いつものこと:

ただいまーという声が聞こえ、居間からひょいと顔を出す。迎えに出るといつもそんなことしなくていいですよーと一騒ぎあるところなのだが、それもない。靴を脱ぎながら彼はへにゃりと笑ってもう一度「ただいま、ディーノさん」と言った。
……こりゃーなんかあったなー、今日も。
悟る。ちなみに今日もの”も”は自分がこの家に来た回数の中から出ている。
可愛い可愛い弟弟子はそりゃもう苦労体質だ(その一環を担っている自覚はない)。ボンゴレの十代目ともなれば危険もつき物であるから仕方が無いし、自分もそれなりの苦労はした。のだが、やっぱりこの弟分はどことなく苦労しているように見えるのだ。

「どうした?ツナ」

とりあえず兄貴分として労るように声を掛ける。
リボーンなら同じ経験をした者同士慰めるし、子牛だったら後で俺からも躾をしてやるのがいいだろう。助言をしてやれることもあるかもしれない。
とりあえず出そうとしたジュースをぎゃーっと声を上げたツナが座っててくださいお客さんなんですからと我に返って慌てたように飛び上がった。
その合間に一つ、がっしゃーんとコップが割れる。
「あー悪いなー」
「わー触らないでくださいー俺やりますからっ」
どったんばったん。
ツナの帰宅後30分。ぐったりとしたツナを前にリビングの椅子に向かい合う。心なしか帰宅直後よりも疲れているような気がしないでもないが気にしない。
「で?」
ツナが用意してくれたコーラを礼儀とばかりに一口含んで話を促す。ツナも湯飲みをもちあげてずずっと一気。ちなみにやっぱり中身はコーラである。
――――コップが一つ割れ、残りはと思ったら日ごろ使っているものは使いっぱなしで流しに全部あった。洗えばいいのだが自分のものではないし洗うのは面倒くさい、その一言で湯飲みになった。
「獄寺君が……」
やっぱりか。
吐き出された名前に苦笑する。
もう何度目になろうかいちいち数えるのも面倒くさくなってきたくらいにこの家に来ているが、話に出ない日はない。というよりも本人が出てこない日はない。右腕と名乗るなら当然のことだという認識に特別可笑しなことだと思ったことはないが、どうやらツナは違うのだ。
朝、家を出れば当然のように「おはようございます、十代目!」とくるのが「ウザイよね」であり、帰り(例え補習があったとしても)ツナの鞄を持って「さぁ帰りましょう、十代目!」となるのが「止めてくれっ」である。
奴に言わせれば護衛である。当然の事だという主張は分かるため不憫な奴だと思わないでもないが、ツナにはツナの生活というものがある。あいつの解決方法はそれに極めて抵触するのだ。
「今日はどこを爆破させたんだ?あの悪童は」
「……クラスメイトAです」
「仕方ねぇなあ……ま、勝手がよくわかんねーんだろーが」
それにしたってボスにこれだけ心労かける右腕ってーのはどうしたもんか。自分の右腕を思い返してみる。
(ロマーリオが胃を壊す事があったとしても、俺はまず大丈夫だろうなぁ……)
若いし、などと余計なことを付け足しつつ、心労などついぞ掛けられた事の無い部下を思う。
「こればっかりはツナが頑張って躾けるしかねーな」
「やっぱそうなんですか……」
リボーンにも言われているのだろう。ガクリと肩を落としてツナは意気消沈する。
細い肩が落ちて項垂れるさまは可哀相になってきて、助言どころかもしかして止めをさしたかと少し慌てて言葉を探した。
「まーまー慣れりゃ獄寺だって臨機応変って奴を覚えるさ」
くしゃくしゃと頭を撫でてやりながらそう言った瞬間、くわっとツナは目を見開いて立ち上がった。
なんつーか目玉が落ちそうだよなーななどと思う。落ちたらどうしようか、勿体無い。
「だって獄寺君って話が通じないんですよっ。時々っていうかいつも本気で何語喋ってるんだろうって思うんですけど」
「なんだあいつイタリア語使ってんのか?」
「や……そういう意味じゃなくて……」
そういやこの人も時々伝わらないよなーとツナが思っていることなど知らない。
自分の言語能力を疑うべきか。いや、でも、俺別にへんな言い方してるわけじゃないよなーなんて考えたことも知らない。
力説のために拳を握り、身を起したツナはまた元の通り椅子に据わって肩を落とした体勢に戻った。
「っていうかなんで獄寺君が俺なんかに付いてくるのか未だに本気で謎なんですけど」
「おまえあいつ倒して助けたんだろ?」
「死ぬ気モードのときですけどね」
なら当然だ。マフィアは勝者に従うのが慣わしだ。生粋のマフィアの獄寺にしたら至極当然のことで。
そしてきっとそれだけではない。それだけであれはきっとない。
リボーンが、自分が、誰もが、期待して惹きつけられるそこに人間としての魅力もボスとしての資質もある。自覚なんてつめの垢ほども無い
「う〜ん。ツナは十分ボスらしいと思うぜ」
「えぇぇぇぇ!俺勉強も運動も何やってもダメなダメツナですよっ!」
力いっぱいダメなところを主張するあたり、それは本気でだめなところだとは思わない。かわいいなぁで終わる。
このこっちゃくて必死な姿。あの悪童がぞっこんなのもさもありなん。
まぁでもそんな感覚的なことじゃなく、自信もたせてやんないとなー。
「ツナはさ、できないこともちゃんと分かってるだろ?」
「そりゃ散々自覚させられてきてますから……」
「マフィアってのはさ、顕示欲の強ぇ奴ばっかだからな」
負けたくない、上に行きたい、金を儲けたい、規模をでかくしたい。そんな貪欲な人間たち。
その代わりファミリーの結束は強い。それがマフィアだ。
「ボスってのは確かにファミリーを守るもんだが、自分で何でもやろうと思っても上手くいかない。ボンゴレなんて特に規模がでけぇからな。人を使えるのは資質だぜ?自分の駄目なところを見ようとしねー奴は駄目だ。すぐに潰れる」
ボスが自分の欠点を見ず、自分より優れた部下を恐れていたらファミリーは終わりだ。発展しないのは当然だが、最悪分裂してしまう。
なんだかんだ言いながらツナは本当に恐れたりしない。
「今だってあれだけ灰汁の強い奴らまとめてんだ。ツナはすげーよ」
正直な賛辞にみるまにツナの顔が赤くなっていく。
えへ、と可愛らしく笑って、えへへへへと崩れていく姿を微笑ましく見守りながら、残っていたジュースを飲み、一緒にツナが用意してくれていた茶菓子(今日は醤油せんべいだった)に手を伸ばす。ばりばりと音を響かせ一枚完食。二枚目を取り上げたところで、はっと我に返ったような顔で今更な事をツナは力いっぱい叫んだ。

「って俺はマフィアになんてならないですからっ!!」
「ははは。まだ言ってんのかー」

他にもリボーンの扱きに耐えられる精神力だとか、往生際が悪いところもボスの資質だよなーと思う。
もちろんツッコミのタイムラグは人間的な魅力だ。