掌中の珠は落ちて跳ねた:

「大切に護ってきた掌中の珠に足元を掬われた気分はどうだ?コーネリア」

コツリ、背後からやってきた気配にばさりとマントを翻し、轟然とコーネリアは鼻で笑ってみせる。

「貴様も同じだろう」

特区日本。その存在は黒の騎士団の存在意義を奪い、コーネリアの収めるエリア11に波紋をもたらす。今、コーネリアとゼロとは一蓮托生の立場にある。
『許された』特権は日本人の間でも格差を作り出し、ユーフェミアのブリタニア人への支持を圧倒的に下げる。不満がたまれば日本人からの支持だとて下がるだろう。
それでもそこは日本だ。出来上がった国にゼロは失脚。
アキレスを抑えられたコーネリアも失態は免れまい。ナンバーズを上手く抑えられずに国を許してしまったなどと、皇帝の耳に入ればとたんに彼女は今築き上げた地位を落とされるだろう。
そんな中で得をするのは誰だ。
ユーフェミアの顔は過ぎりはするが、思い当たるのはもっと別の男だ。
それでも桃色の少女に向けて、言葉にするのであれば気をつけて欲しかったと思わずに居られない。

「甘やかしすぎるからこうなるんだ」
「貴様にだけは言われたくない台詞だな」

ルルーシュであるならば言い返すところではあるが、ゼロは無言を通す。ゼロに妹は居ない。身内など居てはならない。
ただ、ナナリーはそれほど無知ではない。コーネリアがユーフェミアに与えていたようなそんな絶対的な庇護を与えたかったけれど、そうするには力が足りなかった。
政治をしらなくても、恐怖を知っているナナリーはユーフェミアよりもよっぽど現実を知っている。

「ユフィ一人で成り立つわけがない」

思想はたしかにユーフェミアのものだろう。箱庭を欲した姫君。
けれどお飾りとされる副総督、ユーフェミア一人の力で特区などというエリア11を揺るがす事態を現実にできるわけがない。議会で却下される。総督であるコーネリアは却下する。
ユーフェミアは利用された。愚かで哀れな姫君。
黒の騎士団を、コーネリアを潰し、溢れる不満は全て宣言したユーフェミアが被ってくれる。あとは人のいい顔をして待つだけでエリア11を平定する。

「そういうことだ。あの男……」

第二皇子シュナイゼル。
先日見たばかりのあの涼しげな顔を思い出して唇を噛み締める。
昔から一筋縄ではいかないあの男。
優しそうな顔をして、けれど誰よりもあの男の血を継いでいる、傲慢で狡猾。さすが皇帝に一番近いと目されているだけある。
警戒はしていた。
けれどもそれは妹に対する甘さを捨てきれないが故に、その執着を見誤っていたが故に、結果は――この様だ。
我ながら無様だと思うが、まだ完全につぶれたわけではない。挽回の機会はまだ、ある。
そのためにここに居る。おそらくコーネリアも同様に。

「あまり、好ましくはないが仕方がない。コーネリア、手を組まないか?」
「それならば仮面を取っておくれ、ルルーシュ」


































相違と好悪の関係について:

