不摂生には気をつけて 〜ご飯食べなきゃだめだろ!〜
1Kのキッチンなんて、造りはたかが知れている。狭いシンクと一口のコンロ。
ガスかIHならいいが、電熱線のものだと最高に料理はしづらい。さらに場合によっては作業スペースがない。包丁を出したとしてもまな板が置けない。
そんな状態からすれば大分具合のいいキッチンは(なにせガスのうえ二口ある)、きっちり綺麗に片付けられていて実にルルーシュらしい。まるで使ったことが無いみたいにピカピカだ。
そう、使った形跡のないほど綺麗なシンクは、多分きっと確実にきっちりした性格だけのものではない。
「……ルルーシュまたご飯食べてないの?」
「食べたさ」
「いつ」
「昼に」
「なにを?」
「シリアルバー」
短くやりとりを繰り返し、最後に平然と返された実体に深く溜息を吐く。
「……それを食べたって言う?」
わかりきっていたといえばいたのだけれど。
(仕方ないなぁ……)
僕の幼馴染は家事が万能だったはずだが、一人暮らしを始めてからとんと怠け者に成り下がっている。一般的男子の生活能力しかない僕よりも酷い。
冷蔵庫を勝手に開けて中を確認するがまったくもって目ぼしいものがない。すっからかんだ。せいぜい飲み物があるくらい。
だと思った。
使いもしないものを買うような、そんな無駄をルルーシュはしないだろう。料理をするとしたらきっとちゃんとその日の安いものをチェックして買いに行く。なにしろ主婦だ。節約もお手の物。
この分だと乾麺の類いもないかもしれない。元々家事万能なルルーシュはカップ麺を食べる習慣もない。いつもカップ麺を食べては怒られていたのはまだ一年も経ってないはずなのに。
(うーん味噌と、わかめとふはあるんだ)
きっと最初に買い込んだストックだろう。このキッチンを選んだなら初めから料理をしないつもりではなかったはずだ。
とすれば作れるのは味噌汁か。腹には貯まらないが、栄養素的にはシリアルバーより数段マシだ。
「ルルーシュ、お味噌汁作るよ」
「待て!」
僕が来てからまるで興味もなさそうに机に向かっていたルルーシュがぐるりと振り向いた。
「なに?」
「シンクが汚れる」
「……あたりまえだろ。なんのためのキッチンだよ」
「汚れたら虫が沸くだろう」
「普通に使ってればそんなに酷いことにはならないよ。それに磨けばいいだろ」
「馬鹿がなんで俺が自炊しないと思っている?片付けるのが面倒だからだろう」
そこは威張って言うところじゃない。まったくもって自然の摂理だが当然の主張ではないはずだ。
料理はできる。お母さんが働いているルルーシュの家では食事の支度はルルーシュの仕事だった。
そんな人間がもっとも嫌うのが作った後の後始末というやつで。
それすらもこなしていたルルーシュがどうして突如嫌がるようになったのかは謎だ。実家で数年前からお手伝いさんが住み込みでいるが、その仕事を奪うときすらあったというのに。
「スザク、おまえは自分の家で食べて来い」
「僕の話じゃなくって問題はルルーシュ!あんなんじゃお腹いっぱいにならないだろ?」
「おまえと一緒にするなよ、体力魔人が」
「酷いなぁ……」
「胃袋なんかブラックホールじゃないか」
「そんなことないよ」
僕よりも食べる女の子だって沢山居る。それこそびっくりするような胃袋だ。
高校時代運動部だったから夕飯前に買い食いなんかはそりゃやったけど。ルルーシュのは食が細いというかなんだかんだ不精なだけだ。
*
(どうしたもんかなぁ……)
ルルーシュの家から帰りながら云々と唸る。
あれでは骨と皮だけになっちゃうんじゃないだろうか。その前に倒れそうだ。今だって細すぎるくらいだというのに。
「なんなら食べるんだろ?」
シリアルバーばかりということは手軽に食べられてゴミが手軽に捨てられるもの。コンビニ弁当くらいは食べてるんだろうか?流石に毎日
では生きていられないと信じたい。
(僕なら一日で死にそうだけど)
人間の三大欲求と言えば食欲、睡眠欲、性欲だ。まったくそれにはその通りだと常々思う僕にしてみれば、ルルーシュの三大欲求はどうなっているんだろうか巨大な疑問だ。
ルルーシュが寝過ごすところなんて見たことがないし、残りの一つだって中々応じてくれない。
思春期の男子なら盛り上がるだろう下ネタ話も厳禁だ。中学生の頃、ルルーシュに対しておまえ一日何回やってる?なんて聞いた奴の末路を俺は知らない。
「じゃなくてっ」
問題がずれている。今の問題はルルーシュの欲求についてではなく、どのようにしてルルーシュに食事を取らせるかという手段が問題だ。
「ってことはサンドイッチかな」
何かをしながらでも食べられるという無難なところで。
おにぎりよりも多分落としたときに処理がしやすい。ご飯粒は気づかないまま結構落ちるから服にこびりついていることが多々あって面倒だ。それに中身は勿論、最近はベーグルとかイングリッシュマフィンとか挟む物も食パンだけじゃない。バリエーションが持たせられる。
パンの上に乗せるだけの料理は手間も器具も使わない。
手間はともかく器具の話は一人暮らしの男に求めるのはハイレベルすぎる。
「よし、まずはスーパーで買い物だ」
スザクの家にだって大したものは置いてない。元々、ルルーシュみたいに料理をするほうじゃないのだから当然だ。
「……なんだこれは」
「サンドイッチ作ってみたんだ。食べない?」
訳せば「勿論食べるよね」だ。
疑問系で終わらせる気はさらさら無い。
「どうして態々……」
多分分かっているんだろう。分かっているからこそルルーシュは溜息を吐く。
「サンドイッチならそんなに脂っこくないし、ラップなら捨てればいいだろ?」
「コンビニだって変わらないじゃないか」
「あれより添加物がなくて体にいいよ」
コンビニ弁当に比べればその程度のこと。けれどそれは絶対にルルーシュがご飯を食べるようにという保障がつく。そこにこれは価値がある。
ルルーシュはなんだかんだ言って人の好意を無碍にしない。口でなんて言ったって持っていけば食べてくれるだろう。
「そもそもスザク、おまえはもっと量を考えろ」
「足りない?」
「誰がそんな話をしている!」
「だよねぇ……ルルーシュがそんなに食べるなら僕が持ってくる必要もないし」
往々にして沢山食べるひとは食事を抜かないことが多い。耐えられないのだ。
そうではないルルーシュは好き嫌いこそ意外にないが、食は元々細かった。
(こうやって二人で食べるなら節約にもなるなぁ……)
やっぱり学生の身分で何にお金が掛かるかと言えば家賃食費が二大巨頭だろう。学費は除くが。それを考えれば二人分作っても外で食べるよりも断然安い。学生の身の上としては大変助かることだ。
(うん、やっぱりしばらく作ってこよう)
「なにを笑ってるんだ?」
怪訝そうな顔のルルーシュに向かってなんでもないよとニッコリ笑った。