06.

ガンダムマイスターとして、すでに終了したミッションの報告書には目を通している。
故に自分の担当でなくてもロックオンが遭遇している事態に一応の知識はあるが、もう一度話を聞いた。
結局、予測したことが事実となるだけだ。

「第三勢力?」
「そうだ。アザディスタン側の要請を受けたユニオン、武力介入を行った俺たち、その他に内紛を誘発している勢力がいる」
「ヴェーダもその可能性は示唆していたな」

そうはいっても決定的証拠は無かった。
今のところはその第三勢力があるだろうということも推測であり、その正体についてをソレスタルビーイングは掴んでいない。
知っているのは刹那だけだ。

(ここまでは前と同じ展開か……)

それをどう展開させていくか。どうするのがいいのか。
ここは変えるべきか、変えざるべきか。
ここでアリーを倒すにはどうするべきか。

「俺がミッションのために待機していたのは此処」
「そうだな」
「そこからミサイルの角度から考えて発射地点は……」

この辺り、と自分の端末で示す。されにミサイルの着地点。
勿論それだけでどの辺りだと分かるほどには地理に詳しくは無い。
この国は確かに故国を内包しているが、生まれ育ち戦った場所は一部に過ぎない。

「刹那、おまえ調べに行けるか?」
「……構わないが……」

調べに行けば情報は得られる。だが、それはユニオンの軍人に遭遇するというおまけが付く。
できればそれは避けたい。あの男は油断できない。
無邪気な地元の少年を装っていたはずなのに、あの男は俺が武器を隠していたのを見抜いた。
擬似人格は完璧のはずだ。訓練のときにこれはかなり評価が高かった。
それなのに、あの男は何かを感じ取ったのだ。だから油断できない。
だが一度吐いた嘘はダルマ式に膨れ上がって後でどうなるか分からない。特に記憶が二重にできているのならそれがどっちのことなのか、それとも嘘なのか分からなくなってしまう。そんなに器用にできていない。
となれば取れる道は二つだ。
その一つは率直に口にすること。

「多分、そこに行っても情報は得られない」
「なんだって?」

どうしてそんなことが分かるのかと眉を跳ね上げるロックオンにあんたの意見を否定しているわけじゃないという意味をもって訂正する。

「正しくはそこに行っても新しい情報は得られない」
「ってことはおまえさんの方で何か掴んだのか」

情報のソースを突っ込まれると答えに窮するが、出し惜しみをしてあとで後悔することになるのも嫌だ。それに今の流れなら昨日こちらのポイントで見たのかと誤解してくれるだろう。

「PMCトラストのイナクト」
「はぁ?なんでそんなことが関係するんだ?」

モラリアのときにPMCトラストとは一戦交えている。
今回は傭兵部隊など出る幕がないはずだ。ユニオンという正規の後ろ盾があるのだから、態々お金を払ってまで傭兵を雇う必要はない。むしろそんな余力があるなら金で技術を買うだろう。
この国は今それほどに貧している。

「そうじゃない。PMCからモラリアのときに奪われた、赤いイナクトだ」
「赤いイナクトっつーと……あの」

なんと言うべきか困ったようにロックオンは口を閉ざした。
それでもどれの事を言っているのか分かっているのだから問題はない。

「おまえのところにも第三勢力の介入があったのか?」

それとも何か因縁が情報を引き寄せたのか。
問うロックオンにどう答えるかしばし悩む。

(ここで口にするべきか?)

それは多分今じゃない。
こんなところで言ってもロックオンを混乱させるだけだ。今回もうロックオンが奴に会うことはないとは思うが、考える時間もなしに知ってしまったらそのまま突撃しそうで恐い。
復讐するべき人間が手の届く場所にいるのだ。
少なくともあの時のロックオンはその所為で死んだ。

「いや、違う」
「じゃあなんで……」

問われることは分かっていた。
だから答えは当然用意している。

「後で説明する」

答えといえるほどそれは明確なものではなかったけれど。
今は言えない、そんなことばかりが増えていく。


……もう少ししたら話す時は来るのだろうか。



















































07.

