私は神ではなく、故に孤独ではない:
――――硝煙の匂い。
そこに、銃を持った相手がいることを如実に伝える。視認できていなくともこちらに向けて正確に撃たれる弾。
リロードの音がする。さっきから数えていると弾は6発。これで全て装填済み。こっちはもう一発の弾しかないというのに、煙草と硝煙の匂いが一番落ち着く。
死ぬのだ、という恐怖は不思議なほどに無い。
俺の生死を握る男が酷く優しい顔をしているからだろうか。
「残念です……ボンゴレ。あなたは神にもなれるというのに」
最後の一発を手にし、物陰から身をかの男の前に晒す。
これだけ火力差がついてしまっては、足掻きはもはや無駄だ。
しかもこの男には銃よりもさらに得手とする武器がある。それこそ弾切れも無い最強の武器――――己の拳という。
確かに拳でも人は殺せるが、拳が銃より強いなどということはこの世界でだってあまりあることではない。ボンゴレにはどうもそのタイプが多いようではあるが。
真正面、迎えた体に冷えた視線が突き刺さる。
「君は神様になりたかったの」
笑いがこみ上げる。そうだ、と答えるべきだろう。
神などいないと思った。そんなものを信じられるほど生憎と幸せな生き方はしてこなかった。どんなに祈りを捧げても神は救いの手など差し伸べてはくれない。
だが、俺は神のような男を見つけた。俺が欲しかったものを全て手にしている男を。
そして俺は人が自分の意のままに動く事の心地よさを知った。
ボンゴレ、というマフィアはいまや磐石たる勢力を世界中の裏社会で誇っている。
かの男がボスに就任するのと前後して弱体したが、いまや過去をも凌ぐ勢いだ。
ボンゴレに手を出すときは命がけ、マフィア界だけでなく政界にも口が利き先回りされ――――潰される。
それを未だ回避できたという話は聞かない。
考えを読まれるのだ。
それでもまだ抗争が絶えないのは、マフィアの力を求める本能故か。強大であるからこそ羽虫は絶えない。
この男が現れるまで、うちも組織としての力はボンゴレにも負けない力を持っていたはずだ。
そしてかの男が持つ力の代わりに手を出した――――麻薬。
依存性の高いそれはすぐに従順なるものを作る。
それさえあれば、かの男の見通す力と同じほどに神に近くなれる。
思考が犯された人の行動は単純。餌をぶら下げておくだけでいかようにも操れる。
「えぇ。私は愚かな人ではない」
無欲は時に怠惰だ。
この男はまさにそのタイプに見える。
「あなたほど力を持っている者が、何故息を潜め守り古いものに固執するのです?」
ボンゴレは飛んできた火の粉は振り払う、制裁は行う。けれど自分からしかける事はない。
麻薬も人身売買も禁止。違反者を取り締まることまでし、スラムの子供を引き取って育てることまでする昔気質の善良さだ。勿論あくまでマフィアにおいての善良であるが。表社会の価値観ではさすがのボンゴレも善良とは程遠い。
「貴方が望めば世界は簡単に手に入る。今だってこの私をこんなにも簡単に潰してしまった。生死与奪だって貴方の手の内だ」
「ボンゴレを甘く見るからだ」
「ボンゴレの力? ――――違うな」
ボンゴレは確かに大きな組織で力もあったが、それでもこの人でなければこうまでならなかった。
いくらボンゴレでも神は作れない。
「それはボンゴレの力などではない。貴方の力だ」
「ええと、ずいぶんと俺をかってくれてるみたいだけど、生憎とそんなに凄い力なんて持ってないし、そんなものになりたくもない」
「なら俺を裁く貴方は何者だ?」
「さあ?ただ俺は貴方の行ったことが許せないだけだ」
「それこそ傲慢。好き嫌いで動けるのは神の特権じゃないか?」
「そんなの知らないよ」
ただ、と。
「俺は神様じゃない。だから孤独じゃないんだ」
*
「十代目」
待っていた右腕にへらりと笑って応えてみせる。途端、破顔した男は真っ黒なコートを俺の肩に着せ掛けた。
けど今回は銃だったから血はついていない。付いているとしたら硝煙くらいだろうが、目に見えないものだ。
「お疲れ様です」
「あーうん。まぁねぇ……」
あの手の手合いは実は慣れている。
だって身近に多すぎるのだ。己の意見と妄想のみで突っ走る人たちって。
例えば、この人。
「なんか、神様になりたかったらしいよ」
「身の程も知らねーふてー野郎ですね」
「でもって俺が神様になれるってさ。俺がカミサマだったら世の中適当すぎるじゃん」
「あなたは俺の神様です」
想像通りの答えをありがとう、獄寺君……
言われるとは思ったけど、すごく脱力したよ。
誰かの神様、すなわち信仰と崇拝と信頼と色んなものを向けられるわけで。そんな視線一つ言葉一つとっても十分に重い。逆に俺が発する言葉一つにしたって相手がどう反応するか、真剣に考えなくちゃいけなくなる。一人でもそれなのに、それ以上の重荷を好んで背負うなんてよっぽどマゾのすることだ、うん。俺は普通だからそんなことは絶対ごめんだね。
「俺は君だけで手一杯だからさ、全ての神様になんてなれっこないよ」
「十代目なら世界中の神にも十分なられるでしょうが……」
でも、となんでそこで頬を染める。
ちょっとばっかりそんなツッコミを入れたくなったけれど、結局意味はないので思うだけに留める。
「俺はその方が嬉しいです」
……まあ、ね。俺も君一人分くらいはなんとか背負ってける甲斐性は欲しいなとは思ってる。
じゃないと獄寺君はどう転ぶか分からなくて恐いし。無謀な爆撃でもされたらと思うと心配で心配で。
世の中のためにも、俺の平穏のためにも、俺は獄寺君の神様だけになりたい。
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