会長も相当だが、シャーリーも物怖じしない性格で、しかもルルーシュという話題がある所為かどうやら一番話す確立が最近高い。勿論嫌じゃないし、むしろ心地いい居場所ではあるけれど。
まあそういう訳で今日も今日とてアーサーを囲んで二人、そこでルルーシュ談義だった。
ガクリ、そう音が聞こえるような錯覚を覚えるほど勢いよく机に突っ伏したシャーリーはこの世の終わりのように嘆きを放つ。
「あーカレンも居るのに、スザク君が一番の強敵かもしれないってどうなの……」
「まさか」
びっくり。そう顔に書いているようだとルルーシュ辺りなら言うのだろう。そんな顔をしている自覚を持ちながらシャーリーに理由を問う。大体そんなシャーリーが落ち込むようなそぶりなんて此処最近あっただろうか?
――いや、ない。
だってこの頃はルルーシュと自体あまり会っていないのだ。
が、恋する乙女の目線で見ると違うらしい。
「だってルルってばスザク君といると顔違うもん」
そりゃまあ、多少は違うだろう。同じだったらちょっと――かなり寂しい。
圧倒的な情報量の違いと、幼馴染という位置。
ほんの少しの彼の特別。
知っている。自覚もある。何より自分がそうだ。
ルルーシュを支えとしている自分を自覚している。
ルルーシュがナナリーを支えとしているように。自分は彼らとの思い出を、彼らが生きる世界を支えに生きている。
――戦って、いる。
それでもそれは……
知っているから苦笑しか出てこない。
「僕が僕である限り、ルルーシュとは相容れないから」
「どうして?」
「望むものが同じで」
「だったら違わないじゃない」
「でもやり方が違うんだよ」
「ふーん?」
そういうものなんだ。と不思議そうに呟くシャーリーにうんと曖昧に笑う。
「僕らの場合好悪とは関係無しに、考え方が相容れないってだけだけど」
親の教育の差だろうか。文化の差、というのはルルーシュにはあまり関係の無いような気がする。
いや、純粋に生活環境の差か。
「でもなんか分かるかも」
ふと何かに思いついたようにシャーリーが頭を上げた。
と思ったらまた項垂れた。
「私も、誰かがルルを手に入れちゃったらその人のこと好きになれるかちょっと自信ないもん」
あれ僕の話からは90度くらいはずれているんじゃないかというその論法に目を白黒させるけれど、シャーリーにとっては切実で、可愛らしいなぁと微笑む。
「例えばカレンとルルが付き合ってたとして」
「えっ!?ルルーシュとカレンさんって付き合ってるの!?」
「ちっがーう!だから例えばって言ってるでしょ」
ああ、うんそうだねごめんと慌てて謝る。
シャーリーの剣幕も怖かったけれど、もしもそれが事実だったらと凄く嫌な予感が走った。
「カレンのこと好きだけど、でもねルルの事になったら悪いけど別なの」
そうだよね。それは別だ。だってルルーシュの事だもの。
カレンさんのことはゼロのように嫌いになるほどに話した事が無く、シャーリーのような好ましさを感じられるほど話した事もない。
それでも。

「ルルーシュの事になったら別だよね」
「そうっ!そうなんだよスザク君!!」

可笑しな盛り上がりを見せ始めたのも憂えるべきではあるが、その前に。
恋する乙女に同意できてしまう辺りに危機感を感じるべきかもしれない。


































走れメロスよ笑止に絶えず:

「ルルーシュ。行っておいでよ」

僕が変わりにここに居るから、そうお人よしが服を着ている奴が言った。



三時間。それだけが彼に与えられた猶予だ。
ナナリーすまない。お大事に。
大事な大事な妹。誰よりも大切で彼女のために世界すら変えてみせる。
そう、誓った。
だが……だからといって見捨てられるわけも無い友。
あのお人よし。
与えられた時間のうちに戻らねば、あいつがどうなるか分からない。
故に普段は使わぬ運動能力を駆使して駆けていた。
急がずとも間に合うはずだが、急がずにはいられない。
その三時間、あいつを放っておくほどあの人は甘くは無い。

「っ会長」

上がった息でそのまま生徒会室の扉を開ける。

「あ〜ら。おかえりルルちゃんv」
「ルルーシュ!」

にこやかに迎え入れた諸悪の根源、アッシュフォード学園の王様はハートマーク付きで手を振ってくださった。
同時に振り返ったお人よしの動きに合わせ、なにやらひらりと布が舞う。

「お帰り。ナナリー大丈夫だった?」

ああ。お陰で咲世子さんが戻るまで風邪で寝ているナナリーの側に居られたよありがとうと言うところだというのは分かっていたが、声が出なかった。思考回路は真っ白だ。

「あらルルーシュ、何か感想はないわけ?あんたの変わりに着てくれたのよ」

ああそうか、それを俺が着るはずだったのか。だからそんなことになっているのか。
裾は長いが体格を隠さない、ピッチリとした室内では一見黒にも見える深い紫のチャイナドレス。
似合わない。首から上はともかく体格がやばい。ごつい。
肩幅は広いし二の腕は太くてパンパン。スリットが深く、のぞく足から脛毛も見える。