俺が行ったときに見たのは破壊しつくし、立ち尽くした姿だ。
その姿はエクシアだったけれど、刹那そのもののように見えた。
だからあの場面で俺が見たように何か手がかりになりそうなことや、第三勢力の介入があったとは思わなかった。けれど刹那は俺よりも第三勢力説を支持しているし、しかもその特定までしてのけた。

(や、特定っつーか推定か?)

証拠となる話は上がっていない。俺が今利いた限りでは全て刹那の推論に過ぎない。
だが、ここまで確信を持っているということはかなり確実性の高いことなのだろう。
そうでなければ刹那がここまで断言するとは思えない。
刹那は思い切りはいいが、不確定なことを自信たっぷりに言うほどには断定的な喋り方をしない。
あまり明らかにしたくない筋の情報なのかもしれないとは思う。ここは刹那の故郷だというから、王留美とは違ったツテで情報が入ることもあるだろう。

「ポイントF3987」
「……そこに何がある?」
「奴ならそこを根城にする」

それも推論が先に立つ。
まぁその推定が正しければ、確かに奴を知っているらしい刹那なら心当たりの一つや二つあるだろう。
刹那を育てたという男。
刹那の敵だという男。
まったくもって不可解な二人の関係だが。

「ロックオンはマスード・ラフマディーを保護してくれ。俺が巣穴から追い出す」
「おい、ちょっと待てよ」

刹那の言うことは唐突過ぎて脈絡がない。一体全体どうしてそういうことになるのか。

「それは本当か?」
「確証は無いが……何もしないでいるよりマシだ」

言って出て行く刹那の背中に肩を落とす。
あれはもう言っても聞かない。
それに……

「そりゃそうだ」

黙って何もしないで居るよりは確たる情報でなくても動いたほうがマシというものだろう。
気分的にも、ミッション的にも。
ただ、それにしても振り返りもしない刹那の熱の入れようが。

「だから熱くなるなって言ったんだけどね」

やれやれと肩を竦める。
だとしても刹那一人に任せるつもりはない。俺たちは今回この事態を収拾するミッションを分かつパートナーなのだから。



最初からこうすればよかったのだ。
こうするしか無かったのだから。
エクシアを起動させ、ポイントF3987に向う。
俺たちの隠れ家。
アリーが話す神の話を聞き、怯えながら眠ったあの場所へ。
ブーストを全開にして近づくと、やがてレーダーにイナクトの反応。

「出て来たな……アリー・アル・サーシェス!」

エクシアの七本の剣のうち、主武装であるGNソードで切りつける。
受けたアリーのイナクトのソニックブレイドと激しい火花が散る。
一旦離れ、もう一度切りかかる。
無駄口を叩く必要は無い。
もうこの男に問うことなどないのだから。
そうだ。前は見送った。
だが……

「今回は逃すわけにはいかない」

スロットルを上げ、ペダルを踏み込む。太陽炉がその動きに付いていこうと唸りを上げた。

「しつっこいんだよっ!」

アリーの苛立たしげな声が耳を打つ。どうやらあの男、音声をずっと外部音声にしているらしい。
それはどちらに優位なのかは分からない。関係など無いかもしれない。
あの男の声に俺が揺れないのなら。
トランザムシステムはないから完全に、技量と性能の勝負だ。
―――性能的にはエクシアの方が上のはずだからこれは完全に技量が負けているということだ。どこまで奴に追いつけるか。

(……追いついて、みせる!)

