好き、という囁きに肩が震えた。
聞き取りづらい本当に小さなささやきは、けれど都合の良い耳が拾い取った幻聴ではないはずだ。
思わず振り返りそうになる。
どうして、と詰め寄りたくなる。
―――残酷なティアに。
欲しかった言葉だった。ずっと口にしようとして、できなかった言葉だった。終わりが分かっているのにそんな残酷な言葉は吐けなかった。
自己満足のために、縛り付ける気なんて無かったのに。
約束をさせたのは誰だ。
絶対に帰ってきてと、ずっと待ってると、そう言うから。
だから、約束なんて言葉を吐いたのに。
信じてくれるなら帰ってからだってよかったはずだ。
欲しい言葉を貰ってしまったら、それだけで生還の奇跡は低くなる。
心残りは同時に生きたいと願う力だ。
「けどお互い様、か……」
ぽつりと零す。落ちた呟きを聞いてくれる人はもう居ない。
足音は遠くなり、気配も読めない。
信じていないのも、残酷なのも。
ティアだけじゃない。俺だけになるはずだった。
アルビオールに残してきた日記帳は誤魔化せていないだろう俺の気持ちが全部書いてある。日記だったそれはいつしか手紙、とも遺書、とも言えるものになっていった。
きっと、誰かが見つけるだろう。読んでくれるだろう。そうしたら分からないはずが無い。分かってしまえば、それが誰に渡されるか簡単に想像できた。
恥ずかしい、と思うよりも確実に渡したかった。
けれど素直に本人に渡すには、照れもあったし、残酷で、できなかった。この決戦から帰ってきたら読んでくれ、なんてヴァン師匠を亡くす事を前提に向かうところで言えるわけもない。そんな追い討ちをかけること。
でも俺は結局、残してきた。卑怯な方法で。
俺の知らないところでティアが泣こうと、詰られ様と、痛くも痒くもないのだ。想像して、胸がちくりと痛むだけ。
知っていて欲しかった。俺の生きた証に。俺の気持ちを。
でも、それ以上に残酷なティア。
帰ってそして馬鹿みたいだな俺たちって笑ってやろう。
残酷で、優しいユリアの血縁に俺は恋したから。