「……スザク、今すぐ俺の前から消えろ」

「……それが身代わりになった友達に言うことなんだね……」

酷いな、としょげた犬のような顔で言われても、その格好では訂正する気も起きない。


































衝動レジスタンス:

シャーリーは何か誤解しているようだが、私は別に彼――ルルーシュが好きなわけじゃない。けれどなんとはなしに見ていたのは、見るものが無かったからというわけでもなかった。校庭は綺麗に整えられて目を楽しませてくれるのに十分だったし、開いたノートにはいくつもの布陣が描いてあった。それらを差し置いてでも見てしまうほど、気になるのは本当だ。彼がシンジュクゲットーの時助けてくれた男であるか否か。
ゼロという男の出現でそれは消えたけれど、それとは別にも彼の考え方に興味がある。
この学校はつまらないだけでもないけれど、相容れない場所であることは確かだ。
のんきで平和。お気楽で世論なんて知ったことじゃない。
確かにアッシュフォード学園はそれなりにいいところのぼんぼんが通うところではあるから無理も無いのかもしれない。仲良くなった生徒会の人たちでもそうだ。
そんな中で、ルルーシュという男の考え方はどこか異彩を放っているように思えたのだ。そう、ほんの少しだけ自分たちに近いような、そんな気がして。

―――追った視線が捕らえた。

「……え!?」

何事かと、捕らえた映像を脳が理解するよりも早く足が動く。
捕らえた映像は。傾く、体。

「ちょっと!」

反射的に腕を掴む。細身ではあるが、身長は高め。そんな男の体は重いのだろうが、レジスタンスとして戦場に身を置いているカレンにとって支えられない重さではない。
間一髪で地面と衝突することを免れた友人は、驚いたように私を見た。
彼の性格なら人当たりよくごめんと言って何事も無かったかのように行くか、羞恥に顔を顰めるかと思ったのだが。

「前も思ったが、凄い反射神経だな」
「……言いたいことはそれだけかしら?」

いや、すまない。ありがとうと言った男の綺麗な顔をまた殴ってやりたいと思っても私の所為じゃない。


































タナトスは知らない:

部屋の主が帰ったというのに相変わらず人のベッドに寝転がった女はデカイ態度で動く気配もありはしない。この隠れようともしない態度でよく気づかれないものだと感心を通り越して呆れ果てる。ナナリーは目が見えない代わりに気配に聡い。咲世子さんも居る。けれど二人からこの家に一人住人が増えたなどという疑問すら聞いたことが無い。
勿論協力している部分はあるが。
ナナリーからの信頼は絶大なものであると自信があるし、咲世子さんも俺が言ったことを疑うことは無いだろう。
もはや好きにさせたまま放っておくが、チラリと目に入った奴は珍しいことをしていたので思わず声を掛ける。
――分厚いハードカバーの専門書。

「そんなものに興味があるのか」
「別に興味は無い」

集中していたわけではないのか、打てば響くように返ってくる返事。
なら何故そんなものを。興味が無いなら頭が痛くなるだけの代物だろう。
それとも活字中毒か?それほど本を開いているところを見たことなど無いが。

「興味があるのはおまえじゃないのか?」
「別に学問的なものに興味はない。心理学など修めずとも人の先を読むのは得意だからな」
「自身過多な男だな」
「過多じゃない。事実だ」

言葉通りそれが真実であることを言えば、言っていろとでも言いたげな呆れを含んだ沈黙が返る。
話は終わりかと次の作戦のためパソコンへ向かおうと背を向けた。

「ああ、そういえば中々面白い事も載っていたぞ」

掛けられた声に振り返れば、ついと綺麗に整った唇が嫌味に釣り上がる。

「人間は死の本能を持っているらしいぞ」
「タナトスか」

一応人並みに知識は持っている。単語の意味くらいは分かった。
だが、それが何だという。別段自分に関係があると思ったことは無いが。

「なるほどと思ったぞ。おまえの行動の根源が良く分かる」
「何を馬鹿なことを。俺は死にたがったことなどないぞ」
「さあどうだか」

眉根を顰める。その俺の顔を楽しそうに見やり。

「けれど、おまえは死ねない」

――王の力がおまえを孤独にする。
その孤独は……
人のもつ本能的な欲求すら知らないというのか。

「残念だったな。死にたがりのゼロ仮面」