1.イノセンス
誰も彼をそんな風には評さないだろうから敢えて言う。彼は純真だった。
お世辞にも正義のヒーローには見えない衣装で正義を唱えるその人の、けれど大げさなほどの身振りが演技じみていて、彼のどこか純真な理想主義を透かし見た。
彼は尊大に正義の悪を気取って見せていたけれど、徹していたけれど。
そのアンバランスさといったら!
だから私は護ると決めた。彼を護らなくてはと思った。母性本能なのかもしれない。憧れを向けた相手は、完全であったならば護りたいなどと思いはしない。
護りたいと思うのはそこに護らなければならない不安定さがあるからだ。
私が彼に対する独特のフィルターを持っていることは自覚している。まさかシャーリーのような乙女フィルターではないと思いたいけれど。
どうして素顔も知らない相手にそんなフィルターを持てたのだろう。
顔を見せない相手に不安があった。不信があった。
けれどそんなものはいつの間にかふっとんでいた。
いつからだろう?
私があなたに心底憧れて、追いかけて、あぁ命に代えても護りたいと思ったのは。
「ゼロ」
ああ、ここに居た!探したのです、何処にいらしたのですか。
戦場で一人で行動するのはやめてください。
せめて私を連れて行って。私はあなたの親衛隊。あなたの剣。あなたを守るための剣。
そう思っていた。そう信じていた。
護れると、護るための力を持っていると。
(無垢なまま、無邪気にあなたを慕っていた)
こつん、こつん。
今日に限ってどうしてこんなにあなたの足音が響くの。いつもと変わらないトレーラーの中なのに。どうしてこんなに寂しい音がするの。
(それは誰もが痛いほどの沈黙を保っているため)
分かっていた。それほど彼の決断は衝撃だった。ゼロが仮面を外す事より(一度もなかったけれど)きっと衝撃。相談すらしてくれなかった。下されたのは決定だ。
ブリタニアを壊すのではなかったのですか。どうして和解なんてするんですか。私たちはまだ戦えるのに、あなたの首を捧げてまで。
「ゼロ、どうして……」
「ブリタニアを壊すには、まだまだ時間がかかるだろう。人もまだまだ沢山死ぬ」
「それは……」
「それだけの長い時間、人は耐えられるか?そもそも国力が違う。本国が本気で掛かれば日本はもたない」
持久力がないのだ。だったら今はとりあえず適当なところで和解して国力をつける方がいい。もともとテロリストとして活動を始めたのは日本を取り戻すためだ。
ゼロの言うことは分かる。そこまで頭の回転は悪くはない。
けれど……
拘りがあるのは和解に対してではない。
私が気になるのは彼の首の行方。
「自分の罪は自分で贖うだけの甲斐性は持ち合わせているつもりなのだが」
だからそんな顔をしてくれるなと困ったようにゼロは目じりを下げた。顔なんて見えないけれど。
あなたに罪はないの。背負わせたのは私たち。
それなのになぜ、あなたは一人で逝こうとするの?
悪を作った意味はなぜ。
一人で悪を背負ったのはなぜ。
「君には感謝している、カレン。よくやってくれた。この結果は君たちの力だ」
何の回答もないまま、私たちの意地を背負って、無罪の罪を背負って、彼は逝ってしまう。去ってしまう。(なんてことっ!)
私たちをこんなところまで押し上げるように唆したゼロ。けれどそれは私たちの意地と望み。違えることなく、けれど彼だけは望みを果たしたわけではない。
だってブリタニアは存在しているもの。
壊れていない。国としての存続は続いている。今も世界で一番の大国であることに変わりはない。
あぁ彼は分かっていたのだ初めから。
どんなに望んでも、力をつけようとも、あの国を壊せないことを。
壊すなんて口にするだけで、きっと初めからあなたに罪はなかったのに!
