのだろうけれど……そのはずだ。アッシュとはディストに回線を開かれてからでなければ繋がらなかったはず。
あれ、でも通じなかっただけで繋がってはいたのだろうか?
完全同位体であるローレライが繋げられたのなら、同じく完全同位体であるアッシュだって繋げられるはずだ。
そこに第七音素の集合体という力の差が問題なのではなかったら。

「ザオ遺跡!?そこにイオン様が!?」
「ザオ遺跡……。二千年前のあのザオ遺跡のことでしょうか」
「多分それだな。オアシスから東の方っつってたけど……」

さり気なくアッシュが言った事にして、話を持っていく。
初めからこういう話に持ってけば良かった……いや、アッシュがオアシスでなくここで繋いできたから出来た話なのだが。
ナイスアッシュ。馬鹿なんて言って悪かった。
じんじんする両手に多少の恨めしさは残すけれど。

「ではオアシスへはどうしますか?そこから東ということは、遠回りになるわけではないと思いますが、時間的ロスはあるでしょうし」
「皆さんの体力次第ですね。無理をしても仕方がありませんし」

ティアの発言に、ジェイドが仲間を見回し、先ほどのこともありナタリアが真っ先に平気の声を上げる。

「わたくしは大丈夫ですわ」
「私も!イオン様が待ってるならそんなことなんでもないし!」
「そうね……情報を集めることを目的としないのであれば必要ないと思います。グミやボトルは……」
「大丈夫。まだ大分あるよ」

一通りの意見を聞いて、頭脳がふむと結論を向ける。

「ではザオ遺跡へ向かいましょうか。よろしいですか?ルーク」
「決まったところで俺が何言えって?」

意見がまとまったところで声を掛けられたって、何も言うことはない。
一々嫌味なんだよなぁと思いつつも、そうやってまとめてくれる事自体はありがたい。
歩き出そうとしたところに別の方向から声が掛かった。

「ほら、ルーク」
「なっ……なんだよ!?」

唐突に背中を見せてしゃがんだガイに戸惑って動きを止める。

「いいから負ぶさっとけ」
「あーん、ルーク様ずるいですぅ」
「ほら、アニスだってそう言ってんだろ!アニスにしてやれよ」
「人には出来ることと出来ないことがあるんだが……」

そんなこと知ったことかと喚きたいが、さすがに餓鬼っぽすぎて口をパクパクさせるだけに終わった。
だいたい魔物も出るというのに前衛が何を考えているんだろう。

「いつもより辛そうだったし……顔色が悪いぞ」
「べっつにそんなことないって」
「おまえなぁ……自分の体調くらい自覚しろって」

会話をするということは瞬間的なものではなくなるということだから、多少体力は消耗したが、それでも体調を崩すほどではない。
顔色だってそんな悪いという自覚は無かった。これだけ暑いからそりゃ多少は赤いかもしれないけれど。

「熱中症ってわけじゃ無さそうだから、気候の変化に対応できてないんだろうな……おまえ屋敷から出たこと無かったし」
「だから平気だって言ってんだろ!!」
「無茶ばっかり言ってるから信用なくすんだぜ?」

だからほら、早く乗れと急かしてくるガイの肩にしぶしぶと手を掛ける。
無理やり降りようと思えば降りられたし、きっとその広い背中を無視して先に行ってしまえばガイも歩き出しただろう。
でも、その大きな背中は心地良いのを知っていたから、ついつい甘えてしまった。










「さて、もう大丈夫か?ルーク」
「最初っから大丈夫だって言ってるだろ!」
「そりゃ失礼」

そのほとんどが砂で埋もれた建物
―――と言っていいのか怪しいものを前に、憎まれ口を叩いてガイの背から飛び降りる。

「ここがザオ遺跡か……」
「ああ、さっさと行こうぜ。イオンが待ってる」
「ルーク、罠かもしれないのよ?もう少し警戒を……」
「分かってるって!」

もう、と諦めたような溜息を吐いたティアには悪いけれど、急いた気分は止まらない。
早くアクゼリュスに行きたいというわけではないが、早く済ませてしまいたくもある。
外に突出した部分を考えれば、中は広く、平坦な階段を下りていけば、地下の街と言ってもいいくらいだ。
飛行系の魔物が多いのがうざいけれど、魔物にさえ気をつければそう危険なこともない。多分。
罠はない。確かにシンクとラルゴは待っているが、罠とは言わない。
ふと今更のことに思い至る。

(じゃあ一体なんのためにアッシュは俺たちをここに呼んだんだ……?)

この時期のアッシュはどっちだ。何を考えて行動していた。
アクゼリュスは近いが、まだ時間が無いわけでもない。
だがシンクやラルゴが居たことを考えれば、この時のアッシュはヴァン師匠の指示で連絡を取ってきたことになる。少なくともシンクはアッシュが俺に連絡を取れることを知っている。
そして、アクゼリュスにイオンは居なくてはならない。セフィロトはダアト式封咒で封じられているから、その使い手であるイオンは必要不可欠だ。
浚われたはずのイオンがヴァン師匠と一緒に居れば、それは酷く不自然で、ティアには絶対的な確信を与えるだろう。別段”ルーク”が気にしなければ問題が無いといえば無いのだが。
いや、ジェイドやヴァン師匠を知っているガイが側に居ればその不自然さは妨げになるだろう。ということは。

