スパイラルカノン
瞬きよりも速く、はやく、ハヤク。
01/02/03/04/05
06/07/08/09/10
(完)
01.
爆発の光に目を焼かれ、一瞬男の姿を見失う。
伸ばした手は届かない。
(嫌だ)
――――間に合わなかったなんて。
(いやだ)
――――失うなんて。
(イヤ、だ)
――――あの男が死んでしまうなど。
「嫌だっ」
今までだって仲間が居なくなってしまうことはあった。どこかで、覚悟はしていた。
だというのにあの男だけはどうしても許容できなかった。
どうしようもなく嫌だった。
理由など無い。ただ、心が嫌だと叫ぶ。もはや衝動と言っていい。
それに従って既に活動を終えようとしていたトランザムシステムの起動ボタンを殴りつける。
どうなるものではないと分かっていた。
ガンダムは万能ではない。トランザムシステムだって単なる一システムに過ぎず、殴りつけたことに意味はなかった。
だが――――
その瞬間、見えないはずの視界で世界が輝いた。
*
ハッチが開く。
どうしてだと思う間もなく、世界は肉眼で確認できるほど開かれた。
(あれ、はっ……!)
AEUのカスタムイナクト。
それに乗る男の名前を知っている。だが、今はもう別の機体に乗っているはずだ。ガンダムスローネツヴァイ。奴が奪った機体に。
(だとしたら他の奴が乗っているのか?)
いやと思う。
この赤茶けた大地の色を見ろ。何も無い荒野の砂地は良く知った地球上の土地だ。
ありえない。
そう、ありえないことだ。確かに俺は宇宙に居たというのに此処は違う。
自然緊張し、用心のために銃を取り出す。そしてコックピットの中から這い出した。
「素手でやりあう気か、えぇ?ガンダムのパイロットさんよ」
既知感。
それはどこかで聞いた台詞ではなかったか。
疑問ではない。確かに聞いた。
どこで、など問うべくも無い程に。
相手とこの現状を考えれば自ずと選択肢は限られ、導き出される。
自分が居る場所がエクシアの中であることだけが確かで、ほかの事は確かな情報は無い。
見覚えがあるといったって、砂だけの大地の何処を見て確定すればいい。
目の前の奴だって別に此処にしか居ないわけじゃない。現に行き会ったことは一度だけではなかったし、どこか別の場所で出会うこともある。
だが、確定できなくとも推測することはできる。
そしてそれ以外の推測は刹那にはできなかった。
どうして自分が此処に居るのかも分からない。いつ地球に下りてきたのかも分からない。
自分のことだというのに、持つ情報が食い違って混乱する。なんだこれは。
何もできず、銃を構えたまま立ち尽くした俺の右後方から、砲撃が過ぎった。
自分を巻き込まないギリギリのライン。最初の一射は意図的に外したものだろう。その支援は正確に飛び去ったイナクトを追う。
当たらずともその射撃の腕前は確かなもので。
「デュナ、メス」
目の前で動く、それは間違いようも無くあの男の機体で。
重力に従った涙が、頬を滑り落ちた。
……ねぇ、あれは夢だったの?
02.
