愛に至る病
【1.嘘から出た真】
―――――――これがお前のためなのだ、と言い聞かせてきた。
「ヴァンっ!これは一体どういうことだ……!?」
消えて行った子供と少女の軌跡を目で追って、それがマルクト方面だと確認してから彼は片膝をついたまま考え込んでいた男に視線を向ける。
だが男はいまだその軌跡を眺めながらぶつぶつと一人で何かを言っている。まさか、しまった、そんな接続詞ばかりが聞こえてきてイラつく。
「答えろ!ヴァンデスデルカ!!」
崩れ落ちそうな体を引きずってかつての僕に詰め寄る。
ペールですら眠りに引きずり込まれるその歌に、若輩のガイがそうそう抗えることもないのだが、今はどうにか保っている。
凄まじい譜歌だ。
その歌を歌った人物は、ヴァンを狙い、そしてルークと共に飛んだ。
この男の正体を知っている人間にしてみたら疑わずには居られない。
だが、ヴァンは首を横に振る。
「私の策ではない」
「だがあの女はお前を狙った」
「……そうだな……何を知ったメシュティアリカ……」
答えになっていない呟きに顔を顰めるが、今は役に立たないと判断し、鞘に収まった剣を杖代わりにガイは足を進める。
「ルーク……」
行かなくては。
世間知らずで、我侭で、何も知らない子供を助けに。
救いは共に飛ばされたのが少女だということだろうか。
男であったのならあんな無垢な子供どうなるか分からない。
17歳。十分に魅力的である年頃だ。
何も知らない所為で子供っぽさが抜けないが、それが余計男と見られても危ないくらいに危険がある。
ましてやあの子供は男であるとか女であるとかそんな意味すら理解していないかもしれない。
―――お前のためだ。
そう言ってささやかに育ち始めた男とは違う部位をさらしで潰した。
着替え一つできなくなった子供の世話を全て任された。男だからかメイドではなくガイが全てやったのだ。
だから誰も知らない。それに何の意味があるのかルークも理解していない。
女性には胸に膨らみがある。男にはそれがない。子供もそれは理解している。
けれど自分の潰したそれが女性の胸だとは理解していないに違いない。
これは聖なる焔の光ではない。
それから作られたレプリカだ。
燃え滓となった本物も、作られたレプリカさえも奪われて。(あれはもうガイに依存しきっている。奪おうと思えばいつでも体も奪えるくらい。)
それを知った公爵はさぞ絶望するだろう。悔しがるだろう。
それはなんて素晴しい復讐だろう?
殺すのもよかった。
いつもいつもそう思って。
殺せないことを見透かされていたのかもしれない。
ある時ヴァンは彼に一人の子供を与えた。
甘い甘い毒と共に。
愛して愛してそして奪ってしまえ。
男ならば子供には屈辱感を与えられるかもしれない。けれどそれだけだ。あの子供のくせに妙に聡明で小癪な餓鬼はおそらく一人で秘めることを選ぶだろう。男ならば調べる方法もない。
それでは公爵への復讐にはならない。
だが、女ならば?
男であるのと女であるのとその意味は違う。
貴族の子供ならばなおさら。
レプリカと言って親は子供と認めないかもしれないが、被験者が居なければルークはこのレプリカただ一人だ。
認めざるを得ないだろう。
「ルーク」
ああ、でも今は。
「ルーク」
そんな汚い心すらなく。
早く見つけてあげなければ。
――――これはお前のためなのだ。
それは全くの嘘でもなかった。