小話:

悪夢で、目が覚める。

「……っ」

朝は、まだ早い。
白んだ空は起きる予定時間よりもずっと早いことを示していた。睡眠時間が足りない。そのことは分かっていたけれど、丸くなっても眠りは訪れてはくれなかった。
嫌な汗だ。
「本当に、嫌な目覚めですね……」
あんな、夢。
それは夢ではない。現実に起きたことだ。負けた、それは確か。
でももう、それはついさっきのことじゃない。一日以上たっている。戻せない時間。
「よっぽど悔しかったんですね」
自分のことながら今更。まるで他人事のようだ。
青峰君に自分のバスケが通用しなかったこと。バスケを嫌いになった、そのときを思い出したこと。火神君の言葉。
それらは昔欲しがったものを思い出す。
体力が欲しい。
シュートが上手くなりたい。
ドリブルが早くなりたい。
ジャンプ力が欲しい。
光のようなバスケスタイルに憧れはある。
でもどんなに頑張っても才能がなければある一定のところで止まるのだ。
元々運動は得意じゃなかった。
性格もどちらかといえば大人しいと言われることが多くて、接触プレーのおきやすいバスケに向いた性格ではない。ガンガン点を取りに行くプレイスタイルは無理だ。
特別な力は望んでも手に入らない。練習するにしても向き不向きはやっぱりあるのだ。
だから僕は秀でた身体能力がなくても勝利に貢献できるパスを選んだ。
ゲームを組み立てるためのパスではない。ただの中継地点にすぎない。
それでもそのバスケなら勝つことができた。
彼らの持つ身体能力の変わりに、僕には人にはない能力がある。
バスケは一人でやるスポーツじゃない。
だから、それでいいと思っていた。
「頼りすぎていましたかね」
光の強さが自分の価値を決める。
それは確かに自分のプレイスタイルだけれど。
それだけで満足していたのかもしれない。
「少なくとも、体力はつけるべきですね」
諦めるつもりがないなら、少しでも向上しなくてはならない。
力を合わせるだけで勝てないのなら、合わせる力を上げるしかない。
火神君のほうは問題がないだろう。あれくらいでやる気がなくなるような人ではない。むしろ闘志が満々だったはずだ。
その再戦が叶うときにはきっと。
「せっかくです。少し走ってきますか……」
学校に行くまで時間はまだある。
どうせ眠れないのだし、思ったなら早いうちに始めたほうがいい。今はまだ試合の直後で部活も穏やかだし、その分を補うのに丁度いいだろう。
大丈夫。
僕の光はまだ輝いている。

































77Q小話:

「おい、その手離せよ」
頭をわしづかみに来た手を止める。
キセキの世代の一人だという男は自分よりも背が高い。黒子とは実に40センチは違う。
大きな手は黒子の頭など握りつぶしてしまいそうな気がした。
声を聞いた途端緊張した黒子の様子からそう仲良くはなかたのか、それとも最後に何かがあったのか。
とにかく黒子を見るそいつが気に食わない。
その見下すような視線。
緑間も気に食わなかったが、それ以上だ。
「なに、あんた」
どこかのんびりとした口調で奴は言った。
その視線から隠すように自分の後ろへ押しやる。さっきのやり取りは尋常じゃない。
マジで捻り潰されかねない。
「あぁ、これが今度の新しい黒ちんの光か」
眺めるように人を一瞥し、すぐに黒子に視線を戻した。
いくら体格差があっても、さすがに同性を完全に一人隠しきるのは難しい。
「青ちんの変わりにしちゃ、ずいぶん頼りないんじゃね?」
本当に嫌な奴だ。
痛い、ところを付く。
確かにまだまだ青峰には敵わない。それを実感したばかりだというのにまったく容赦がない。
「火神君は頼りなくなんかありません。そもそも代わりなんかじゃありません」
後ろから引っ張られて一歩後ろに下がる。
訂正してください、そう折角遠ざけたのに自分から出てくる黒子の頭が出る。
「ばっか、おまえ……」
「馬鹿じゃないです。大丈夫です、別に本当に潰されたりしませんから」
そうは言われてもこの物騒な男の瞳に警戒は解けない。
だって前に出たその肩は正直頼りない。
試合ではこれほど頼りになる奴はいないと思うことすらあるというのに、どうしてこうなんでもないところではそう見えないのか。
「そりゃ、潰すなら試合でやるよ。いいよね?氷室」
「あぁ」
肯定にメンバー交代が決まった。
キセキ並に厄介だと言われた相手の上に、更にキセキが一人。青峰一人にも歯が立たなかった自分たちでは正直勝てる確証はないけれど。
「上等だ」
火花が、散る。
もう完全に躊躇いは消えていた。