11.
ゼロの呼び出しに緊張している。
何故か、その理由は自分一人だけが呼ばれたという事実からだろう。
幹部が呼ばれるのはそう少ない話ではない。
否――いつだってゼロからの連絡は一方的な電話だ。直接彼に呼ばれることはない。これは異例の事態だ。
副団長なのだから可笑しなことではないはずだが……
扉が、重い。
実際に手で開け閉めするわけではない。自動スライド式の扉は重く感じるはずがないのに。
「ゼロ、俺だ」
「ああ、入れ」
入れと言ったわりに、彼は後ろを向いていた。
漆黒の髪が薄闇に溶ける。手元の明かりだけが輪郭を浮かべる。
なぜそんなことが分かる。ゼロはいつも仮面をつけている。自分の情報など決して表に出さない。
そう、今の彼には。
――仮面が、ない。
「ここは初めてだったな」
彼が、振り返る。
見てはいけない、見たい、知りたい。
知ってしまえば戻れなくなる。何かが大きく変わってしまう。
だが扇の葛藤など知らず、彼は振り返った。
「ゼ、ロ……?」
――若い。
それが第一印象。どう見ても学生だ。
だがその口元に浮かべた笑みも、口調も、瞳も、揺ぎ無い風格がある。彼がただの学生だとは同時に思えなかった。
固まったままの俺に対し、彼は悠然と笑う。
「卜部も、カレンも、今回バベルタワー襲撃に参加したメンバーにはどうせ知られている。おまえに見せられない理由はない」
「それは……でも秘密だったんじゃ……」
どこか冷静な自分が彼の容姿は確かに秘密にしておく必要があると告げている。
当然だ。日本人の希望が、世界の希望が、よもやブリタニア人の学生だなんて!
「秘密である必要はなくなった。いや、秘密が秘密ではなくなったというべきか」
どういう意味だと解説を求めたい。
彼との会話についていくには酷く頭を使う。
「ヴィレッタ・ヌゥ」
ドキリとした。
その名前は知らない。知らない、彼女の名前。
「ブリタニアの男爵だ。知っているな?」
「……名前だけだが……」
嘘だ。顔だって分かる。
いくらこの国で戦闘指揮を執る立場だったとしても、男爵の顔など普通は知らない。軍人の顔などメディアには殆ど流れない。知っているのは個人的に交流があったからだ。
「あの女がどうして騎士皇から男爵に上がったか知っているか?」
「え?」
「ゼロを、売ったからだよ」
「売るって……」
そんな、人聞きの悪い。
彼女はそんな人間じゃない。弁当を作ってくれるような、家庭的で優しい人だった。それを、よく知りもしないで。
「おまえはよくまとめてくれている。古参の人間から信頼もある。だが……」
彼は俺を見た。
彼女のことを考える俺を。
「私の信頼に、まだ答える気はるか?」
知られている。
彼は言えなかった千種と自分の関係を知っている。
後ろ暗い秘密を暴かれたような気がした。
*
人影が歩いてくる。
その方向にはルルーシュ――ゼロの居る部屋しかない。
C.C.でないことは確かだ。あの長い髪は遠くからでも良く目立つ。
彼女は異色の存在だ。
彼の正体を知っている私でも入り込めない領域。
「あれ?扇さん?」
それ以外では私だって特別のはずだった。
彼の部屋へ無断で入ることが可能なのは自分とC.C.だけのはずだ。
「カレンも呼ばれたのか?」
「え?呼ばれたって……もしかしてゼロに呼ばれたの?」
「あぁ」
呆然としたような、悄然としたような、どこか心此処にあらずな様子に心配になる。
あの人でなしに何か言われたのだろうか。
「カレンは、彼のことを知っているんだよな……」
「扇さん……?」
ぶつぶつと呟く扇さんに苛立って問い詰める。
元来あまり気の長い方ではない。
「ゼロに何か言われたんですか?」
盛大に扉を開ける――勢いで部屋に駆け込む。
自動ドアのセンサーは寸前で彼女を認識し、その壁を退けた。
「どういうことよ、ねぇ」
開口一番の台詞に主語はない。感情に任せた口調は荒い。
それでも人が来たことは分かっているだろうに振り向きもしない。
「答えなさいよ、ルルーシュ」
答えはない。
彼は私を見ない。
「五月蝿い女だな」
答えたのはルルーシュではなくその隣のC.C.だった。
それが余計に腹が立つ。何かを考え込んだ様子の(そうでなければ唯のだんまりだ)ルルーシュはC.C.に促されてやっとこちらを向いた。
「何れ分かる。もう少し待て」
声は少しだけ優しい。
だからこそ腹が立つ。人のことをなんだと思っているんだ。
私はなんだ。あんたの親衛隊長じゃないの。
なのに置いてきぼりなんて酷い。
12.
