01.
「ロックオン、ミッションよ」
その言葉はもう何度目かの始まりで違和感を持たない。
今度はどんなミッションかと呼び出されたブリーフィングルームで詳細の説明を待つ。
「ここに行って刹那と一緒に必要なものを調達してきて頂戴。次のミッションに必要なものよ」
「買い物ですか」
それだけ聞くとなんともまぁ平和なミッションだよなぁと思う。さて、実際は一体どんな物騒なものか。
銃かミサイルかそれとも何かの部品か。細菌兵器ってことはないだろう。ソレスタルビーイングの理念は武力による戦争根絶だ。いくら技術的に現在の世界より進んでいるとしてもそれはない。
苦笑してメモを受け取り、それから徐々に眉間にシワが寄る。
「ミス・スメラギ……?」
盛大な疑問符を付けた応答に彼女はニッコリと笑う。
そのメモに書いてあった住所というより建物の名称はどう見てもショッピングモールかなにかのもので。
しかも必要なものがこれまた聞き覚えのあるようなブランドで女の子用の服やら小物やら俺と刹那のミッションとしては非常に不可解なものばかりだ。
「次のミッションは刹那とあなたにパーティー会場へ潜入してもらう予定なの」
その準備段階よと言われればなるほどと思うものではある。
「つまり刹那に女の子の格好を慣れさせようってことですか」
「いきなりドレスは難易度が高いでしょう?」
「そりゃそうだ」
思わず敬語が抜ける。
それくらい動揺というか呆れているというかをしていた。
刹那が女の子っぽい格好をすることは本来であればそれほど違和感がないはずだ。そりゃ日頃の傾向というか趣味から考えれば違和感はあるが、性別的には女の子なんだから。
だが考えても見ろ。
刹那がスカートをはいて歩いているのを。
(どう考えたって可笑しいだろう?)
というか想像ができない。
いや、想像はできる。例えばフェルトを刹那の顔に変えてみよう。
ほらそれなら可能だ。
ただしこの場合女の子に見えるかどうかは別問題である。
ドレスの前段階ということはスカートがベストだろう。裾捌きを覚えるならロングスカートだが、刹那の年齢でロングスカートはあまり見ないから精々膝丈ということだろう。あの細い足ならミニスカートも似合う。少々ふわりとしたフェミニンな格好も着こなせるだろう。
やっぱりタイトなデニムスカートにぴったりとしたアウターの大人っぽいというかスレンダーな装いが似合うとは思うが。
だいたい刹那のことだ。スカートがめくれても気にしないだろう。
それは大いに避けたい事態だ。
なんであんなに危機管理ができていないのか不思議だが、とにかく男と共同のシャワーブースを使ったり裸でも気にしないような子供である。
(ってそうじゃないだろう、俺!)
迷走しだした思考に軌道修正を掛けようと頭を振る。
分かった。刹那が女の子の格好をすることに意義を唱えることはしない。似合う格好もあるだろう。
けれどそれを選びに行くのがなんで俺なんだ。
刹那に自分の好みが確立していて意見を聞かれるくらいなら別だが、明らかにこれは俺が選んで着せるという役目を負っている。
女を飾り立てる腕に自信がないわけではないが、相手は刹那なのだ。
そう、刹那。
まだまだ子供で、初めて買いに行くようなものだ。
ショップに居辛いことは間違いないだろう。
「かと言って刹那が自分好みの服なんて分かるわけもないっていうか、それだと今のまま男の子みたいになっちゃうだろうし」
「だからって、なんで俺が?」
「あなた好みの服でいいから」
ええとなんだこれ。
ニッコリとというかもはやニヤニヤという擬音語が聞こえてきそうなこの笑みは。
普通であればミス・スメラギ本人が行くかクリスが行くのが適任だ。服を選ぶなら女性陣の方が一緒に店に入りやすいし話も合うだろう。
ただし刹那が非常に疲れるような気はするが。
ティエリアやアレルヤやラッセだったりイアンだったりに比べればそりゃ自分はマシだと思うが。
だからといってそれが適任かといわれると疑問だ。
「なあにロックオン。嬉しくないの?光源氏計画よ?マイフェアレディよ?」
男のロマンじゃない!と力説されても困る。
いや確かに自分好みの女に育てようとする男は多いだろうしそれにロマンを感じないこともない。
が、なんで俺。
だったらご自分でやったらどうですかなんてその迫力の前では言えない。
しかも男のロマンと言っている辺り、下手に突っ込んだら私が男だとでも?という切り替えしが待っている。いくらミス・スメラギが親父的な発言をしようとも、彼女は立派なレディーである。
02.
