「あ〜あ」

船の甲板に赤い色がはためく。
長い髪だ。真っ赤な燃えるような色。
顔の上半分を覆う仮面で表情は見えない。
だが、心底つまらないと声音で分かるくらい感情豊かな声だった。

「なんでバチカルに俺ら行かせるかな」

ぼやく彼にとってその地は縁深い場所らしい。
生まれて7年も経てば自分の生い立ちくらいは知っている。
赤い髪はキムラスカの王族特有のもの。
今は仮面の下の緑の瞳もまた然り。
そうして、同じ歳のキムラスカの王族が7年前から今ですら探されていることはこのオールドランド全土で知らないものは無い。
ゆえに任務に出向くときなど、普段六神将くらいしか訪れることの無い本部の奥以外では被ることにしている。
もっとも彼はそうであり、そうではないが。

「嫌がらせだろ」

独り言に辛辣な声が飛ぶ。
同じような仮面を被った彼よりも少し小柄な少年。
”疾風のシンク”人はそう呼ぶ。

「だよなぁ……人選もなんか作為的だしなぁ」

和平交渉ならば当然対立する双方へと交渉しなければならない。迅速に、との言葉により六神将が二手に分かれることになったのだ。
マルクトはラルゴ・アリエッタ・ディストが。
バチカルにはリグレット・シンク・アッシュ……そしてルークが。
アッシュの副官であるルークがアッシュに付き従うのは分かるが、それならば何故アッシュをマルクト組みにしなかったのか。
彼らの特徴と事情を考えればキムラスカの王都に行かせる事ほど問題なことは無い。
だが、それは彼ら二人が困るだけの問題であり、モースにはなんら痛手ではない。
となれば。

みえみえすぎる。
そしてちゃちい。

「そんな嫌がらせするくらいなら最初っから行かせなきゃいいのに」
「そんな嫌がらせくらいしかできないんだろ」

意味ありげにシンクは口の端を吊り上げる。

「なんであっても導師イオンの御意向だからね」

現在のオールドラントの勢力分布は国としてはキムラスカとマルクトに二分される。自治都市としてケセドニアなどもあるが、この二大国には到底及ばないだろう。
だがオールドラントを国に関係なく勢力図を考えるならダアトは二大国に肩を並べるだろう。預言というものに人が縋っている限り宗教は国境をも超える。
その頂点に立つのが導師……現在は"イオン"である。
彼がいかにモースより若輩であっても、その権限にはとうてい逆らえない。
この任務は発言力で言えば世界で最も強いだろう人間の命なのだ。

「そういや俺、導師イオンって会ったことねーや」
「僕だってそうさ」

会うような任務には行かない、行けない。
複雑な彼らの生まれがそうさせる。
六神将すべてがそうであるわけではないが、こと彼ら二人に関しては。
似ているのかもしれない。きっと皆鼻で笑うだろうけれど。
特にあの……

「てめー……そんなところに居やがったのか!」
「アッシュ!!」

同じ顔をした青年が甲板上に現れたのを見て、嬉しそうに顔をほころばせる。そんな彼とは対照的に、ずかずかと近寄った青年は苛々とした口調で彼を呼んだ。

「屑が!」

もはや罵倒とは言えない呼称で
―――彼からちゃんと名前で呼ばれる方が奇跡だ――-バサリと黒い布が被せられる。
風にはためく髪をその黒いマントがすっぽりと覆った。

「顔さらしてんじゃねーよ!」
「顔は隠してるじゃん」
「髪がそのままだろうが、この屑が!」

一体全体なにが一番目立つと思ってるんだと怒鳴る青年に流石にむっとして頬を膨らませる。

「アッシュは仮面すら被ってねーじゃん」
「俺は必要ないんだよ!」
「いっつも思ってたけどずっりーぞ!」
「馬鹿が!」
「屑はともかく馬鹿はないだろ!!」
「はっ……!"それ"がバチカルの奴らに見つかったときにどんな反応をされるかもわからねー奴は馬鹿で十分だ」
「だからっ……それはアッシュだって同じだろ!」
「俺は"アッシュ"だからな」
「そんなの……もともと……」
「貴様、もしも間違われてファブレ家に入れられても俺は知らないからな!」
「うっ……」

しおらしく言葉に詰まった彼を見、遮るように告げられた脅し文句に、どこがとシンクが心の中でつっこみを入れたが、呆れたような溜息だけで止めておく。

「そろそろバチカルつくんじゃない?」
「えっ!あ、ほんとだ!!」
「……ああ、港が見えてきたな……一旦船室に戻るぞ」

さっさと身を翻したアッシュに待てよといいながら後を追う、そのさらに後ろからシンクがゆっくりと甲板を後にした。



同じ顔のアッシュは彼のような仮面をつけていない。
彼は
――――――ルーク。
”聖なる焔の光”の名を未だ持つものゆえに。



への

☆続きません……多分。