「エクシアっ」

おまえも嫌だろう。俺は嫌だ。
もうあんな光景は絶対に見たくない。
だから力を貸してくれ。
ここで終わりにするのだ。ここで、二度とあんな光景を見ないために。

「死ね、アリー・アル・サーシェス!」

GNソードが奴を捕らえる。
やった、と思った。

だが、次の瞬間ブーストを使って大きく飛び上がった。
広がった距離に剣が届かない。

「予定通りの時間は稼いだってね」

飛び上がったまま去るイナクトを少しだけ追いかけて、それから追いつけないことを悟って止まる。

(逃げられた……っ)

ぎりりと唇を噛む。
逃がしてはいけなかったのに。
まだ追いつかないというのか。まだ乗り越えられないというのか。
いつまで俺の前に立ちはだかる気だ。

「くそっ……」

チャンスはまだあるとしても、この好機を逃してしまった。
またしばらくは奴と会うこともない。
会おうと思って会える相手ではない。
次のチャンスが巡ってくるまでロックオンを守って待たなければ。

「くそっ……」

あの光景が目蓋の裏に焼きついてはなれない。
その原因を除けなかった今、これでは安心して眠ることもできない。




















































08.

敵わないことは知っていた。分かっていた。
それでもやらなければならないことは存在する。だが、やり遂げられたことは半分だけだ。それも結果が分かっていたことのみ。
変わらなかったという点だけで見れば上々だが、変えたかった未来から見れば悔しい結果だ。

「お疲れ、刹那」

ぽんとロックオンが俺の頭の上に手を置いた。
その感覚に居た堪れなくなって唇を噛んだまま俯いて顔が上げられない。

「刹那?どうし……」
「あんたはあの時撃つべきだったんだ」

あの時、俺がここへと戻ってきたとき。
初めて、あの男と再会したときに。
ロックオンはエクシアから出ている自分のためにあえて外して撃った。だが、砲撃があるまで奴は気づかなかったし、その状況とロックオンの腕であれば仕留められたはずだ。
”あの時”がいつかすぐに気づいたロックオンは何を苛立っているのかと肩を竦めた。

「んなことしたらおまえ巻き添え……」
「それでいいっ……それで良かったっ」

どうせ俺はロックオンに撃たれる理由がある。
撃たれても仕方がないとは言わない。それでも感情的にはそう納得できるだけの理由が。

「そうしたらあんたの復讐が出来たのに」

『復讐』その言葉にロックオンの顔がみるみる強張る。
本来ガンダムマイスターの情報は秘匿事項となっていて同じガンダムマイスター同士でも相手の情報を知ることは無い。
コードネーム、使用機体、戦闘特性。共に生活していれば嗜好が分かることはあるが、基本的にはミッションに必要である最低限のことしか知ることは許されない。
それなのに何故、と。

「刹那……お前何を知っている?」

答えない俺に声は険しくなる。
大きく息を吸う。
それは俺にとって口にするには心構えが必要な告白だ。
いずれ分かってしまうことだとしても、その結果ロックオンは俺を許してくれたとしても。
いつだって許してくれるなんてどうしていえる。
死ぬのが恐いわけじゃない。
撃たれても構わないと言ったのは本当の事だし、今でもこの男が俺の成したい事を成してくれるならそれもいいと思っている。でも……
俺はそれが不可能な未来を見てしまった。だから。


