跪く瞬間[ヒ]はもう過ぎた :
「跪け!」
皇帝陛下の御前であるぞ、そう言う声にその存在は一瞥をくれることもなかった。
「貴様、無礼であるぞ」
「無礼とはまた奇な事を。私はここに対等なものであるとして立っている。貴様こそ無礼に過ぎるとは思わないのか?」
「対等?はっ我らはブリタニアだぞ。テロリスト如きが……」
「そのテロリスト如きに停戦を結ぼうと話を向けたのはそちらのほうだと思うのだが?」
更なる罵倒を注意を喚起した男が吐き出す前に、老いた――けれど力ある声が遮った。
「その程度で対等と思うか。愚か者め」
やはりいつまでも傲慢だ。
聞きたいとも思わないが、久しぶりに聞いたその男の生身の声をそう断じ、バサリとマントを捌いてその存在を言葉と共に誇示する。
「対等でなければ協定に信頼性はないだろう。双方の敬意と合意があって初めて結ばれる。我らはブリタニアを一時でも対等と見なせる立場に上り詰めた。故に私はここに居る」
詭弁ではある。しかし停戦を持ちかけたのはブリタニアである。
ブリタニアがいくらサクラダイトが出るとはいえ、ちっぽけな島国であるエリア11――日本に負けるわけが無い。なにしろ国土面積が違う。
人間の数も、作物の量も、資源というものの規模がまず違う。
しかし続けば他国や平定したほかの地域にも足元を掬われかねない。
そこまで黒の騎士団は追い詰めたのだ。
「対等であると言うのならば礼儀くらいは示すのであろうな?」
「これはこれは。コーネリア皇女おられたのですか」
言外に失脚を匂わせた台詞にコーネリアの顔が屈辱に歪められる。
だが精々そこまでだ。
エリア11の総督。殺せなかった皇女。
「我らは貴様に停戦の協定を申し入れた。だが顔を見せもしない相手に敬意など感じはしない」
「ならば――――示そう」
長い指が己の仮面に触れる。
誰もが息を呑んだ。居並ぶブリタニアの貴族、黒の騎士団の一員、報道陣。
一部の例外を除き、全てが彼の仮面の下に興味を示した。
皇帝ですら興味を持って、その仮面が脱がれるのを待った。
「お久しぶりでございます、と改めてご挨拶した方がよろしいですか?」
ガタン、と椅子が音を立てる。
幾つだろうか。一つではない、二つか三つか。父と義兄と義姉と正面に見られる中だけでも、一体誰が見分けるだろう。
庶出故に人気の高かった后妃。黒髪の美しい、七年前に身罷った悲劇の后妃。
死んでいるはずの、その后妃の息子など。
「再会を喜びたいとは思いませんが、これも礼儀のうちであるならば」
「ルルーシュっ!第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア!!」
身を乗り出したコーネリアに輝く刃が静止を求めた。
「此処からお動きになりませんように」
静かな声は、誰も想像していなかった場所から聞こえた。
否、一度は誰もが疑ったことはあるかもしれない。だが、今はもう侮蔑はあれども不信はなく、唯一ゼロに敵う機体に乗る男。コーネリアを幾度か助けた男。
斜め後方から動く気配無く伸ばされた、独特なその片刃の剣の持ち主は彼女に刃を届かせることのできる位置。本来ならば彼女を護るべき立場にある皇位の高い皇族の――その騎士。
「枢木!?貴様……」
「我が主に触れることは何人たりともこの僕が許しません」
ゼロの正体と同じほどにこの場が揺れる。
対ゼロ戦において彼に敵うものはいなかった事は誰もが知っている。報道はその白い巨人の姿を鮮明に報道した。この後、これは決して負けではないのだとそう示す意味を込めて表彰される予定だった。
それよりもなにより。
「主だとっ!?貴様はユーフェミアの」
「騎士になどなっては居ない」
仮面がなくなった所為か、通った声がより鮮明に耳を打つ。
張り上げたような大きな声ではない。けれどざわめきの中でも決して聞き逃しはしないだろう。
「ユーフェミアに騎士任命の作法を教えなかったな。コーネリア」
「っ……!」
「お陰で私の騎士は偽りを口にしなくてすんだが」
「お姉さま……それはどういう……?」
「スザクがナンバーズなのが気に食わなかったのだろう?大切な妹にナンバーズの騎士がいる等という経歴を付けさせたくなくて考えたか」