部屋の主が使わないベッドを占領し、靴を脱いでくつろぐ。その態度におまえら・・・…というルルーシュの声が最初は聞こえたが、他にやることもない。
ルルーシュの動向を記録している監視カメラはこの部屋では殆ど機能していない。撤去したわけではないが、ルルーシュが組んだパターン通りの録画が流れている。
監視しているのはルルーシュのギアスに掛かった人間で、それを統括するのが僕なのだから簡単だ。
おかげで作戦会議をするのもルルーシュと話をするのも困らない。
といってもルルーシュは常に忙しそうだが。
カタカタとキーボードの音は止む事はない。いつだってルルーシュは端末を手放さない。常に何かの情報を得、整理し、分析している。
そういった仕事の数々に没頭されるとつまらない、と思うこともあるけれど邪魔をしてはいけないという分別くらいは持ち合わせている。
息抜きをさせるためにあえて邪魔をすることはあるけれど。
それをせずに大人しくルルーシュの手が止まるのを待っていたら、動く手はそのままにルルーシュが口を開いた。
「ああ、そういえばおまえ教団にはどれくらい顔が利く?」
「僕はギアスを持っているわけじゃないからそんなには……」
教団についてはラウンズであってもあまり知らされてはいないようだった。皇帝について行ったあの神殿のような場所も、入ったのは僕が初めてだと言っていた。
あれは信頼や信用ではなかったのだろう。使えるとも思っていなかったに違いない。
だから場所は当然知らないし、人数構成も知らない。
ルルーシュの方がよほど詳しいだろう。生憎と力になれることはなさそうだ。
首を振る僕に、けれどもルルーシュはNOとは言わせない言葉をくれる。
「CC.に関っていたんだ。まったく無いとは言わないだろうな?」
「V.V.が直接僕に会いに来たから存在は知っているけど」
それほど情報は多くない。
むしろV.V.が直接来たからこそ情報が絞れられていると言うべきか。自分から調べたわけではない。与えられた情報をただ信じた。
「まぁいい。調べられるか?」
ルルーシュがそう言うのなら調べる必要があるのだろう。
そしてかの教団のことは知る人間が少ない。調べられるのは僕とC.C.それからロロだけだろう。
以前もルルーシュは教団の調査をしていたとC.C.から聞いている。そのままの理由であればきっと今までの情報で十分なはずだ。
だがそれはきっと。
「何が、あるの」
「ジェレミア・ゴッドバルトを覚えているな?」
「そりゃ勿論……」
「ならばその出現の仕方は?」
「・・・・・・ああ、そうか」
あの日。シャーリーに呼び出されてルルーシュにあった。
(そういえばシャーリーは……)
忘れていた、わけではない。それでもルルーシュとは違ってそれを何かに結びつけることはできなかった。
防ぐその術が今ならあるかもしれないのに。
(敵わないなぁ)
変えたいと思うことは一緒のはずなのに。
「あれ、でもジェレミア卿はルルーシュに忠誠を誓ってるんだよね?」
「確かにジェレミアは忠義に厚い。だがそれは俺が后妃マリアンヌの息子で母の死に関わっていなかったからだ。それを知らない今のあいつは俺にとってもっとも厄介な相手ということだ」
ギアスを使う人間の天敵――ギアスキャンセラー。
ルルーシュが掛けたギアスを解く。力を使う前に探し出さなければならない。
なぜならば。
「シャーリーはジェレミアのギアスキャンセラーで記憶が二重になっていることに気付いてしまう」
それが悪いことだとは言わない。時と場合さえ選べば、シャルル皇帝のギアスをキャンセルすること事態は悪くない。
けれど、悔やむような顔はシャーリーの混乱を知っているからだ。
「誰が嘘を吐いていて何が真実なのか。敵も見方も分からない、そんな不安を味あわせたくない」
「ルルーシュ……」
それはルルーシュがずっとそんな世界で生きてきたからなのだろう。
きっとそれは誰にでも、とは言わないまでもルルーシュにとっては当たり前の感情なのだ。
優しさに少しだけ胸が痛い。
だからだろう、ポロリと零れ落ちた言葉は。
「好きなの?」
「嫌いなわけないだろう」
何を言っているんだというルルーシュの返答にそうだよね、と曖昧に笑う。
そう返って来るのか。もう少し慌てるとか、馬鹿にするとか、そんな反応を予想していたのだけれど。
「彼女は大切な友達だろう」
「そうだね……友達、だもんね」
(でもシャーリーは君のことが好きだった)
知っているだろう?
いくら鈍いルルーシュだって、あんなに真っ直ぐな好意に気付かないなんてそんな罪作りなことあるわけがない。そんなことがあったら会長やカレンにぼこぼこにされるだろう。
学園の中だけでも付き合っていることにもなっているはずだ。会長のイベントの結果がどこまで反映されるのか分からないけれど。
少なくとも、今の彼は知っているはずだ。知らないなど許されない。
けれどだからといって答えを出して欲しいとは思えなくて。シャーリーへの優しさが、痛くて。
ああ、これは嫉妬だ。
鈍く思い感情が渦巻いて仕方ない。
13.
