髪と腹とで男は決まる:
女はある程度の年齢に達すると歳を取らなくなる。勿論外見的にという話しだ。
成長が止まれば後は化粧の腕とか、体型維持とかダイエットとかそんなこんなでどうにでもなったりする。
いつまでも綺麗に居たいと思う辺りが男とは違う。
男は下手をすると30代で生え際が気になりだしたりビール腹になったりとまぁいわゆる”おじさん”になる事が多い。これは遺伝的による先天的なものだったりストレスによる後天的なものだったりするから一概に個人の努力不足とは言わないし、もちろん何にだって例外は存在する。
そもそもかなり偏った見方ではある。
だが、黒川花はそんな意見の持ち主だった。
「皆どうなってんのかねー」
いつもの仕事用のスーツではなく、久しぶりに裾の揺れるフレアスカートをはいてパンプスの色も明るめだ。
本日の同窓会のために、ほんの少しお洒落をしていた。
別になにか期待をしているわけではないけれど、日頃とは少し違うイベントだ。気合も入る。中学校の連中なんて高校まではともかく早々会う機会はない。
「花はずっと変わらないね」
そんな中でほんわかと笑う親友は例外だ。大学まで一緒だったから接点も多かったし、就職してからだって遊びに行ったり電話をしたりということはあった。
花は40近くになっても未だ仕事一筋で、恋愛はしても結婚まではいかない。
京子も結婚はまだしていない。あれだけモテて、今も尚その可愛さは衰えていないどころか大人の艶とでもいうべき華があるのにこうなのは、単に天然なだけではなく引きずっている想いがあるからだと花は見ている。
「ツナ君も来るって」
(なんでよりによってあのダメツナなんだか……)
ほんわりと笑う親友の未だ引き摺る想いの相手に溜息を吐く。
あいつに至っては高校を卒業してからずっと会って居ない。
どんな魔法かこの辺ではかなりレベルの高い進学校だったのに、沢田は一緒に進学したのだ。
もっともその中での成績はそこそこでしかなかったが、あのダメツナがどんな大人になっているのか純粋に興味があった。
国語のテストが2点なんて未だかつてあいつ以外にお目にかかった事はない。あの衝撃はきっと生涯忘れないだろう。駄目な奴の見本として。
「髪無事だかね。なんかあいつストレスに弱そうよねぇ」
「それでもツナ君はきっとツナ君のままだよ」
ということは京子もダメツナには会ってないということか。
爆発的なふさふさも、年を取ればわからない。
「あーやっぱねー」
維持している奴も居るが、やはり大半が額を広げ腹を膨らませている。疲れきったサラリーマン。
山本や獄寺という異常にモテる奴ら以外にもそこそこモテていたサッカー部の奴とか、陸上部の奴とか、もう見る影も無く、それがおまえ誰だというくらいに様変わりしているのだから溜息がでる。
勿論普通に成長している奴だっているけれど。
(大人の魅力っていうのがないのよねー)
今も趣味は変わっていない。大人の落ち着きと 顔の良さも勿論必須だ。
どんちゃん騒ぎをしているこいつらのどこにそんなものを感じられるというのか。
ガラリ。
扉の開く音に、この光景から目を逸らすきっかけを得て目を向ける。
背が高いとはいえない。
それでも細身の体に品良くブランド物のスーツを着こなしている姿はスラリとしていてこの場からは大分浮いている。
まだ20代にも見える。
髪はふさふさで、白髪もなさそうな色素の薄い色をしている。色を抜いたのだろうか?自由業以外であそこまで色を抜くのは社会的に難しいから地毛だろうか。
(地毛……?)