「そんなっ!嘘ですっ」
「信じられないのならスザクに聞いてごらん、ユフィ。こいつは正直な男だから、聞けばちゃんと答えてくれるよ」
答えない姉を見、義兄の言葉に恐る恐る己の騎士だと信じていた男を振り返り、向けられた笑顔に、ユーフェミアは期待した。
「我が忠誠は遠き昔よりただ一人のもの」
答えは変わらない。
その笑顔はただルルーシュにのみ向けられているものだ。
「そんな……スザク……」
姉と騎士に裏切られ、傷ついたように崩れ落ちるユーフェミアには憐憫は覚えるが、だからといってすまないとは思わない。
姉という足がかりがあればこそでもその名一つで持つ力、自覚すれば弱者ではありえない。彼女もまた、傲慢なブリタニア皇族の一人。
もはや言葉も無い姉妹からは視界を離し、この場で必要な決定権を持つ男を見る。
「こちらの礼儀は示した。そちらの礼儀も示し、さっさと停戦を結ぼうか」
そこには悲劇の皇子も、ただのテロリストも存在しない。
ただ鮮やかに笑む、王者が居るだけだった。
暴かれる存在[モノ] :
※「跪く瞬間(ひ)はもう過ぎた」のギャグバージョンです。
「跪け!」
皇帝陛下の御前であるぞ、そう言う声にその存在は一瞥をくれることもなかった。
「貴様、無礼であるぞ」
「無礼とはまた奇な事を。私はここに対等なものであるとして立っている。貴様こそ無礼に過ぎるとは思わないのか?」
「対等?はっ我らはブリタニアだぞ。テロリスト如きが……」
「そのテロリスト如きに停戦を結ぼうと話を向けたのはそちらのほうだと思うのだが?」
更なる罵倒を注意を喚起した男が吐き出す前に、老いた――けれど力ある声が遮った。
「その程度で対等と思うか。愚か者め」
やはりいつまでも傲慢だ。
聞きたいとも思わないが、久しぶりに聞いたその男の生身の声をそう断じ、バサリとマントを捌いてその存在を言葉と共に誇示する。
「対等でなければ協定に信頼性はないだろう。双方の敬意と合意があって初めて結ばれる。我らはブリタニアを一時でも対等と見なせる立場に上り詰めた。故に私はここに居る」
「対等であるのならば帽子を取ること、それは礼儀だと思うがな。つまり頭の上にのる仮面も同じ」
「ならばあなたもその頭の上に乗った物をお取りになったら如何ですか?」
ざわざわと「やっぱりか」「そうだと思った」そんなざわめきが聞こえ、彼は仮面の下でほくそ笑む。
誰があんな奇天烈な頭が本物だと思うだろう。世界中にそのおかしな頭を晒しながら、そんな節穴の幸せ者はこの世界にどれだけいると思っている。
「そうしたら私もこの仮面を脱ぎましょう」
「これは地毛だ」
間髪を入れずに返った返事に冷たい視線を返す。
その視線が分かるはずもあるまいに、強く主張するようにさらに強い否定がなされる。
「この髪は毛一本から全て私のものだ!」
「嘘を誇張されるのも大概にした方がよろしいですよ。貴方の髪はもはやバーコード程度にしか残っていない」
「ぐっ……なぜそれを知っている……そうか、マリアンヌ!!」
どうしてその名が、不思議そうに首を傾げる中、向かい合う二人にだけは通じていた。
バーコード。それは母に聞いた秘密だった。
その髪を不振に思いはしても、実際のところがどれほどであるのか正確に言い当てられるのは実際に見た母しかいないだろう。
故に后妃になどなってしまった、不幸な人だ。
己もその遺伝子が組み込まれているのかと思うと、今から栄養バランスは考えておかねばと思う。ナナリーは女の子だから安心できるのだが。
「ちょうど良く報道も来ている事だ。ここで世界に公表したら如何ですか?ああ、大丈、我らが手伝って差し上げます」
そんなものは誰も頼んでいない、よせ、やめろ、そんな声にならない声を綺麗さっぱり無視し、彼は騎士の名前を呼んだ。
「スザク」
慣れたように自然に呼ばれた名前は、黒の騎士団ではなく有名なものの名前だった。
だがそれを誰もが認識するより早く、歩み出た白い影が横手から白刃を煌かせた。
気づいたのはパチンと、鞘へ収める剣の音。
皇帝の安否を問うよりも先にその頭上に注がれた視線の中、パサリと――落ちる。