ミッション地点は刹那の拠点もある日本に決定した。
刹那とは肌の色や顔の造りは若干違うが欧米よりも近く、中東よりも経済が安定したところがその理由だった。
特に経済的な理由は大きいだろう。
経済特区となっているだけあって、その経済規模は大きい。
ヨーロッパ系のブランドも、アメリカ系のブランドも、勿論日本のブランドも手に入る。系等が決まっているわけではないなら一つの場所で多くが見られるということは利点に当たる。
ミス・スメラギがピックアップしたショッピングモールを前にそんなことを言い聞かせながら足を踏み入れる。入ること自体に抵抗はない。ファミリー向けというよりは女の子たちが連れ立って買い物に来るか、カップルがデートに来るかといったところだが、刹那とデートと思えばまぁ問題は無い。
ウィンドウを眺めながら何がいいかと取り合えずのラインナップを頭でそろえ出す。
「ワンピース系は必須だろ、あとデニム……はやめて膝丈のフレアとかのがいいのか?」
スカート入門編としてはデニムスカートはとっつきやすい気がするのだが、スカートの裾捌きを覚えるのならもう少し裾はヒラヒラしていたほうがいいだろう。
ベストはロング丈なのだろうが……
(刹那くらいの子ってロングスカートはくのか?)
自分の世代ならともかくさすがに分からない。本屋に行くべきか。いや、それもなんかやっぱりミッションの人選を間違ってる。
今更言っても仕方が無いが思わずには居られない。
とりあえず背中がクロスになっている黒いニットワンピースが目に付いてそのディスプレイの店に入った。
色とりどりの布地の中で、ウィンドウにあるのと同じものを探し出して刹那に合わせる。
(んーまぁ丈は大丈夫か)
裾揺れを考えたら却下だが、そんなことを言っているといつまでたっても決まらない。最初はなんでもいいから刹那に着替えてもらわないとショップに入るにも視線が痛い。
刹那の本日の衣装はいつものごとく黒いズボンと白い上着にストールである。
つまりどちらかというと男の子に見えるのだ。
「よし、刹那ちょっとこれ着て来い」
ビシリと更衣室を指して言えば(はっきりさせないとこの場で着替えかねない)、どんな説明を受けているのか抵抗せずにこくりと頷いて試着室に向かう。おそらくミッションであることを言い聞かせられているのだろう。ここまでは苦労がない。
「さて、俺は他のも見とくか」
ここで気に入ったものがあれば買ってしまえばいい。大体人間好きな系統は決まっている。
と思ってくるりと試着室に背を向けた瞬間、シャッとカーテンの開く音がしていやーな予感に振り返る。
着替えが終わったにしては早い。早すぎる。
いくら刹那が着替えるのが早いといったって、ワンピースが被るだけと言ったって。
「ロックオン」
「ちょっおま……着替え中に開けるな!」
案の定というか下着姿で仁王立ちの刹那が見えて慌ててカーテンを抑える。
トレミーでだって問題だが、ここではさらに問題だ。最悪恥女としてつかまる。日本は確かその辺りの規制が厳しい。
「どうやって着るんだ?」
「どうやってって……」
後ろにファスナーもないし、それほど難しい造りではない。
被るだけの造りのはずだ。
けれど分からないと無表情に主張する刹那とワンピースを見比べる。
「……すみません着せてやって下さい」
すごすごと店員のお姉さんに声を掛けると、にこやかにかしこまりましたとカーテンの中に消える。
さすがサービス業。不信そうな顔はしなかったが。
(あれ、なんて思われてるんだろうなぁ……)
とりあえずまともなことじゃないに違いない。
だがそれ以上にここで一緒に入ったら出られない気がする。服の構造は分からないわけじゃないが、視線が痛すぎて。
逃げたい気分のままそこから今度は何があるかと試着室の前から動けずにいると。
「お客様……」
試着室から出てきた店員のお姉さんに困ったようにそっと耳打ちされる。
「ニット素材ですから素肌に直接着ていただくのはちょっと……」
「うわっすみません」
「せめてブラジャーはお付けにならないとチクチクして気になると思いますよ」
「ええと、すみません」
何かもう謝る言葉しか出てこない。これなら自分でやればよかっただろうか。
どっちがマシかなんてドングリの背比べ程の違いしかないだろうが。
いえと首を振った店員のお姉さんはニッコリと笑顔で言った。
「ランジェリーショップは下の階にありますよ」
悪気は無いのだろう。
ただ俺にとってその笑顔はまるで悪魔の微笑みそのものだった。
03.
