ジェイドが用事があるからとグランコクマに来たのはいいけれど、軍本部に行っても別段やることも無いので一時分かれたのがまずかったのかもしれない。
……でもそこは王宮の中ではなかったのだが。

「よっ!俺の可愛いルーク」

なんだか微妙に間違った形容詞が二つも付いているような気がする呼称でもって呼び止められた。
それともあれか、ブウサギでもいるんだろうか。
思わずきょろきょろと見回してブウサギの姿を探す。

「なにきょろきょろしてんだ?挨拶したんだから挨拶返すのは基本だろ、ルーク」

ああ、やっぱり違った。俺のことだどうしようっていうかなんで可愛いでいつから俺は陛下の?
その根拠を聞いてみたい。
……やっぱりやめよう。ますます脱力する気がする。

「えーと陛下。なんでこんなところに?」

よくぞ聞いてくれたなとばかりに、世界を二分する国家の主、ここグランコクマの宮殿の奥に納まっているはずのピオニー陛下は胸を張った。

「俺は今ケテルブルクに行きたいんだ」
「へーそうですか」
「そうかそうか連れてってくれるか」
「えっちょっ……誰がそんなこと言ってるんですか!!」
「おまえだおまえ」

今のがそう聞こえるなんてどんな耳だ。
難聴か。空耳か。
まかり間違ってもそんな風には言っていない。

「ジェイドは執務室に篭ってるし、アルビオールはしばらく使わないんだろ?」
「えっと……まぁ……多分……」
「中々面白いな、あれは」
「別に面白いような施設とかないと思いますけど」

ノエルには悪いけれど乗り心地は軍艦よりもちょっと上くらい。といってもタルタロスしかしらないけれど。
そもそも観光用の施設ではない。最低限のこと以外、乗り心地に留意されて設計されてはいないのだ。

「贅沢だなあ。俺の可愛いルークは」

そうですか。そりゃガイみたいな音機関好きには面白いかもしれないけど、俺は興味ないんでっていうかそんな余裕もなかったです。ピオニー陛下だってそんなことを考えている余裕がある場面でアルビオールに乗ったわけじゃなかったような気がするんですが、気のせいですかそうですか。

「んじゃアルビオールの楽しみ方を教えてやろう」
「別にいりません……って本当に行く気ですか」
「俺はいつでも本気だぞ?」

どこがですかとガイなら突っ込んでくれただろうし、ジェイドならでは陛下の本気はいつも冗談ですねとか切り替えしてくれただろう。
それが分かっても切り返せない。この雰囲気が問題なのかもしれない。
ああどうしよう。やばい。押し流される。
連れて行ったりしたらまずいことはさすがに分かる。
もしかして皇帝誘拐とかになるんだろうか。
もしそうなったらグランコクマで犯罪歴ばっかり増えるのは気のせいだろうか?

……笑えねぇ……

「なんだ?」
「ナンデモナイデス」

……でもこの人を一人で行かせるよりもささっとアルビオールで行って帰ってきたほうが無難なんだろうか。
いやいやいやいや!!
俺が貧乏くじ引くことも無いんだ。
そんなとこ連れてったことがばれたら後でジェイドに何言われるか分かったもんじゃないし。

「おっ!丁度アルビオールのパイロットじゃないか?」
「……よく分かりますね陛下」
「俺は美人の顔は忘れないからな!」
「……ガイみてぇ」

なんだこの気障な台詞。
でもガイと違って気障に聞こえないのが不思議といえば不思議だ。歳の所為か。
気障というより冗談にしか聞こえない。もしくはセクハラ。
でもやっぱりこの気障な台詞はマルクト貴族特有なんだろうか。
そう考えるとやばいガイとピオニー陛下の類似点ちょっとあるかもしれない。髪の色とか。

「そうかぁ?ガイラルディアより甲斐性はあると思うんだがな」
「どの変がとか聞いたら失礼ですか?」
「おー失礼だなぁ。ま、疑問系なだけ可愛げがあるが……」

あ、ノエルが行っちゃう。角を曲がったら見えなくなりそう。
勿論陛下も気づいてそこで言葉を区切って、ルークよりも遠くへ声をなげた。

「そこの美人パイロット!」

……なんだってそう振り向きづらい呼び方をするんだろうかこの人は。
ああ、ノエルが行っちゃう。いや、それでいいんだ。そしたらピオニー陛下も諦めてくれるだろう……きっと。
あ、でも徒歩で連れて行けとか言われたらどうしよう(物理的に無理)。
船で行ってたら相当時間掛かるし(その間の政務どうするんだ)。

(だー!!!)

「ノエル!」
「……ええとルークさん?」
「ごめんノエル……何も聞かないでケテルブルクまで頼む……」

目を白黒させてノエルを振り向きづらい呼称で呼んだ人間とルークとを交互に見ているノエルにがくりと落ちた肩とついでに頭でお願いする。

「了解しました。先に行っていますので、準備が出来たらお越しください」

人間ができているノエルはちょっと困った顔をしたけれど、快く肯いてくれた。
やっぱりあれかなこの場合ノエルも共犯になっちゃうのかな。
ごめんノエル。
でも皇帝誘拐罪で捕まったら、ちゃんと俺が頼んだだけだって言うから。
きっとそしたら罪は軽くなるだろう。ジェイドだってノエルのことくらいは庇ってくれるだろうし。
当の本人だけにはまったく期待せずに見上げれば。

「おーすぐ行くすぐ行く」
「なんで陛下が答えるんですか……」

ああもうだめだこの人。
何を言っても無駄無駄無駄。わが道を突っ走って止まってなんかくれない。
この人のこういうところが苦手で憧れだ。