本来髪であったらあるはずのない、網目状の内側を上にして。
頭にはゼロの言うとおり、ただバーコード状の髪だけが残っていた。
皇帝の正面に立った白い騎士の、その手に片刃の曲剣。
居合いだ、と黒の騎士団に所属する日本人だけが分かった。
「枢木スザク……」
何故、と誰もが思った。
彼は騎士である。今も御前近く皇位の高いユーフェミアの騎士としてそばにあった。だから彼は武器を所持していたし、誰にも止められることなく皇帝へと刃を向けられた。
驚愕の視線はスザクを見、それから当然のような顔をしたゼロへと向かう。
それに、ゼロは高らかに笑う。
「貴方のその髪の真実を暴かないかと誘ったら力になってくれましたよ。よほど信用がないようですね」
「そんな明らかに鬘だって主張されると落としたくなるんだ。父さんのように」
そうか枢木玄武もそうだったのか。同じ被害にあって、それで自殺したのだろうか、本当は。そんな空気が流れる。
「あなた方の目にどう映るのか知りませんが、本来スザクは傲慢で自分本位の男です。ああ、これでもスザクとの付き合いは長いんですよ――父上、あなたのお陰で」
皇帝以外にもそれは彼が誰であるかを理解させた。
父上、枢木、その二つの要素をつなぐ者は二人。
けれど体格から男であることが明白なれば。
「貴様は、もしや……」
「自分の名前を教えて頂くほど、私は馬鹿ではありませんよ、コーネリア姉上」
言外の肯定に続きをコーネリアは喉に呑む。
「私はゼロ。存在無き『ゼロ』」
そして彼は仮面を取る。
露になった顔の口元に皮肉気な笑みをはいて、己の顔を幽鬼でも見るような目で見つめる人間たちを見る。
「ゼロになる前の名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
罪と罰:
罪があるから罰がある。
それはスザクにとって罰だった。遠い昔、違う、たった7年前の。
ならば今度はいったい何の罰だろう。
――俺はちゃんと罰を受けているだろう!
なのになのになのになのに。
「きさまあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
学校の友人の、違う今は黒の騎士団の、カレンが鋭く地面を蹴った。
視界に入ってはいなかったけれど、どこかで認識していた。
けれど痺れた様に動かない。怪我などどこにもないのに。テロリストでありながら、ゼロはあまり武術に優れていた訳ではないらしかった。そういう意味で子供の頃から強者であったスザクにとって、生身の彼は赤子も同然だった。カレンの方がよほど手ごたえがあるだろう。
「ゼロを、よくもゼロを!!」
そう、僕が殺したのはゼロ。
悪の塊のような男。テロリストの首魁。ルールを外れた大嫌いな男。
――僕の、敵。
その、筈なのに。
「どうして殺したっ」
「当然だろう……ゼロは敵で、悪だ」
君もそれは知っていただろう。
学園で話していても、彼女は警戒していたはずだ。だって知っていたから。
友達(決して仲は良くないけれど)でありながら敵だった。
「あれを見てよくそんな事を言えるわね!!」
示される転がる仮面。つまりは今はむき出しの、ゼロの素顔。
視線は向けたけれど認識できない。脳が拒絶する。
だってそんなはずがないのだ。
「……君はゼロの正体を知ってたの?」
「知らなかった知らなかった護れなかったっ」
ぼんやりと自分の声が問いを紡ぐ。自分の声だという認識はあるのに、喋っている実感がない。頭を強く振り、吐き捨てるように否定が零れ出る。
彼女にとっては二重の意味なのかもしれない。
(やっぱり決して仲良くなんてなかったけれど)友達を、主を、護れなかった。
「でもあなたなら分かったんじゃないの!?」
どうだろう。分かっていたのだろうか。分かろうとしなかったのだろうか。
ルルーシュの主義とゼロの主張が非常に似ていることはゼロが現れた初期段階から知っていた。
けれど、だって、護りたかった、護っているんだと思った相手がまさか敵だなんて……
(思わなかった?)
でも彼の子供のときと今と、知っている自分がそんなことがあるか?