広い広間だった。流石にアジア最大の国の国主と世界最大の国の第一皇子の婚約披露パーティーだ。
美しい朱色の柱が立ち並ぶ広間はブリタニアの様式よりはよほど日本に近しい。
大宦官の兵が瞬時に取り囲むが、この後の展開も変わることはないだろう。シュナイゼルは表向き優しく寛大だ。
「止めませんか。ここは祝いの席です」
優雅な所作で進み出るブリタニアの宰相に人の波が引く。当然のように後ろにはラウンズ。スザクの姿も認めて目を細める。
まるで皇帝気取りだ。
そうであることを求められていることも、許されていることも、知ってはいるけれど。
寛大なる宰相。次期皇帝候補。
力が全てと謳う現皇帝の力は確かに強い。だが、だからこそシュナイゼルのように一見優しげな男に指示が集まる。
優しげな言葉を吐き出しながら、誰よりも冷徹な男に。
騙しているわけではないのだろう。シュナイゼルは人の希望を映して変わる。それが自分の本質だと信じている。
この男の方が今の皇帝よりよほど厄介だ。
そんな睨み合いからゼロを守るようにクルリと神楽耶が躍り出る。この場でゼロを守るのは自分だという自負が彼女にはあった。護衛としてカレンは居たが、ナイトメアを使った戦場ではない此処は彼女の戦場だった。
美しく優雅でいて、決して引けない戦い。
「枢木さん。覚えていらして?従姉妹の私を」
「……当たり前だろう」
答えるスザクの心情が今なら分かる。気味が悪いというスザクの内心が。スザクを舎弟のように扱っていたという神楽耶の話を思い出す。
“枢木さん”なんて一生呼ばれることなどないと思っていた。
スザクの顔はそう語っている。
「お忘れかしら。その昔、ゼロ様があなたの命を救ったことを」
随分と懐かしいことを思い出すものだ、と思った。
世界が動き出した、ゼロの原点。
ふふと軽やかに笑う神楽耶の言葉は笑顔とは裏腹に物騒だ。
「その恩人も殺すというのですか?」
答えないスザクに神楽耶は嗤う。なんと情けないことよ、と。
日本人の誇りは最早無しかや。恩を仇で返すような男が我が従兄弟殿であるとは。
「言の葉だけで人を殺せたらいいのに」
きっと彼女がそうして殺したいのは相対したスザク一人だ。同じ日本を統べる家に生まれ、育ったはずだったのに。
なのにどうして。知っているからこそ憎い。
スザク以外の血族を全て失った彼女になお、そんな言葉を言わせるのは誰だ。彼女は皇として涙を見せはしないけれど、傷ついていないわけではないのだとこの言葉を聞くと思う。
だから、というわけでは決して無い。これは決まっていた台詞。自分もまた、言葉通り彼女に献上するわけにはいかない理由がある。
「シュナイゼル殿下、チェスでも如何ですか?」
シュナイゼルがチェスに強いことは知られている。挑まれて引けるはずがなかった。
「面白い余興だね」
乗るしかないはずだ。それは知らなくても予想ができること。
事実、それは当っていた。
「私が勝ったら枢木卿を頂きたい……神楽耶様に差し上げますよ」
「ほぅ。では私が勝ったら君は仮面を脱いで欲しいな」
「良いでしょう」
交渉は成立だ。シュナイゼルの顔は勿論スザクの顔も動かない。神楽耶だけは喜んで見せている。
「ではゼロ、遊技場へ行こうか。確か、ありましたね?」
「は、はいっご用意致します」
大宦官がシュナイゼルの言葉に慌てて指示を飛ばす。彼らにとってシュナイゼルこそがブリタニアだった。
「神楽耶様はこちらでお待ちを。カレン、行くぞ」
「はい」
神楽耶とゼロとどちらに着いて行くか彼女は迷うことは無い。ゼロの顔をしていれば彼女は俺の言葉に従った。その舌の顔を知っているのに不思議なことだ。
チェスの一手一手までは当然覚えていないが、そんなものは問題ではなかった。あの時拮抗していたものが今覆るわけが無い。同じ状況へ持っていくことは造作も無い。
「チェック」
キングでの王手は、王が前線に出ることへの危険性が伴う。睨み合うキング同士に、シュナイゼルがどう動くかは知っていた。進んできたキングに向き合う。逃げるにしても向かうにしても、動かすのはキングだ。置かれたのは黒のキングの正面。
前回と全く同じ。
「いいでしょう」
迷ったりしない。勝ちを譲られたとしてそれがどうした。現実の駒を表立って得た方がよっぽど有意義だ。
引き分けなどにさせない。なんとしてもスザクが欲しい。
「約束通り……枢木スザクは頂きますよ」