分かってはいたが、あえて避けずに拳を頬に受ける。
脳天を揺さぶるその衝撃は少しだけ頭をハッキリさせた。やはり、こんなことがあった。思い違いではない。ミッションのその内容も同じだった。
それが分かってもまだ現実感がない。
いつまで経っても現実感など得られはしないだろう。二度目の現実なんて夢でなければありえない。
これから言われる事だって詳細な台詞は覚えていないが、どんな内容だったかは覚えている。
ロックオンはほらそう言った。
「何故敵に姿をさらした」
答えられない事も同じ。
なんでだって?状況が把握できなかった所為だ。だがそんなこと言える訳が無い。
なら一度目の理由はどうだろうか。
あの時は言えなかった。言っていたら変わっていただろうか。
例えばあいつが無傷の時に向き合えただろうか。そうしたらあんなことにはならなかっただろうか。
あんな、風に――――落ちていくロックオンの姿が脳裏に蘇る。
爆発。
嘘だ嘘だ嘘だ。
「刹那」
促すその声に伸ばしかけた手を握り締めて止める。
(今が何なのかは分からない。だが……)
こいつは恐らくアリーのことを知らない。そしてこのままではあの未来が待っているだろう。
その前にどうにかしなくてはならない。
いいや。俺がアリーを殺すべきだったのださっきのあの時に。
どうして開いたハッチから外へ出てしまったのか。そのままエクシアで迎撃すればよかったものを。
これほどのチャンスがそう何度もあるわけではない。
今が一番、機体的にも体力的にも勝機があったというのに。
「理由ぐらい言えって」
言葉を紡げない俺にさらにロックオンから追求が下る。
何処まで話す。
何処までなら話してもいいのか。信じさせられるかという点も含め。
あんたはこのままでは生身で爆発に巻き込まれるなんて言ったって笑ってブラックジョークなんて珍しいなと言われるのがオチだ。
考えながら重たい口を開く。
「アリー・アル・サーシェス」
「誰だ?」
「あのカスタムイナクトのパイロットだ」
だからなんだと言われる前に先手を打たなくてはならない。
その名を告げるのは俺の過去を告げるも同義だ。守秘義務にも抵触する問題でもあり、できるなら言いたくはなかった。
だがその存在がこの男にとってもまた重要なら口を噤んでいるわけにはいかない。同じ轍を踏むわけにはいかないのだ。例えこれが夢であったとしても、もうあんなものは見たくない。
「俺を育てた俺の敵だ」
だからあんたには譲らない。
だから、だから、だから……どうか。
その願いも口にはできない。
*
それだけを口にして、俺を見上げたまま押し黙った刹那に返す言葉に迷う。
(育てた、なんて……)
その言葉に少しの引っかかるものを覚えつつ、言葉の意味を考える。
その言い方では親ではないのだろう。中東の出身だというから貧しい生まれで、施設か何かで育ったのかもしれない。それは刹那の過去にあたるところで、それ以上の追求はできない。
だが。
このまま今回の行為を許容してはならなかった。
因縁のある相手だというのはわかった。だがだからといって許されることではない。
あんなこと……あの状況では死んでいたって可笑しくないのだ。
相手がMSから出てこなかったら?他の機体の流れ弾があたったら?爆風で飛ばされたら?
考えてもきりがないくらいに、MS戦闘中の領域は生身にとって危険が多い。それはまさに自殺行為だ。
それを知らないはずも無いというのに。
それを承知で、死んでもいいと思っていたのなら……それは改めさせなければならない。
「それがなんだという?」
カチャリ。
人の思考を遮って、後方から銃を構える音を捉えて慌てて振り返る。
「止めろティエリア」
「君は危険な存在だ」
人の静止などものともせずにぐいぐいと銃口を刹那に向けようとするティエリアに、抑える手が震える。
なんだってこんなに問題児ばかりなのか。
やれやれと思いはするが、止めないと本気でまずい。仲間割れなんぞで仲間を失う気はさらさらないのだ。
「私情を挟み、守秘義務を犯す。それはすでにガンダムマイスターに相応しくない」
確かに問題だろう。だが悪いかと言えばそれだけでもない。
ちゃんと言って分かるのならば、それでいいこともある。
刹那はまだ子供で、なのに無表情で、感情を表に中々表さない。
だから時々の無茶が子供らしくて、そのアンバランスさが人間味でもある。
(あーそういえばこの状況、刹那も切れそうだよなぁ)
アレルヤにヘルプを出したいんだが、気づいてくれるだろうか。いやそれよりも先に刹那に牽制を出したほうが早い。
「刹那っおまえまで銃抜くのはなしだからな……!」
慌てて口にするが反応はない。いつもなら反発するだろう。
だが、刹那は俯いて動かない。
可笑しいと思う。
いや、そもそもとしてコックピットから出たことから可笑しくはあるのだが。そして理由を多少なりとも口にしたことも刹那の性格としては可笑しい。
殴ったときもそういえばどこか可笑しいと感じた、違和感。
一瞬、刹那の体は身構えて、それから俺の拳で砂浜に叩きつけられた。
刹那の身体能力なら避けられなくは無いだろう。それはつまり分かっていて、避けられていたのに、拳を受けたということだ。
反省したとでもいうのだろうか?