色とりどりの布が溢れているのは他の店舗と変わらないが、その一角だけは見るからに違う。売っている物も雰囲気も。
どちらかと言えば周りよりも淡い色合いで周囲よりもさらに女性だけしか居ない。
何の店かは知っていたが、一生縁など無いはずで、踏み入れることなどないはずだったのに。
「刹那、俺は此処で待ってるからちょっと言ってこいよ」
「なぜだ?」
「何故っておまえ……男に一緒に選ばれたくないだろ?」
「俺一人では何が必要なのかわからない。あんたはミッションを放棄するつもりか?」
ジロリと睨みつけられて逃げることは許されない。しぶしぶと刹那と並んでその店舗内に足を踏み入れたが……
これは多分、俺の仕事じゃないはずだ。
一人なら立ち寄らないだろう。色っぽい年上の女と一緒ならまだしも、妹とは絶対に来たくない。
しばらく一緒に見ていると店員のお姉さんが飛んできてお探しですかとかなんとか対応されるが、刹那はまったく聞いていない。あー可哀想と思う余裕は無く、仕事だ頑張ってくれと心の中で声にする。
だがお仕事のお姉さんはめげない。
俺が望んだ方とは別の方向へと走り出した。
「お客様、こちらとこちらなど如何でしょうか?」
(本人に聞いてくれ……!)
いやまぁその本人の反応が薄いから俺に振るんだろうが。
何で俺が答えると思うんだろう。そりゃ必要だから買いに来たのであって、来たからにはどちらかが選ぶのが当然だとは思うが。
この違いが分かるだろうか。この居た堪れなさ。
初めて下着を買いに来た妹の付き添いの兄かよ!?
「ほら刹那、どんなのがいいのか言ってみろって」
店員のお姉さんが言ったことには反応しなかったが、俺が促すとやっと視線をそちらに向ける。
じっと見つめる。相手がたじろぐ見方だが、お姉さんはニコニコと笑って動じない。
自分のテリトリー内であれば人間は強い。
「動きやすいものが欲しい」
「スポーツをなさるんですか?」
「……そんなものだ」
刹那の中では確実にスポーツとミッションは別物だろうが、馬鹿正直に答えるわけにもいかないと全うな判断をしたらしく曖昧に肯く。
店員はそうですわねぇと考えるように刹那の体を一瞥し、うんと肯く。
刹那の胸は服の上から見る限り真平らだ。
「まだ発達途中のお年頃ですし、余分なお肉が少ないようですからスポーツブラでも大丈夫だとは思いますが」
チラリと反応をうかがわれる。
だからそこでなんで俺を見るんだ!
金を出すのが明らかに俺だからか、それとも恋人だとか大いなる勘違いでもして反応をうかがってるのか。どっちだ!?
勿論どっちにしても居た堪れないことには変わりない。
確かにスポーツブラは色気が無いが、今のままよりよっぽどマシだろう。俺の精神衛生上。
ただしあんまり無骨なのを買っていくと間違いなく女性陣からブーイングがくる。ミッションであるのだから当然今日の戦利品は逐一チェックされるだろう。
「スポーツ用のを2着と普通のシンプルなやつを3着適当にお願いします」
「畏まりました。こちらでセレクトしてしまっても宜しいですか?」
「お願いします……」
どっちに振っても明瞭な答えが返ってこないことを察してくれた店員のお姉さんに大変感謝する。
試着にしても此処では最初から付け方が分かっていないことを分かっているから店員のお姉さんが一緒に入る。
一人で待たされるのは店内から浮いて非常に居心地が悪いが、それを除けば最初から店員が一緒に入ってくれるとすこぶる気が楽だ。
04.