2.愛すべき捨て駒
3.防波堤の向こう側
「わーお。ずたぼろだぁ」
ひっじょーに見覚えのある独特のフォルム。あっれーさっき報告にあったっけ。一応今のところこのフォルムを持つ人物を追い詰められたのはランスロットだけだ(すっばらしい〜流石僕のランスロット)。
まあだからといって別に興味はないけれど(だってランスロットになんら関係ない)ああ、うんでも仮面の中はどうなってるのかとか、その服の構造はどうなっているのかとか、ちょっと気になるかもしれない。
科学者は好奇心の塊だ。
気まぐれに仮面に触ろうとしたら飛び起きた。
あ、ちょっと興味がわいた。
「すっごいねー君のその傷、そんなに浅いものじゃないのにねぇ」
さも他人事のように(実際他人事だ)言うと、仮面の中で顔がしかめられたような気がした。別にそれはすかし見えているわけでもない良くある反応で、どこにでも転がっている反応だ。
「そんなに動いて貧血になっても知らないよぉ」
とりあえず倒れても病院に運ぶような親切(不親切かなぁこの場合)は持ち合わせていないから、面倒がないように忠告だけは口にする。
けれど遅かったようで、飛び起きてそのまま警戒体制のままぐらりと体が傾いだ。
「おーめーでーとー。言ったそばから見事に貧血だねぇ君」
「五月蝿い、触るな」
何故か手の中に納まっている腕(細かった)を引っ張って、地面と対面するまえに引き止める。当然のように払われたが、怪我人にちょっと払われたくらいでは外れなかった。だってぴったり手のひらに収まってしまったのだ。
「折角の漆黒の衣装が汚れてしまうよ」
「どうせもう汚れている」
「けど、血は自分のもので、泥は自分のものじゃない」
「だから?血と泥と、汚れであるという事は変わらないだろう」
「ん〜自分のもの以外を持って帰ると足がついちゃうかもよぉ」
「貴様っ何かしたのか……」
「僕が何かしようとしても君起きるじゃない」
「お前のような得体の知れない男を信じると思うか?」
「君ほどじゃないと思うんだけど……」
「当たり前だ。テロリストの得体が分かってしまえば簡単に排斥されるだろう?」
「ま、そうだけどさぁ……君はなにをそんなに頑なに守っているんだい?」
多分それは我慢の限界。
必死の力で突き飛ばされたらしく距離が開き。
カチャンと右目のみ仮面が開く。
ざばんと波が襲ってきた。
それは好奇心の波で、記憶の波だ。知識の波と言い換えてもいい。
見覚え、既知感、記憶。
そう、つまりは知っているのかもしれない。
彼の仮面の中の素顔を。
(あっれ〜どこで見たんだっけ?)
いまひとつでてこないけれど、この波に乗っていったら彼の防波堤の向こう側に辿り着けるのだろうか?
4.
5.ここで待ってる
ルルーシュの淡々とした声を聞きながらその指揮下にはいる。今までとは違う指示はとても新鮮で的確だった。今更なんて思うことも無い。
これがブリタニアによるナンバーズの差別と、日本人による日本の開放部隊との違いなのか。
――否。
ただその頂点に立つ人が、自分をよく理解してくれているからだ。
理解し、信用し、使ってくれるというだけのこと。
そんな彼を心底護りたいと思うだけのことで。
結局のところどこの命令系統にも属さないというところはどこに居ても変わらない。
主任たるロイドさんの人徳なのか、それとも技術部のバックボーンのお陰なのか。
エナジフィラーを確認し、そばにいた特徴のあるナイトメアに通信を繋げる。
個人回線だと作戦前に聞いていた。
「君は、ここで待ってて」
「作戦は……」
「ここから先はどうせ君は指示だけだろ」
下手ではない。けれど、自分やカレンのようなエース級と言われる突出した腕を持っているわけでもない。そんな彼を前線に出すわけにはいかなかった。
指揮者は常に後ろにあるべきだ。率先して進まない指導者に人は付いてはいかないけれど、全体を見通せる場所に居る必要がある。
きっとそんなこと今更言う必要なんてないくらい分かっているのだろうけれど。
「無頼壊してるの君が一番多いんだよ。知ってた?」
「……壊したのはたいていお前だろうが」
「あはは、そうだね」
軽い調子で笑って見せたら憮然としたように顔を顰めた。
仮面があったって分かる。
それでも黙って言葉を待っている。ルルーシュの言葉がなければ安易に動けないけれど引くつもりはない。危険な場所にルルーシュを連れて行くわけには行かない。
黒の騎士団の人間と僕が違うことを彼はいつ理解するのだろう。
「ルルーシュ。君が危険な目に会えば僕は作戦を無視してでも君を優先するよ」
困るでしょう?だから大人しくしててね、と笑うそんな脅しに、仕方がないなとでも言うようにルルーシュは深く息を吐く。
その力がイレギュラーなものであっても彼にとってもうすでに戦力として作戦は立てられている。ルルーシュの事だから無くても勝てる方法を持ってはいるだろうが、ここへきて突然の自体はかなり困るはずだ。
過信しているわけじゃないけれど、きっとランスロットの力は無視できない大きさがあるのだ。
「ここで待ってる」
どことなく呆れたような顔が混ざりながら、それでもそう言ったルルーシュにそれじゃとスロットルを全快する。
彼は約束は破らない。言わせたのなら信用していい。
だから、その代わりに。
「勝利を君に、ゼロ」
捧げてみせよう。その名が違っていたとしても存在が同じである限り、どちらに捧げるのも変わらない。君は俺の世界だったから、君の居る世界に俺はいるんだ。
だからどうか、君の居るこの世界で。
『待って、居て。』