あの刹那が?
ありえないと思ってしまうのは日頃の刹那を問題視しすぎだろうか。
だが確かに、刹那の様子は可笑しい。何を考えているというのか。
「俺は……」
搾り出したかのような小さな声が、何を言っているのか聞き取れば分かるのだろうか。
*
「エクシアからは降りない」
降りられない。それを降りてしまえば俺は奴を倒せなくなる。
それだけはどうしてもできなかった。
……だってそうしたらあんたを守れない。
03.
ドッグに収まったエクシアを見ながらひっそりと息を吐く。
薄暗い格納庫の中は刹那一人しかいなくて、機械音の一つもしない静かなものだった。
誰も彼も、今は同時テロの対応に追われている。
時間があるのはエージェントから報告が上がらなければ動けない実務部隊のマイスターたちくらいなもので、整備の終わったこの場所に人気はない。
やっと落ち着いて考えられる。
この可笑しな事態について。
夢だとしても未だ覚めない。妙にリアルで、頬の痛みすら消えない。
……もしもこれが現実であるというのなら。
「時を、越えたのか?」
もちろん人間にそんな能力は無い。少なくとも自分にそんなものがあると診断されたことはないし、使えた記憶もない。だとしたら、今までに無い未知の技術だ。
エクシアを見上げながら可能性を上げる。自分にない能力であるのなら持っている相手は決まっている。そして今までになく、最近開放された力。記憶がある限り最後に叩き付けた手が触れたのは。
「トランザムシステムに、時を越えるような機能があるとでもいうのか……?」
まさか。それは明らかなオーバーテクノロジーだ。
ガンダムであっても十分過ぎるほどの技術だというのに、そんな――――こと。
だがこの目の前の事実は、確かに一度巡った現実だ。
「エクシア……おまえも、嫌なのか?」
あの瞬間が。あの、男の姿が。
答えはない。
いつもそうだ分かっている。期待などしていない。
だがそうだとしたら。失うことなど許せないとエクシアも思った、あるいは自分に同調したのだとしたら。
『刹那、国連軍によるトリニティへの攻撃は紛争だ。武力介入を行う必要がある』
言葉にしなかった俺のやりたい行動を口にした。俺が口にする前に背中を押してくれたロックオンの言葉を思い出す。
地上に降りたことは後悔していない。だが、俺が地上に降りなければあんなことにはならなかったと思わないわけではない。
降りなければ、知らなければ、ロックオンはあんな無茶をしなかったはずだ。
ガンダムスローネツヴァイのパイロットの名を。
(殺しておくべきだった……)
今、ここで。
そうすればあんな事はない。
「次は……必ずっ」
殺す。
その次を知っていたからそう誓った。
*
此処だろうか。
戻ってからまだ一度も見ていない子供の姿を探し、暗く物音のしないドッグの中を進んでいく。
部屋に居らず、食堂にも居なかったとなれば、後は此処が一番居る可能性が高い。
「おーい刹那ぁ?」
呼びかけてみるが返事があるとは思っていない。
端末は持ち歩いているだろうから、必要事項はそちらに連絡があると知っている。
だとすればあの刹那がわざわざエクシアを前に反応してくれはしないだろう。
特に今は一人でいたいと思っているかもしれない。
人には事情がある。特にソレスタルビーイングに所属する人間には大きな傷があることが多い。でなければ世界を変えたいなんてそんな馬鹿げたことを考えたりはしないのだろう。
そしてその事情に今回の事は酷く関わってくるらしい。
「やーっぱここか。探したぞってまだ着替えてなかったのか?」
予想通りエクシアを見上げる小柄な人影が薄闇に浮かぶのを見つけて声をかける。
その身体が未だパイロットスーツを纏っているところを見ると、どうやらずっと此処に居たらしい。
当然頬を冷やしてなどいないだろう。
「なんの用だ?」
「ご挨拶だな」
ひょいと方を肩を竦めながら嗜めるように答える。
予想できた反応ではあるが、コミュニケーションとしてその台詞は頂けない。最もそんなことを言っていたら話が進まないのでポリポリと頬を掻き、ここまで探しにきた用件を口にする。
「その、悪かったな」
何がという顔をする刹那の顔に手を伸ばす。
頬に掛かる髪を掻揚げて触れる。
暗いこの場所ではよくよく顔を近づけて見てもあまり分からないが。