何かが引っかかる。色素の薄い髪。誰かそんな奴居なかったか。
貸切のはずだからそれは同じクラスの奴のはずだ。
この歳でおやじを想像することはあったが、分からないくらいに良い方向に変わっているなんて思っても見なかった。
男には五月蝿い花がそう思うくらいだ。実際、ざわめきの中で女子がいくらか目の色を変えている。
ふと、隣に座っていた京子が立ち上がった。
「ツナ君!久しぶり」
「久しぶり、京子ちゃん」
ふわりと笑う。京子に向けられたその優しい笑顔に、確かに懐かしさを感じて固まる。
後ろにさらに目つきが悪くなったかもしれないが、相変わらずの獄寺と、こちらも人相が悪くなったような気はするが、相変わらずの山本の姿を見つけて、ああやっぱりねと思う。こいつらは変わらなかった。ちゃんと大人になっている。
普通なら黄色い歓声があがるだろう。だが、それをさせないだけの――――衝撃。
「みんな、どうしたの?」
きょとんと小首を傾げるその少し困ったような笑みと仕草でようやく呪縛が解ける。
「なんだよツナかよ!びっくりするじゃん」
「山本も獄寺もまだつるんでんのか」
わいわいと三人に群がるように人が押し寄せる。
中学までは所詮家がご近所さんだ。話が伝わる事もあるが、この三人だけはようとして進路がしれなかった。どんな大学に進学して、どんな会社に入ったのか。プロ野球で山本も出ないし。
「出席って出したのに遅刻で悪いね、黒川」
「……なんであたしに言うわけ」
「幹事じゃないの?」
確かに店を予約したのは花だったし、色々と手を回したりはしたが、別に幹事というわけではない。
単に下手なところに行きたくなかっただけだ。
「でも間に合って良かったー」
「なに?土曜日だっつーのに仕事でもあったわけ?」
「ちょっとね……あったから来れたんだけど」
「なによそれ」
わけわかんない。
だよねーと自分でも思っているのかそれでも明確には答えずにへらへらと笑っている。
そのへらへらが却って大人の余裕に見えるから不思議だ。
「おまえ今なにやってんの?そんないいスーツ着ちゃってさ」
「うんちょっと、家業を継いだってゆーか」
「おまえんち普通の家だったじゃん」
「父方の遠縁にあたる……なんか説明するのも面倒くさい血のつながりだからなぁ」
「へーじゃあラッキーだな」
「ラッキー……うん、まぁそう思えるようになればいいなぁ……ははは」
どこか諦めたように笑うところは昔と変わらずに、獄寺は仏頂面だし山本は苦笑している。
「獄寺と山本は変わらないっつーか想像通りなんだけど、なんかおまえは想像外」
「なんだよそれー」
「もっとさー頭も後退して腹も出てる歳だろー」
「これでも俺最近体重増えてきたんだよ」
「はぁ?おまえ今より細かったらどんなだよっ本当に30過ぎか!?」
「うっ……どうせ未だに学生に間違われるよ!」
「うっわーそれってある意味凄くね?」
ぐだぐだと続く宴会は思いの他盛り上がりを見せた。
良かった奴がそのままでもそれほど驚きはしないが、駄目な奴だ良い奴になっていると食いつきが違う。
そもそも二人に比べて沢田は誰でも絡みやすいタイプではある。駄目な奴のが敷居が低い。
……にしても一体何本呑んだんだか。
「はいはーい。一次会はこの辺で撤退よ。店追い出される前にさっさと出な」
「あーもうそんな時間なんだ」
昔と違って常に人に囲まれていた沢田が、残念そうにコップを置いて立ち上がった。
「二次会は行けないんだ」
「なんだよ。付き合い悪いな。明日会社無いだろ?そのために土曜日にしたんだぞ」
「ほんと悪い。けど今日の便で帰らないといけなくってね」
「便ってなに、飛行機?」
「うん、最終便予約してあるから」
「へーおまえ何処住んでんの?」
大阪とか九州とか北海道とか。飛行機なら結構遠いのだろうか。
今日日サラリーマンは転勤で何処へでも飛ばされる。
「ナポリ」
沈黙。
なんだそれ、どういうことだと頭が回る以前の問題で呆然と立ち尽くす。
ナポリ――――明らかに日本ではない。国名でこそなかったが、殆ど変わらないほど有名なイタリアの都市。
「十代目、車回しました」
「ありがとう獄寺君」
そんなやりとりまで昔のままだというのに、それがちゃんと上司と部下のように見えて。
それが、なんだか非常に自然で絵になっていて。
「それじゃ、また」
それなりに飲んだはずなのにふらりともせず、来た時と同様に颯爽と去ってゆく背中に「うんまたね」と返せたのは知っていたのかそれとも単に性格か京子だけだった。