俺も刹那もぐったりとしてショッピングモールを後にする。
俺の手にも刹那の手にも大きな紙袋がぶら下がっていたが、どちらの顔も決して晴れやかではない。
どちらかといえば女性の買い物に付き合わされた男の顔だが、それでは引っ張りまわした女がいない。
「買い物がこんなに疲れるもんだとは思わなかったぜ……」
これがブティックだとかショップだったらどうなっていたことやら。
とりあえず女の子らしい服装を買うという目標は達したから他に行くことはないだろう。
(結局、刹那はそのままの服装だけどな……)
もう下着だけで試着はこりごりで、適当にそれっぽいものを二人で放り込むだけになった。
似合うか似合わないか、あとはミス・スメラギたちの腕しだいというところか。
着せ替え人形にならなくて刹那としては良かったかもしれないが、宇宙の彼女たちはあてが外れたことだろう。お楽しみを取っておいたと思ってもらえればいいが。
そんなことを考えながら、ふと目に止まったディスプレイの前で足を止める。
黒い、タイトなワンピース。
適度にカジュアルでかっちり過ぎない。店の雰囲気的に少々年代が上のものなのかもしれないが、刹那なら着こなせるだろう。それが精神的な成熟さなのか、経験の重さなのか、決して大人びた外見ではないというのに年齢よりも上の服装でも着られることはないと思う。
顔つき、か。
持っている雰囲気か。
なによりふわふわとした服よりも、刹那にはタイトな服装が似合うと思う。個人的にだが。
タイトで体の華奢さが強調される服。
最初に買おうとしたワンピースが丁度そんな感じだ。
(結局あれ、買わなかったんだよなぁ……)
そういえばと思ったが今更だった。あれは刹那に似合いそうだったのに。
恥ずかしさに買わずに出てきてしまったが、やっぱり恥ずかしくて戻れる訳も無く。
籠に放り込んだ服はどちらかといえばミッションの用途に合わせてひらひらしたものが多いから、似合う似合わないの問題はあまり考慮されていない。
そろりと隣を歩く小さな姿を見る。
足を止めたロックオンを不思議そうに、あるいは不信そうに見上げている目。
それを感じながら何気なさを装ってそれを口にした。
「なぁ刹那、もう一着だけ着てみないか?」
「まだ何か必要なものがあるのか?」
「まぁ必要っていうか、おまえに似合うんじゃないかと思う服があったからさ」
なんのかんのと言いくるめて更衣室に追いやる。今度は最初から店員さんに頼んだ。抜かりは無い。
どんな風になるだろうか。
少女らしい刹那の姿は想像ができない。
実際、今日買った服を着た刹那は俺の脳内では再生できない。
今日買った服……買った服……
ぼわんと浮かんだレースのついた下着姿。
(いやいやいやいやっ)
それは無い。俺、それは犯罪だ。
ぜーぜーと息を切らせながら首を振る。
いくら強烈だからと言ったってなんだってそんなものが真っ先に浮かぶんだ。
「……なにをやっている?」
呆れたような声に振り返り。
―――目を、細める。
思ったとおり、華奢なラインが強調されたその姿はちゃんと女の子に見える。
「うん、いいんじゃないか?」
「だがやはりすでにミッションは終了しただろう」
「大丈夫、大丈夫」
俺のポケットマネーで出してもいいし、ミス・スメラギがそのあたりをケチるはずがない。ミッションだなんだと言ってはいたが、その実、刹那に女の子らしい格好をさせたかっただけに違いないのだ。
(それに……)
刹那の姿を見てうんと頷く。
女の子らしい刹那。
無頓着な刹那に女の子なのに、と思うことはある。それが嫌いではなかったが、やはり勘弁してくれと思うところはあって。
(これで少しは自覚が出るといいんだが)
まぁそれは期待しすぎというものか。
ならば視覚的に、俺にもこのくらいの褒美はあってもいいだろう。
05.