カタンと最後の駒を動かす。これで白の王は倒れた。
そんな馬鹿なと声が上がる。
野次馬は当然のように狭いチェスルームでは当然のようにシュナイゼルの勝利を予想したものが押しかけていた。パーティー会場でモニターを見上げていた者たちも信じられないという顔をする。
それらを手に取るように悠然と椅子の背にもたれながら次の行動を待つ。予想は恐らく外れないだろう。
自分を囲む、槍。
今度はシュナイゼルが声を発するまでにしばらく時間があった。状況を見極める時間、かつこちらに圧力を掛ける時間。
ふうと重たい息。
「仕方がないね」
その言葉に前のめりになっていた大宦官が動きを止める。
「シュナイゼル殿下?」
約束は果たされなければならない。その後どんな手を使うとしても、表向きは公平に約束を守らなければならない。そうしなければ信用に関る。
もし後で消すように手を打たれても、スザクなら俺を守るし返り討ちにするだろう。
「止めたまえ。祝いの席だと言っただろう?枢木君、君の意思を聞いてやれないのが残念だが……」
お笑いだ。スザクの意思はすでに確認済み。調整済みの事象だ。
「行って、くれるね?」
「シュナイゼル殿下のお言葉のままに」
スザクが深く頭を垂れる。その顔を知られぬように。満面の笑みを隠すために。
――最後の駒を手に入れた。
誰も動かない場所で率先して立ち上がる。自分かシュナイゼルが動かなければこの場で動ける人間は居ないだろう。
それだけの重い空気がそこにはあった。
「行こうか、枢木卿」
他人行儀な呼びかけに、硬い顔を作ったスザクが後に続く。
さて、この沈黙はいつまで続くか。
声を掛けずとも遅れず着いてきたカレンにはもう一つ仕事がある。
「カレン、神楽耶様を迎えに行ってくれ」
「え?でも……」
藤堂の部隊が彼女を護衛する手はずにはなっている。だが、表立って動けるのは正式に護衛として来たカレンだけだ。あくまでも藤堂たちはいざと言うときの切り札だ。できれば使いたくは無い。
それにカレンに居られるとまずいこともあるのだ。例えばこの重たい空気であるとか。彼女には言えない話が。
当然の如くあなたの護衛はどうするのかという顔に、後ろを歩く男を示す。
「俺にはこいつが居る」
示した男――たった今まで敵であったはずの男にカレンは顔を顰めた。信用できないと全力で表現している。むしろ自分が居なくなればすぐにゼロはスザクに捕らえられるだろうと思っているような顔だ。
(仕方ないな)
当然といえば当然の反応で、そこに自分の身体能力の部分も多いに貢献しているのだと思うと情けないこともある。如何に相手がバケモノのような強さを誇るスザクだと言えども。
「スザク、おまえは俺を守るな?」
「それがシュナイゼル殿下の命令だからね」
「じゃあ命令が翻されたらどうするのよ?」
当然の言葉だ。続けられる言葉はたった一つしかない。
もしかしたらという思いはカレンがゼロの仮面の下を知っていて、スザクと自分の繋がりを知っているからだ。
「カレン、シュナイゼルなら命令の撤回はしない。少なくとも今日此処を出るまではな」
それがシュナイゼルという男を分析した結果だ。絶対の言葉にカレンは忌々しそうにスザクを睨みつけてから身を翻す。
その背を見送って、途端に崩れた顔でスザクがうーんと伸びをする。
「うわぁ顔の筋肉固まってるんじゃないかなこれ」
「後でマッサージしてやるから今は元の顔に戻せ」
「いや、どっちかっていうとこっちが元でしょ」
「ナイト・オブ・ラウンズの枢木スザクの顔がそんなにゆるいとは知らなかったな」
「……分かったよ」
再び厳しい顔を作ったが、一度崩れた顔がいまいち不安である。ともあれ、予定された幕は下りた。後は速やかに撤退するだけだ。
「なんていうか、凄くシュナイゼル殿下に色んなものなすり付けた気分」
「その通りだろう」
知らないふりをして、敗者というレッテルと皇帝の騎士を奪われた宰相という評判を擦り付けた。評判としては大分下がるだろう。
「兄上には精々、道化になってもらうさ」
そのくらいして貰わねば割りに合わない。そのくらいのことなど引き合いにならないくらいに、あの兄にはしてやられているはずだ。
「ゼロ様っ!」
品を逸しない程度に駆け寄ってくる少女の頬は上気し、快活に笑う。
カレンを派遣したばかりだったが、どうやらすれ違ってしまったようだ。自分の後ろに付きに従うスザクの姿を見て顔を輝かせる。