「多分、俺はあんたに言わなければならないことがある」
「なんだよあらたまって?」

そんなもの幾つだってある。
言わなければいけない言葉。言葉少ない自分のためにロックオンが聞き出してくれても、まだ沢山、沢山。

「11年前のヨーロッパでおきたKPSAの自爆テロ」

ビクリ、広い肩が大きく揺れる。

「あんたはそのテロで家族を失った」
「おまえ……!?どうしてそれを……」

知っていた事実を肯定されただけなのに、憂鬱に口は重くなる。

「どういう事だよっ……答えろ、刹那!」

目の色が違う。
俺を見るその目は、いつものような優しいものではなく、得物を狙うスナイパーの目のように鋭く強い。

「俺はその構成員だった」

答えは静かに、響いた。
ロックオンの動きが止まる。

「……なんだって?」

聞き返すそれは疑問系の形をしていたが、ちゃんと聞こえたはずだし分かったはずだ。
理解したくない。
いや、理解できない。そんな顔だ。

「だっておまえ……11年前っていったら今よりずっと子供だろ……?」

子供はテロなんてできないというのだろうか。
今でも子供扱いされているのだ。そう考えているのであれば確かに理解し難いだろう。
だがそれは紛れも無い事実だ。

「俺はこの国の出身だといったが厳密には違う」

街を歩き投げられた言葉。
もう今は無い故国。
確かにこの地は俺の育った地域だが、ここに俺の居場所は無い。

「確かに今はこの国の国土の一部だが、俺の故郷の名はクルジス。太陽光戦争で滅びた国だ。そして
―――

自分がそこに入ったときの事を思い出す。
母親。何故、と問いを放ちながら死んでいった。そのときの答えは神のためだった。今はそれが洗脳された答えだと分かっていたけれど。
そう。
アリーは子供を使って組織を作った。
親を殺し、人を殺すことを、死を恐れない少年兵を。

「KPSAはその戦争のためにアリーが子供を浚って洗脳して作ったテロ組織だ」




















































09.

「洗脳なんてのは穏やかじゃねぇな」
「だが死を恐れない優秀な兵士を作るためには有効な手段だ」

確かに下手に倫理観がある大人よりもまっさらな子供の方が人を殺すことに対して躊躇わないし、自分の死に対して鈍感だ。力や体力といった欠点はあれど軍を作るのだとしたら確かに扱いやすくはなるだろう。

「特にこの土地は……俺たちの国は神に強い信仰を覚えている」

生まれてからずっと、生まれたらすぐに、覚えるのは神への祈りだ。
神はいないと知る刹那でさえ、その前提に神の存在を肯定している。

「それで?」

どうすうるというのか。
知っていたならどうして今まで黙っていたのか。どうして今それを言う気になったのか。
原因としては存在するものがある。
アリー・アル・サーシェスというらしい男との遭遇。
もしヴェーダが情報に規制をかけていたのだとしたら、この告白は感情の発露というわけだ。俺が復讐を誓うように、刹那にもまたそれに近い誓いがあるのだろう。
銃を抜くべきか、見逃すべきか。
普段であればこの距離で簡単には殺させないだろうが、今ならきっと簡単に殺せるだろう。

「俺は神を信じていた」
「だから悪くないって?」
「違う
―――神はいない」

神だのなんだのそんな精神論が聞きたいわけじゃない。
刹那がどう思っているのか。悔いているのか、仕方ないというか、自分は関係ないというか。
たとえどう思っていても俺にとっての事実は一つだ。
ずっと殺したかった仇の一人が此処に居る。
刹那だって被害者かもしれない。だが、その歪みに巻き込まれた俺の家族は。

「俺に仇を討たせろ」

そうでなくては俺の復讐心は収まらない。
すべて探し出して、殺しつくして、そうしてやっと少しだけ何かが終わるのだ。



死ぬのは構わなかった。
それ以上に恐いものを知っていたから純粋にそう思う。あの時よりももっとずっと強く。

「構わない。おまえが変わりに世界を変えてくれるなら」

世界を変えたい。
戦争のない世界が欲しい。
俺が居ようが居まいがそんなことは関係ないのだ。自分が生きる世界だからそうであって欲しいわけじゃない。それなら誰も死ぬ可能性の高い場所を目指したりしない。
ただそんな痛みが嫌だからだ。もう見たくないからだ。
自分がやり遂げる必要は無い。自分である必要は無い。俺の意志はそれを目指し、達成されればそれでいい。

「だが……」

ロックオンの復讐を受け入れることによって受ける弊害が一つだけある。
ここへ来た目的。
ここへ来た意味。
今は二重に回る記憶と存在意義。

「死ぬことは許さない」

襟首に手を伸ばし睨みつける。
もし俺がこの男の手で死んだら少しは腹の虫が収まるのだろうか。
そうしたらアリーに無謀に突っ込んでいったりしないだろうか。

(……無理だろう、この男の性格で)