同じ買い物だというのに、なんとなく疲れよりも満足感を得て店を出た。
そのまま着てろよ、と襟のタグを切るように頼んで出てきたので今の刹那はどこからどう見ても女の子だ。無表情なのもクールという女性の美点の一つに見えるのだから凄い。
歳の離れた似ても似つかぬ若い男女が二人。
どんな風に見えるのだろうか。
友人というには歳が離れすぎている。恋人というにも同様。
肌の色や髪の色が同じであれば兄と妹に見えるだろうか。
そんなことを考えながら時計を見る。
現地時間でPM15:00。
お腹は随分前に空腹を主張していた。
「さてといい加減に飯にしようぜ」
腹減ったろ?というとコクリと大きな頷きが返る。
これはそうとう腹が減っているのかもしれない。
素直すぎる返事にそんな危機感を覚える。
「なんか食べたいものあるか?」
ミッションとはいえ引っ張りまわした自覚くらいあるので、そろそろ休ませてやっていいだろう。
その意図で聞いた問いに刹那はしばし考え込んだ。
基本的に刹那は主張をしない。
頑なではあるが、それは主張とは言わない。
「あれがいい」
ほんの数秒。わずかな時間だけで刹那が出した答えを知る。
ついと伸びた腕がそれを指した。滑らかな象牙色の肌を追う。
それは道を挟んだ通りの先で、色とりどりの屋根の店舗ではない。
小さく、公園の中で営業している屋台。
「クラブサンドか……」
まぁ堅苦しい食事をするのは後でもいいだろう。一応テーブルマナーはできているはずだ。
刹那もマイスターであるからには全て訓練をクリアしてきているはずで、必要があればミッションに向けてカリキュラムが組まれるだろう。
今は、まだいい。
「ほら」
行こう、と手を引いて小さく駆け出す。
ニ、三歩たたらを踏んで引っ張られるように駆け出した刹那の手をぐいぐいと引きながら横断歩道を渡る。
小さな手。ぎゅっと握り締めたそれはザラリとした肉刺の感触はあるが、柔らかい子供の手だ。
この手には確かにお上品にナイフやフォークなどといったものよりも、ガブリとかぶり付くものの方が似合う。
「ロックオン」
「ん?」
「いいのか」
まるで意見が通るなど思ってもいなかった。
そんな風に受け取れる子供の問いにクシャリと繋いだ手とは逆の手で跳ねた頭を撫でる――美容院にも行けば良かっただろうか。素人が短く切った髪はザンバラで毛先がくるくると跳ねている。
もう少し伸ばそうとか言ったら刹那はなんというだろうか。
今ならミッションだからと肯定するか、邪魔だと言って切ってしまうか。
(後ろだけなら気付かないかな……)
邪魔にならなければ何も言ってこない刹那だ。前髪はいつものように切ってやればある程度の長さは出来るかもしれない。
限度はあるが。
(次のミッションてやつじゃどうするんだろうな……)
鬘でもつけて誤魔化すのか。
思い切ってショートに整えるのか。
(それはそれで楽しみはとってやった方がいいのか)
そうでないと女性陣の後が怖い。
マイフェアレディとか光源氏計画とか言っちゃう辺りに、今後の俺の評価が掛かっているような気がする。
「とりあえず、今は考えなくていいだろ」
俺にも、刹那にも、そう言い聞かせるように答える。
ふっと刹那の口元がほころんだ。微笑、と言えるかもしれない。かなり珍しい、貴重な顔だ。
まだまだ硬いが、カメラがないことが悔やまれる程度に。
(って俺は子供が立ったのを喜ぶ父親か)
そんな歳でもそんな義理もないと首を振って頭からその考えを振り払う。
そもそも写真になど収めなくてもそれが普通であるに越したことがない。そうであって欲しい。
女の子だからとかそんなことは関係なく、人間なのだから自然に。笑顔だけじゃないもっと表情があったっていいと思う。
……せめて一般常識的に男女という認識だとか、自分の性別だとかを認識してくれればもっと言うことがないが。
今日一日を振り返って思う。
(先はまだまだ長そうだけどな……)
繋いだ手の先を見てその評価を一部だけ改める。
普通の女の子のような姿。
これが一歩前進、だったらいい。