「まさか本当に頂けるなんて!」
そういう扱いをしたのはこちらだが、まさか本当にそういう扱いをするのか。頭を過ぎったのは致し方のないことだ。過去折々の話ではスザクを自分のモノと考えていたような節がある。このままだと本気で貰われてしまうかもしれない。そうなるとスザクは神楽耶の小間使いと化すだろう。今までの鬱憤を晴らすように何でも言いつけられるに違いない。
スザクの頭には当然子供の頃の記憶がまざまざと甦っていたし、ルルーシュの頭の中にはスザクの話と合わせて先程の殺してみせたいとさえ言った言葉が思い出された。
二人で内心で汗を流す。まさかこんなにも喜ぶとは。
「喜んで頂いているところ申し訳ないのですが……」
「はい?」
ニコリと微笑み返す神楽耶の幼げな容姿は、けれど精神は誰よりも大人であり、優れた政治家であることを知っている。
だから交渉は対等かつ誠意を持って行わなくてはならない。
「彼を、私に頂きたいのです」
言葉は真摯に。
彼女は嘘を見抜く。ナナリーとはまた別の意味で彼女は真実を探る力を持っている。
冷静な判断力と、純粋な心を。
「あなたは本当にスザクが好きですのね」
「そういう訳では……」
隠しても駄目です、と神楽耶は微笑んだ。
「だっていつだってスザクを手に入れようとなさっていますもの。ブラックリベリオンの時も――あなたはスザクを助けるために表舞台へと姿を現した」
その観察力に瞠目する。
(まさか気づいていたとは……)
それがゼロが表舞台に出たきっかけであることを覚えていることは知っていたが、そこまで理解していたとは。
「あなたは記憶力が宜しいですね」
「お褒めに預かり光栄ですわ。でも、夫のことですもの。忘れるわけがありません」
この”夫”という言葉が無ければ非常に真面目な一言になるのだが。幼げな彼女の容姿と、自分のこの奇異な仮面が彼女の言葉を冗談たらしめた。
「改めて請われる必要はありません。妻のものは夫のものですわ」
「違うな。あなたのものはあなたのものだ」
その髪の一筋まで、彼女が持つものは彼女に責任があり、彼女に自由がある。どんな名目で彼女の側に居ようとも、それは変わらない。
「そう言って下さる方だから好きなんですよ、ゼロ様」
どこか嬉しそうな神楽耶は同じことを謳うように口にする。
「私の持つ財産も、地位も、名誉も、確かに私のものです」
他の誰のものでもない。譲る気も無い。
それ故に。
「私があなたのものと言ったらあなたのものです」
高いその矜持を持って決してその言葉を翻さない。彼女は自分にそれだけの価値を見出したのだと告げている。
真直ぐに見つめてくる神楽耶の瞳は相手にも自分にも嘘を許さない強さがあった。それが一瞬だけ緩む。
「でも、ゼロ様が私のものをとるのが心苦しいと思ってくださるのなら……お願いごとを一つ言ってもいいですか?」
「なんなりと」
「あなたのお顔を見せてください」
意外な一言。今まで彼女は決してこの仮面の下を見たいと口にしなかった。彼女にとって仮面の下の顔など興味の対象外であったのだろう。誰だって良かったのだ。日本を導いてくれるなら、信用に足るか、利用できるものであれば。
「それがあなたの望みですか、神楽耶様」
「だたの好奇心ですわ」
知らなくてもそれならそれでいい。
そう、割り切れる。でも知ることができるなら見てみたいという好奇心。実に個人的な。
「あなたが嫌だというのなら無理強いはしません。スザクはあなたに差し上げますわ」
そこまで言われて嫌とは言えない。代価を示さねばならない。それだけのものを俺は手に入れるのだ。
仮面に手が触れる。スザクが反応しないということは此処は大丈夫ということ。躊躇わずその仮面を脱ぐ。
彼女は決して驚いた顔をしなかった。日本人ではありえない、ブリタニア人と分かる特徴の顔を見ても。
「私を、覚えていますか?」
彼女の過去で会ったのはたった一度だけ。
スザクの後ろに隠れた女の子。後にスザクから聞くような凶暴さは感じられなかったが、我侭なお姫様であることはあるときに分かった。
そのときとは随分と赴きが変わっているけれど。
「ええ、覚えておりますわ。鬼の方」
良く分からない一言と共に神楽耶は納得の言った顔をした。スザクの顔もなんだか変だ。
「あなたがゼロ様ですのね」
男二人の顔など窺わず、ニコリと神楽耶は笑った。
14.