考えるのも馬鹿らしい。
それで満足するような性格ではない。そうだったらきっとガンダムマイスターになんてきっとなっていなかった。

「あんたが、復讐をするのも俺を殺すのも勝手にすればいい」

たとえ俺が見ていなくても。
たとえ俺が死んだとしても。

「でもそれだけは許さない」



なんでそんなことをこいつに言われなければならないのか。
死ぬのに許可が必要か。生きることに許可が必要か。
そんな馬鹿な。そんな訳が無い。
俺が生きるも死ぬも俺の勝手だ。といっても自分でだって分からない。それこそ神のみぞ知るというものだ。

「おまえにそんなことを言われる筋合いは無いが、死ぬ予定はしばらくないな」
「あんたは平気で嘘を吐く」

さて、どんな嘘だろうか。
思い当るところがなくて首を傾げる。少なくとも刹那に対して大法螺を吹いたことは無い。
人間は確かに嘘を吐く生き物である。俺だって少なからずミッションにおいて嘘を吐くこともある。
嘘とはまた違うのかもしれないが、この様子だと安請け合いというのもそれに入るのか。

「人を傷つけない嘘でも嘘は嘘だ」

そんな嘘なら多分沢山ついている。人は嘘を吐いて生きていく生き物だ。
その場合嘘とは言わない。気遣いであったり、社交辞令であったり、人間関係を円滑にするためのものであることが多い。
刹那は、それも言わない。
人が生きていくには生き辛いだろうに、刹那は簡単に適当なことを言わない。俺とは大違いだ。

(……許さない、なんていってもなぁ)

そんな風に自分のことを心配する子供を殺すことが出来るのか。
手に握るこの銃は鈍らないだろうか。




















































10.

銃声は響いた。
響いたが、それは耳もとを過ぎ、髪だけを掠めて弾は過ぎ去った。
この距離でこの男が外すとは思えない。
それはこの男の意志であるということだ。

「分かった、降参だ」

前に見た光景とは少しだけ違う。
それでも、結果は同じだった。

「今おまえを殺せば少しだけ俺の復讐心は晴れるかも知れないが……今の俺の家族はトレミーの皆だからな」

もう居ない家族。
経緯は正反対なのに、まったく俺もそれは同じだった。家族と呼べるものがあったとしたら、それは俺が帰るあの場所なのだろう。
きっとあそこにはそんな人間ばかりが居る。

「今度はおまえを殺した人間の復讐になっちまう。自分で自分に復讐するなんて馬鹿らしいだろ?」
「別に復讐なんてする必要はない」
「それはおまえの気持ちであって俺の気持ちじゃない」

そうだけれど、どうしてそんなことが起こりえるのか。
憎いのに、親愛があるのか。復讐を考えるほどに。
こんなにも思われているこの男の家族と同じように思ってもらえるのだろうか。

「矛盾している」
「愛と憎しみは表裏一体ってな」
「そんなのは言わない」
「格言なかったっけか?」

使い古された言い回しにはあるかもしれないが、少なくともそれは格言ではなかったはずだ。分かっているだろうに、笑うだけでロックオンは訂正しない。
正しい言い回しかどうかだって分からないのに。
愛することと、憎むことがどうして同時に存在できるのだろうか。
愛するから憎む。その意味が別の人間に分けられているのならわかる。
愛しているからそれを害した人間を憎む。それは理解できる。
どうでもいい人間に対して起きた出来事は無関心な人間が多い。だからこそ今世界はこんなにも格差がある。
もう一つ分からないことがあった。
考えてみれば、たとえ時間を遡ったのだとしても何故此処だったのか。
この時間なのか。何故”今”だったのか。
後悔したことはいくらでもある。もっと昔にも。
アリーとの再会を強く思ったわけでもない。だとしたらもっと昔に遡って、後悔の一番最初に戻る方が正しいはずだ。多くのことが訂正できる。
逆に一番最初の後悔に戻るというのでもない。だとしたらきっともっと近くにしか戻れなかったはずだ。一番可能性があるとしたら戻れる最大値の時間が決まっているのか。

「刹那」

いくら考えても分からない。人知を超えた力を理解しようとするほうが無理なのかもしれない。
ただニヒルに笑っている、男の顔がある。
その男が俺の名を呼ぶ。

それだけで今は良かった。


END