「あー少し腫れたか?」
「たいしたこと無い」
素っ気の無い返事。だが手を払われたりはしなかった。
「あんたの方は大丈夫なのか?」
「なにが?」
それこそ心配されるような心当たりがなくて首を傾げる。
俺は刹那を殴ったが、その報復は受けていないし、ティエリアを止めたときも俺は暴力を受けてはいない。
「手」
殴ったから、と言われて苦笑する。
確かにまぁ格闘は専門ではないし、人を殴るという行為は下手をすると手に負担が掛かるが、それでも殴られた側から言われる事じゃない。
「さすがにそれほどやわな鍛え方はしてませんって」
「そうか」
これでも一通りの訓練は受けている。モビルスーツは人型を模しているだけあって、格闘などの動きも知識理解として必要になる。自分の機体の特性が射撃メインだとしても相手の動きを読むためには。
笑って見せても刹那の見上げてくる視線は外れない。いつもの強い光を宿した瞳で何故かじっと俺の顔を見上げる。
その事に何かが引っかかりを覚える。違和感?何に。
刹那は元々視線をそらさない。真っ直ぐに人を見る。変わったことなどないはずだ。なのになのになのに。
「刹那?」
「なんでもない」
何が引っかかるのか分からなくて、そうかと口を閉ざした。
……君は時を飛んだんだ。
04.
「それじゃしっかりな」
いつものように余裕な顔を作り、飄々とした顔を作ろうとしているが実際は厳しい顔をしている。
無理も無い、か。
ロックオンはテロが嫌いだ。テロで家族を失ったから。
テロをなくすために、復讐するために、ロックオンは今此処に居る。
そんな世界が許せなくてデュナメスに乗っている。
矛盾も知っていて、分かっていて、それでもなお戦い続ける。
それを排除しに行くのだ。そして俺は本来排除されるべき側にあった。
「なーに不安そうな顔してんだよ」
「不安?」
「寂しそうっつーか……心配になるんだよ、その顔」
そうか、と思う。信用がないのか。心配になる、この感情はつまり何をされるか分からないということだろう。
それも無理の無いことだと思って肯く。
それくらいで信用を得られるだなんて思ってはいないけれど。
「もうあんな行動はしない」
何故か男は一瞬天井を仰いだ。
何も言わず、ぐしゃぐしゃと人の頭を撫で回す。それからじゃあなとデュナメスに向っていった。
ぽつんと残されたように感じる。
あの男から離れただけで世界から取り残されたような。
あぁ。また、しばらくこの男の顔をみることはないのだろう。だがまた見られる。それは確かな事実だ。
情報と言い換えてもいい。未来、それは変えようとさえしなければ確実なはずだ。
確かな事象を歪める存在さえ居なければ。
「しばらくは何もできない」
しない、ではなく本当はできないのだ。
次に奴に会うのは故郷で、アザディスタンで。ロックオンも一緒だ。
それまではミッションを消化し、日本に潜伏しているしかない。
奴のことで分かっているのは今はPMCトラストに所属していることだけだから、戦場で会わなければ手も足も出ない。何処に行けば奴がいるのか、戦場を駆け回っているだろうからそれは調べようがない。
だとしたらこの機会は情報の整理をするべきなのだろう。
飛んできた瞬間よりは大分事態を把握しているし落ち着いてはいるが、今後どうするか検討しなければならないし、過去のミッションから情報を選別しておく必要がある。
あの時どうするべきだったのか。
今になって後悔することなら沢山ある。あの時殺しておけば、あの時残っていれば、あの時言わなければ、あの時告げていれば。
言わなければいけないことがあるのは分かっていたが、何か聞きたそうにしていたロックオンには結局今回も今は何も告げることはできなかった。
アリー・アル・サーシェスと俺の関係を今告げることが最善かどうか。
テロの殲滅をしにいくロックオンはしばらく安全だし、どうにかできることもない。
だからまだ時間がある。今じゃなくてもいい。
それは決してあの優しい手を失うことが恐いからじゃない。
そうだろう。
馬鹿な、どうしてそんなことを考える。
でも本当に失うことがいやならさっさと本当のことを話して、断罪を受けて、アリーを倒せばいい。
それができないのは弱さ以外の何物でもない。
ただ、俺は俺に向けられるあの手を、顔を、優しさを、失うのが恐いだけだ。
05.