スザクを後ろに従えて歩けば誰もが振り返る。先程の余興は今日の出席者なら誰でも知っているはずだ。
少なくとも少し席を外していたくらいで乗り遅れるような話題ではない。
そうなれば結果も当然注目を集める。
ブリタニアは弱肉強食を謳い、自分が強者だと思っている国だ。その中でも頂点に立つ皇子――シュナイゼル・エル・ブリタニア。
彼以上に優秀な皇子は居ない。皇帝に最も近い皇子。宰相として実質の政治を取りまとめていることは誰もが知っている。
その手腕を知っている誰もが負けるはずがないと思っていたはずだ。
だがどうだ。
ゼロが要求したのはナイトオブラウンズ枢木スザク。
その、枢木スザクが今ゼロの後ろに従っているということは。
今のスザクはナイトオブラウンズ。皇帝の騎士。絶大な権力を有する。
ナンバーズであったとしても、その権力に違いは無い。
いつまでその肩書きが付いているかは怪しいが――すぐに取り外すことは外聞上しかねるだろう。シュナイゼルなら上手くやるはずだ。
つまり、スザクが自分の後ろを付き従うということはシュナイゼルの負けを意味している。
自分たちの負けを目の当たりにしたブリタニア貴族の顔は見物だった。
スザクがこちら側に付く事に対し、カグヤ以外に好意的な人間がいるかどうかは別問題だが、そのくらいスザクだって分かっている。今更気にするようなこともない。
(ああ、居たか。もう一人)
無骨な長靴の響く音に止まる。
「藤堂さん」
かつての師の顔をスザクが真っ直ぐに見つめる。子供の頃のように明らかな見上げ方は今はない。
藤堂にとって見れば子供であることは変わらないかもしれないが、随分と成長したのだと感じるには十分な変化だ。
「スザク君、君は我々と共に日本を取り戻す気はあるか?」
藤堂の手はずっと腰の刀に置かれたまま。
俺でもわかることをスザクが分からないはずもなく、けれど平然と求められていない答えを口にする。
「自分は皇帝陛下直属の騎士――命令には従います」
上辺の事情をごく真面目に言ってのけるスザクに藤堂の顔が厳しくなる。
敵対するまでスザクに腹芸など無理だと思っていたし、子供心にもこんな直情的な奴が政治なんてできるのかなどと思ったりもしたけれど。
(随分と、上手くなったものだな……)
スザクの顔はまったく読めない。分かってれば能面のような顔が一切を排除した結果なのだと分かるが、それだって何を秘めているかは分からない。
「枢木卿はチェスの景品――カグヤ様のお心をお慰めするための献上品にすぎない。彼の意思など関係ないのだよ」
「ではゼロは彼を今後どうするつもりなのだ?」
「とりあえずは今から外に出るまでのお守りにはなるだろうな」
「その効果が彼にあると?」
「手厳しいな。だが、彼はまだラウンズだ」
だからお守りになる。
だから信用できない。
相反する二つの作用が働いて対立を生む。だが藤堂は結局従順を選んだ。
ゼロに対する信頼は失われてはいないのだろう。藤堂は軍人であって政治家ではない。多少の疑念があっても最上位に立とうとはしない。
一礼の後、立ち去る背中にスザクが呼びかけた。
「藤堂さん、僕は日本を取り戻したいという意思は今までも持っていました」
振り返った藤堂の瞳がふっと懐かし気に笑った。
「君たちはきっと変わっていないんだろうな」
示すのはスザクと仮面のままの自分。
”君たち”その言葉が示すものは明らかで、意図的だ。
気づいていた。やはりこの男は俺の正体を知っていたのだ。
「私は変わってしまった」
それは何を悔いた言葉なのか。それとも変わったことを嘆く言葉か。
藤堂はそれ以上の言葉を口にしなかった。
変わりにスザクがゼロの仮面を示して口を開いた。
「あなたは彼のことを……」
「知っていたよ」
スザクの言葉を引き取って藤堂は真実を口にする。
「知っていた――否、分かったと言うべきか」
語る口調は淡々としていた。懐かしむべき遠い昔を思い出すような視線が向けられる。
「君の言葉の端々から日本人でないことは分かった。それにスザク君への興味。憎しみは植民地化されたことよりももっと身近だ。私が知る限り、 年前に見たブリタニアの皇子以外に適合者は居ない」
「なるほど……日本人は本当に直感を信じる部族だな」
カグヤも同じようなことを言っていた。
知っていた桐原翁の部下である藤堂に多少の情報があったといったって、それだけで特定するのは勘以外の何者でもないだろう。
「私には見て見ぬふりをすることしかできなかった。 年前と同じに」
そうだ。あの頃助けてくれたのはスザクだけだった。
俺たちを、ナナリーを守ろうとしてくれたのは同じ子供だったスザクだけだった。だから大人は信用しないなんてそんなことはないけれど。
「俺たちも変わりましたよ。子供は成長する分大人よりも変化は大きい」
「そうだな」
忘れていたわけではないはずだ。
スザクの言葉に素直に頷けるのがその証だった。
「見ないようにしていてくれたものを暴いてしまったわけか」
「この身は一度死んだ。俺には奇跡を起こせるような力は無いが、その末端くらいにはなれるだろう」
だが、と今はっきりと藤堂が問いを示す。
「今一度問おう。君は日本を取り戻す気があるか?」
日本が、という意味では確かにないだろう。
だが、俺が勝つことは結果的に彼らに日本を返すことに他ならない。
ブリタニアの打倒は、今も必須プランに入っている。
15.