(初めからここで返すつもりだったって事かよ……)

なんだ、それ。ここですら踊らされていることにようやく気づいて拳を握る。
まあいい。それならそれでかえって好都合だ。

「ボスが一番奥ってのは定番だろ」
「定番だな」
「じゃあアッシュもそこだよな」
「ま、妥当なところでしょうね」

さすがに遺跡の中まで正確に憶えている自信はない。それでも所詮繰り返し、なんとなくは分かるからそこへは結構な速さで着いた。

「ほら、そんなことを言っているうちに見えてきましたよ」

仁王立ちで待ち受ける特徴のある黒い服を着た二人の人影を見やってジェイドが言う。イオンと同じ体格で小柄なシンクはともかく、ラルゴの巨体は遠くからでも見間違いようがない。

「導師イオンは儀式の真っ最中だ。大人しくしていてもらおう」
「冗談。こちとらそこまで暇じゃねーんだよ!」

ざっと引き抜いた剣をラルゴに向けて振り下ろす。
戦闘開始など告げる必要はない。

「ほぅ……威勢がいいな。いいだろう、黒獅子ラルゴ、参る」

相手が六神将とは言っても、負ける気はしなかった。
ここで勝ったのだという記憶がなくとも、数の利があり、経験はともかくとして、技量としては誰も引けをとらない程度は持っている。ジェイドとガイ……それにアニスにおいてはきっと実戦経験も彼らに劣らない。
実力が拮抗しているなら数が多い方が有利なのは自明の理だ。

「二人がかりで何やってんだ! 屑!」

シンクが倒れ、ラルゴが倒れると傍観に徹していたアッシュがやっと出てくる。

一合、二合、合わさる剣。続く連続技。
息があがる。畜生、こっちは先に戦闘してるんだからずるいぞと思うけれど、それはまぁこちらだって人数からしてずるいので言えない。
同じ流派だからこそ分かるタイミングを無意識に合わせ、防がれて、防いで、互いの体には傷一つつかない。

「驚かないのか?」
「驚くわけ無いだろ」

問うアッシュに当たり前のことを当たり前に叫び返す。

「俺とお前は同じなんだから当たり前だ!!」
「お前知って……」

驚いたアッシュの顔に我に返る。我に返るということは我を無くしていたということだ。熱くなりすぎていた。
失言だ。俺はまったくなんにも知らないはずなのに。
今の俺は全部知ってるからつい口が滑って……

(俺の馬鹿っ!単細胞!!)

「とっとにかく!イオンを返せ。そうすれば大人しく引き上げる」
「ルーク!?」

動揺しまくって、不自然ながらもなんとか話題を変えようと放った台詞に、この圧倒的有利な状況で何を考えているんだと、ガイが疑問の声を上げるが、何故かジェイドからフォローが入る。

「いいんじゃないですか?ルークが私たちの責任者です」
「そりゃそうだが……」
「ここは、砂漠の下です。彼らには意志を次ぐ仲間が居ますが、我々は此処で生き埋めになるわけにはいかない」

戦争回避のためには、キムラスカの親善大使ご一行がアクゼリュスを救助しなければならない。
そうして親善大使ご一行はここに居る自分たちだけなのだ。

「意外と頭が回る奴がいるもんだね。それもまさか……」

意味ありげに見られて渋面で答える。なんだその劣化レプリカが思いつくとは思わなかったと如実に書いてある仮面は。
畜生、どいつもこいつも人をなんだと思っているんだろう。
……馬鹿だろう。馬鹿だけど。

行け、とばかりに開放されたイオンを迎え、アニスが歓声を上げる。

「イオン様!心配しました!」
「みなさん。ご心配をお掛けしました。僕が油断したばっかりに……」
「ほんとだよ……」

つい深い溜息を吐く。イオンの所為だけとは言わないけれど、いつも浚われている彼はなんだかお姫様みたいだなぁと思ったりもした。申し訳無さそうに笑うこの穏やかさもその一因かもしれない。

「無事ならさっさと行こうぜ」
「そうですね。イオン様が無事であるならそれ以上用はありません」

それでいいかとちらり、と六神将の三人へと視線を向ける。

「引き返して来たら生き埋めにするよ」

そう言ったのはシンクで、彼もラルゴも倒したのにもう立っている。アッシュが回復したのかもしれないけれど、頑丈な奴らだ。
そのイオンと同じ声のはずなのに、似ても似つかない響きをもつシンクには、色々と言いたいことがある。

「シンク!たまにはその仮面、外したらどうだ?」
「……引き返してきらた生き埋めにするって言ったはずだよ」
「だから別に足は後ろに向けてないだろ。仮面外してみろよ。ここ砂漠だし、蒸れるぞ」
「ルーク、砂漠では蒸れるほどの湿気はないよ」
「え、そーなのか?」

律儀な突っ込みを入れてきたガイに、呆れたような視線や、こんなときに何を言い出すんだという溜息が下されるが、どうでもいい。

「……馬鹿にしてる……?」
「違うって。あーそうだな、しいて言えば……」

顔が見えなくたって、声音だけでも分かる不機嫌さにしてやったりとほんの少し溜飲が下がる。

「嫌がらせ」

ちょっとした意趣返しだ。
俺の優しい手を苦しめるおまえに、どうか罰を。
隠し事が上手いその笑顔の嘘を暴いてくれたおまえに、どうか礼を。



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