その話を聞いたとき『来た』と思った。
チャンスが来た。
あの男を殺すチャンスが。
「刹那、故郷の危機だからって感情的になるんじゃねぇぞ?」
冗談交じりに投げられた言葉に、感情的になっているのはどっちだと思う。
だが知らないはずの今は口にはせずに街に向かう。
街に向かったところで意味は無い。
収穫はないし、他になにかできるわけでもない。
マスード・ラフマディが何処に拉致されているかは分かっている。恐らく一日、日が違っていたとしても潜伏先は変わらないだろう。
だがやはりここでも情報のソースが問題になる。
エージェントでも分からなかったことをどうして現地に到着したばかりの俺が知っているか。
いくらそこを考えてもマスード・ラフマディを浚った相手が何者であるかを知らなくてはその答えは出てこない。
それに、もしそれが元で何かが変わってしまったら。
政治のやりとりにはタイミングというものがある。前回は上手くいった。ミッションに限らず、内紛は一時の収束をみせた。
マリナ・イスマイール。
彼女の助けにとは言わない。彼女を助けられるほど俺の主張は彼女と一致してはいないし、今の最優先事項はロックオンだ。奴を死なせない。そのためだけに俺は此処に居る。
世界を変える事でも、ガンダムになるためでもなく、ただそれだけのために。
それでも。
どこか懐かしい、母に似た人。
―――親を殺した俺が言えることではないけれど。
邪魔をすることだけはしたくない。
*
街の視線はあまり気分のいいものではない。
当然だろう。
心の支えたる宗教的指導者が不在なのだ。それも拉致という理由で。
治安が悪い。いつ、暴動が起こっても不思議は無い。
その街を歩きたくないわけではない。隣国だけあってその作りはクルジスと似ている。
街だけではなく、人の顔立ちも近い。活動する場合ロックオンや王留美たちよりはよほど目立たないだろう。それでもそれはもっと他の国の人間から見て分からないという程度のものだ。同様の事例として日本人が韓国人や中国人を認識することと同じだ。
そういった程度であれば分かる人間には分かる。自分と相手が同じであるとは認めない。
分かっていたから街で投げつけられた否定の言葉はそれほど痛くはなかった。
王留美の船に戻り、用意された部屋に戻ると一つの部屋に押し込められたロックオンは目ざとく眉を上げる。
「疲れたか?」
「別に」
首を振る。それは嘘ではなかったが、疲れというものが関係しないわけではなかった。
(ロックオンと同じ部屋、か)
思考の整理が追いつかない。
今までは一人のときに考える時間があった。今までも今回のミッションについて考えて思い出したところはあった。直前に迫ったミッションを忘れているほど間抜けではない。
だが、やはり身に迫ってきたところで思い出すのは別の発見があるのだ。
それができない。うっかり何を考えているのか問われて答えてしまったら。
思考中のそれ一つに対してのみ回転している頭が他の受け答えをできるとは思わない。自分がそれほど器用な人間ではないことは十分に知っている。
「ま、いいけどね。ちゃんと休んでおけよ?」
クシャリと人の頭を撫でて読書に戻る。ミッションにそんなもの持ってきていないはずだから王留美にでも借りたのだろう。
そんなところまで普段通りなのに。
まるで呪縛のように聞こえる。
その声が。この優しい声が。
自分にやましいことがあるだけでこんなにも苦しいなんて。
早くあの男を殺そう。
早く、早く。
ロックオンの復讐を終わらせ、安全を確保するために。