黒の騎士団について、打つ手は打った。
「これでおまえはこちら側の人間だ」
「うん。これからは表立って君を守れる」
「その代わり使えない方法も増えるな」
日本の私室にある監視モニターは間違いなく違う人間が管轄するだろう。もっともスザクに詳細を知られたそれを使うかどうかは疑問だが。
「しばらくはその騎士服、脱ぐんじゃないぞ」
「えぇ?どうして……」
「おまえは皇帝の騎士様だからな」
それが利用できるうちはしなければ損だ。
地位や権力なんてものは利用できるときに利用しなければ意味がない。もっとも悪用するくらいなら意味のないものであるほうが良いが。
「おまえも見ただろう?その服が示す権力を」
皇女の騎士でありながらナンバーズと見下され続けた日々。それはユーフェミアに表立った力がなかった所為もあるが、皇族の騎士であるということはその程度でしかないのだ。
だが皇帝の騎士になったらどうだ。
それだけで皇族の末端などとは比べ物にならない権力が手に入る。それをスザクは実感してきたはずだ。
「その分僕への視線が痛いんだけど」
日本人から向けられる視線は当然厳しくなるだろう。自分たちを裏切ってブリタニアに尻尾を振っただけと見えるに違いない。
「日本人にはおまえの顔は売れている。どっちだって変わりはしないさ」
「うわぁ……」
嫌そうな顔をしてスザクは天を仰ぐ。それでも否やは言わせない。軽口も此処までだ。
「今日最後のイベントだ」
この機会以外にも恐らくスザクを捕らえるチャンスはあった。何と言ってもスザク自身がこちら側にいたのだから。
だから次のイベントがメインイベントと呼べるだろう。
彼女もまたシュナイゼルが撒いた餌かもしれないという危険はあった。だが、食いつかなければならない理由もまたあった。
その為の扉を開ける。
「ニーナ」
スザクの呼びかけに大きく肩を震わせる。ミレイに付き添われた少女はゆっくりと身を翻す。
彼女はシュナイゼルのパートナーとして中華連邦に来た。だがチェスの競技場所へは立ち入らせなかった。そう仕向けたのは先にミレイに接触していたスザクだ。
例えナイフを振りかぶらなくても分かるほど、瞳の色が変わる。
「……ゼロ……」
はっきりと分かる、彼女の瞳に宿る憎しみ。
人の囁きに神経を尖らせて俯く少女の姿はそこにはない。
「必要だったのにっ」
突き刺さる言葉は予想済みだ。整理は付いている。
ニーナの信仰は時に行き過ぎだと感じるところはあるが、そう言われても仕方のないことは自分でも分かっている。
あれは事故だったのだと説明しても仕方がない。
防げなかったこと事態、こちらに非がある。
だからと言って止まる言葉はない。
「だから君は研究を続けるのか?」
「そうよっあなたに復讐する、私の研究であなたを……黒の騎士団を殲滅するっ」
「それは私への復讐か?」
「そうっ!そのために私は……」
「死ぬのは私ではない。私だけでは済まないだろう。君のフレイヤは」
「……リミッターが付いてるもの、大丈夫。それに、あなたのために使ったもので他に誰が死ぬというの?」
スザクを見る。これをどう攻略していこうか。そんな声に出さないやり取り。その仕草をものの見事に誤解してくれた彼女はさらに噛み付いてきた。
「例えあなた以外が巻き込まれたとしても、それはあなたが其処に居る所為よ。あなたが居る所為っ」
「でも作ったのは君だ」
自分が作ったもので人が死んだら自分の所為ではないと思うのは一番難しい。例え口でどう言おうとも、人がどう言おうとも。
自分だけは騙されてくれない。
「どうしてっ」
嘆く言葉はそれを理解しない。
「どうしてあなたにそんなこと言われなくちゃならないの!ユーフェミア様を殺した人にっ」
確かにユーフェミアを殺したのは自分だ。手を取れるはずだったなどと言い訳にもならない。ギアスの暴発は俺の所為ではないと言っても誰も、自分も、信じられない。
それでも止めなければならないものがある。
「君に人を殺す覚悟があるのか?」
「あなたを殺せるなら死んだって構わない」
「そうだろうな。君にはその覚悟はある。だが一般市民はどうかな?何の関係もない人々は?」
「私はそんなことしないっ」
「君は確かに私だけを殺すつもりなのだろう。だが、私が立つ場所に私だけいるとは限らない」
その近くに必ず居る、無関係な人々。それを関係ないと切れるなら彼女は俺に手を貸したりはしなかっただろう。
「そして、君が作ったものを私だけに使うとも限らない」
「え……?」
「君は軍という組織に属しているのだろう?私を殺すために自分の才能を軍に売った」
軍は人を殺す。望むと望まざると。
力を持って他を制す。そういう組織だ。特にブリタニアは制圧することを目的としている。