俺の唯一の親友を、顔を見なくては分からない?嘘だそんなの。
彼は何度も言った。何度も手を差し伸べてくれた。
ユフィのような優しさではなく、自分と相反する論理でもって。だから気づかなかったなんて言い訳。
「あなたにとって、彼は大切なものじゃなかったの?無理して学園に来てたのだって、彼に会いたかったからじゃないの!?」
「そう……だったんだ。だってやっと会えたんだ。なのにルルーシュ学校にも最近来なくて……」
一緒に補講を受けた。全部一緒の時間だった。軍務でかなりの日数を休まざるを得なかった自分と同じだけ学校を休んでいた事に何も感じなかった?
震える拳に殴り飛ばされて思考が一度そこで止まる。
「おまえは本当に最低だ!」
無様に倒れた俺を君は虚ろな眼差しで見ていた。
いつものように馬鹿、とは言ってはくれなかった。
それは、罰だった。
彼の手を拒絶した罪の、罰だった。
さよなら、王子様:
ずっと、ずっと、あなたは私の王子さまだった。
学生生活をモラトリアム、と称することは極一般的な話だ。一番自由と時間がある。学生という身分を盾に、年齢を盾に、あらゆるものを免除される。
私にとってはまさしく猶予期間だ。
独身最後の時間。
学生生活が終われば結婚が待っている。恋愛でも、結婚したいわけでもない、単純に家の都合だけのもの。
延びた時は安堵した。これで破談になるかもしれない。破談になればよかった。いつでもそうしてきたのに。
何故か、今回の相手はどうやっても破談にできなかった。良く分からない人だ。
面白いとは思うが好きなわけじゃない。キスをしたいとは思わない。愛しいとも思わない。守りたいとも思わない。焦がれるような憧れすらない。
かつての婚約者に向けるような感情は欠片も無かった。
もう少し、もう少し、もう少し。
延ばして来たモラトリアムに終わりを告げようと思ったのは、モラトリアムなんてあっても意味の無いことを突きつけられた所為だ。
学園内の噂話に、シャーリーに、沢山の女の子たちに。
ルルーシュたちと卒業しても良かった。そうすることも可能だった。でもそれは少しだけ延びるだけだ。本当に少しだけ。結果は変わらない。
望みの無い恋にいつまでもしがみついているわけにはいかない。
「こーんなにいい女になったのに、あの人ったら全然振り向いてくれないものねぇ」
それはこっちがそう仕向けていたころもある。
それでも。
仕方がないな、と言って結局甘やかしてくれる。あの甘さが好きだ。
どうしようもなく面倒だったり 顔をしながら、小言を言いながら、けれどいつも間に合わせてくれて、実現してくれて、私を理解してくれてる。
だから私も理解したかった。理解しているつもりでいた。事実スザクが来るまでツーカーと言える間柄は私のものだった。
少しだけ面白くなかった。
私の王子様を奪った、私に絶望を与えた、枢木の子供。
でも私の王子様は彼を見て嬉しそうに笑うのだ。昔のように。
「なーにやってんのかなぁルルちゃんは」
女心なんて分からない奴だけれど、その分女心を弄ぶような奴ではなかった。だから何か別のところで何かをやっているはずなのだ。
仕方がないなと小さな助け舟―――私の望みを乗せた。
今も、いつも、ほんの少しだけ、期待した。
婚約の話が出る度に元婚約者がどうするのか気にしてくれるんじゃないかと。気に入らないと思ってくれるんじゃないかと。
だから全部ルルーシュに話した。けれど一度も、ぶち壊しにきてはくれなかった。反対を唱えもしなかった。
私を浚って、私の王子様。
「なんて……無理な話よね」
だって。
あの日、マリアンヌ后妃がお亡くなりになったときに。
あの人を守れなかったときに、もう私の恋は終わっているのだ。
よるのとばり:
まだ、君は起きているだろうか。
そもそも最近彼は最近家に居ない日が多いようだから、家に居るのかどうかというのが最大の問題なのだけれども。
友達の家を訪問するにはずいぶんと遅い時間。普通なら寝ているだろう。
のりにのったロイドさんのお陰で出撃でもないのに遅くなった仕事が終わって、帰ろうとして。そうしてそういえば最近ルルーシュに会ってないよなとか、そういえば最近ルルーシュが夜遊びしてるだとかそんな話を聞いていけないよそんなことと思って、気がついたら足がそこに向かった。生徒会でよく来る高等部のクラブハウス。
のだけれども。
なんとなく寄ってしまったものの、チャイムを押せる訳もなく困ったように立ち尽くした。
(僕は何をしたいんだろう……?)
眠っているにしろ、出かけているにしろ、起きているにしろ、迷惑には違いない。どうかしたのかと心配され、なんでもないと答えれば今度は常識を考えろとか怒られるのは目に見えている。
多分僕はルルーシュがそこに居ることを確認できればいいのだ。
そうすれば安心できる。
存在を確認するだけで安心できる、そういう存在なのだ。
かといって部屋を外から見るだけでは確認することはできない。
さすがにまだそこまで建物の造りを把握していない。
「仕方ないな……」
このままここで見張ろう。
本当にルルーシュが夜遊びしているならとめてやる。それが僕の役目だ。ルルーシュをまっとうな人間に戻してナナリーにもシャーリーにも安心してもらわなくちゃ。
もし出てこないなら、あるいは帰ってこないならいい。どの道明日の朝になれば学校に行くルルーシュと会うだろう。
そこまで粘るなんて対外馬鹿だとは思うけれど、気になるのだから仕方がない。
そう割り切って、夜の闇の中息を潜めた。
ガサリと茂みが揺れた。
猫にしては大きい。確実に人の気配だと緊張したスザクはそっと背後に回るよう気配を消して移動する。
夜空の下にしばらくぼんやりと立っていたのでもう十分に目はこの暗さに慣れている。
「こんな時間にどこ行ってたの?」
ギクリと身を震わせた人影が立ち止まる。
ゆっくりとした動作で振り返る細身のシルエットに向かって、スザクは嫌味ともとれる苦言を口にした。
「ずいぶん遅いお帰りだね、ルルーシュ」
「……おまえこそ、こんな時間にどうしたんだ?」
明らかに誤魔化そうとしている口調。確かにこっちにも問われると色々と痛い所があるけれど。
(僕がそんなことで誤魔化されると思ってるの?)
思ってはいないだろう。ルルーシュの精一杯普通の切り替えし。
これではっきりした。
今はまっとうな人間が友人の家を訪問する時間でもなければ、ふらりと出かける時間でもない。
「最近君が遅くまで出かけてるってナナリーが心配してたから。見張り」
「それは手強い門番だな」
含まれた静かな怒りを感じ取り、ルルーシュはジリジリと後ろに下がる。
そんなもの一歩つめればなくなってしまうのに。
ふとルルーシュが持っている袋に目が留まった。
「なんだルルーシュ。こんな時間にケーキ屋さんなんて行ってたの?」
手に持った大きな袋。見覚えのあるロゴは確かナナリーがお気に入りなんだとルルーシュが言っていた。
短期間の間でも、ナナリーについてだけは毎日ルルーシュが語るから色々と分かってきた。
どこかで道草をくっていたのは確実だろう。でも、持っていたものがとてもルルーシュらしくて。
思わずほっと笑った。
「あのねルルーシュ、いくらナナリーが好きなものだって君が居なくちゃしかたないだろ」
「え、あぁ、そうだよな」
「でもきっと君が帰ってきたなら喜ぶよ」
そんなことは分かっているとルルーシュは鼻を鳴らした。
ナナリーのことを他人に言われるのはやっぱり嫌らしい。
「それよりスザク、帰らなくてもいいのか?」
明日、学校だろと言われてそうだったと思い出す。
明日は軍の仕事もない。
一日ぐらい徹夜したって学校に行けないほど柔ではないが、ルルーシュはそうはいかない。
ずっとここに留めておいたら風邪だって引きかねない。ルルーシュはそういうところはあまり強くない。
だからそうだね、と頷くしかなかった。
「おやすみ、ルルーシュ」
「ああ、おやすみスザク」
いたって普通の挨拶。
そんな挨拶を交わすにはいくらか不適切な空気だったけれども。
「危なかった……」
手にした袋がナナリーの好きな洋菓子店の袋でよかった。
ゼロのマントと仮面が入る袋がこれしかなかったので入れてきたがまさかこんなところで役に立つなんて。
一度騎士団に差し入れを持っていったがなにせ人数が人数だ。当然袋は大きくなる。
ちょっとした紙袋などは存外使えるから捨てないで綺麗に取っておくのはルルーシュの節約術の賜物だ。
どうしても必要に駆られて持ち帰ってきたが、まさかスザクに会うとは……
誤算だった。だが、上手く乗り切れた。
突発的事項にはあまり強くない自覚はあるが、十分だろうと手ごたえが感じられる。
ふふんと上機嫌にルルーシュは笑った。
「そのうちまた買っていくかな」
今度は前よりももっともっと多くなる。
騎士団のメンバーも喜ぶだろう。