その事実から目を背けていることは今の一言で分かった。今はシュナイゼルが守っているのかもしれない。一方で利用しながら。
「止めてよ」
ミレイが口を挟むが、今ここで一体何を言えると言うのか。彼女には自分を憎む理由も、ニーナを止める理由もない。
聡明な彼女なら他にも何か分かっているのだろうか。
「止めて頂戴。ルルーシュ」
ピタリと口を閉じる。
予想外のカードを彼女は切った。
「ゼロの正体はあなたなんでしょう?ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下」
ミレイが俺の名を口にする。そんな日はもう二度と来ないと思っていたのに。
「ミレイ、ちゃん?」
何を言っているのかとニーナが戸惑ってミレイの顔を見る。
それはこちらも同じだ。その情報は皇帝のギアスによって書き換えられているはずなのに。
「私はロイド伯爵の婚約者よ。そしてアッシュフォード学園の理事長の孫。あそこで起きていることの情報は把握しているわ」
(なるほど……いつからかは分からないが、ロイドから情報を得ていたわけか。以前はなかったはずだが……記憶があるかどうか判断するのはまだ早いか)
「あなたにそう呼ばれるのは久しぶりですね。会長」
まったく今日は良く仮面を外す。
ニーナの息を呑む音と、会長の肩から若干力が抜けたことを見て取って苦笑する。
「そうですね。色々と情報操作をされているようですし」
「それは私ではない。あなたにそんなことをするわけがないでしょう」
それも覚えていないかもしれないけれど。
彼女とその祖父が誰よりも自分とナナリーの味方であることを疑ったことはない。
「知っているならニーナを止めて下さい。このままでは大勢の人が死ぬ」
「それはあなたが望んだことではないの?」
そうかもしれない。確かに血を流しても進む事を決めたのは自分だ。だが。
「ニーナを人殺しにさせるつもりですか?」
「……それ、卑怯じゃない?」
「卑怯で結構ですよ。それでも俺は意味の無いただの大量破壊なんて止めたいし、それを友達にさせたくはない」
自分の計画のためであることは否定しない。だが、ニーナの後悔を知っているからこその今であることもまた確かな一面なのだ。
「後悔できるならまだいいと言いますが、分かっているのに後悔させるようなことをしたくないんです」
言いたいことは言った。これ以上はもう無い。
一度は外した仮面を再び被る。そうすることはニーナの心を遠ざけるだけだと知ってはいたけれど。
「ニーナ、俺と約束をする必要はない。ただ覚えていて欲しい」
君の研究は人を殺すということを。
「君が、人殺しにならないことを祈ってるよ。ニーナ」
「……あなたが言うの」
仮面を被ったその姿はルルーシュである以上にゼロである。それでも幾分か落ち着いた口調でニーナが非難する。
「俺だから言うんだよ」
人を殺した人間から、これから殺すかもしれない人間へ。
踏み止まれる今に最後のメッセージだ。
「行くぞ、スザク」
もう此処に用はない。シュナイゼルが動き出す前にリカルガに引き上げるだけだ。
仮面を被り直し、踵を返す。
「うん。でもルルーシュ、ちょっと待って」
半歩後ろから会長やニーナから見えない位置まで引っ張られる。
「泣いてる?」
「……いいや」
どうして泣く必要があるのか、などとは聞かなかった。それは逆にその必要性を吐露しているようなものだ。
彼女が自分の名前を口にしたとき、どうして知っているのかと思った。彼女はアッシュフォードで自分の背景を知ってはいるが、あくまでも箱庭の中の登場人物だったのだ。
ルルーシュ・ランペルージという箱庭の中の住人。その友達。
ニーナもそう。多分、知られたくなかったのはただその箱庭を守りたかったから。
「もう、学校には戻れないかな」
「戻っても会長は何も言わないよ」
「そうだろう、な」
ミレイが敵になるのか味方になるのかは分からない。ただ、彼女は今まで通り箱庭を守ってくれるだろう。彼女が旅立つその日まで。
「なにも変わらないよ」
スザクはまるでそれが良い事のように言う。
俺たちは変化こそを求めているというのに。皮肉なことだが、確かに変わらない毎日の学園生活を今の俺は束の間懐かしんだ。
「ルルーシュ、君は戻りたかった?」
「いいや。進むぞ、スザク」
懐かしんだのは戻れないことを知っているからだ。
どうしたって箱庭の中に戻ることはできない。そんな道はゼロという存在が出来てから無くなっている。
「俺たちは明日を手に入れる。この連鎖を断ってな」
俺は約束を守ろう。
彼女との二度目の契約を。
スザクとの最後の契約を。