に至る
【2.箱庭の外側】




「ルーク、起きてルーク」
その声はいつも起こしてくれるその声よりもずっと高いし、綺麗だった。
どちらが心地よいかという問題はまた別だけれど。
とにかく覚醒を促す声に従って重たい目蓋を押し開ける。
途端。
「いてててて」
身を起こそうとして息が詰まる。
なんだこれ。
さらしをしたまま眠ってしまったのだろうか?
いつもはガイが朝巻いてくれるので、夜は外してその間だけはその圧迫から開放される。
(昨日は……昨日は……どうしたんだっけ。別にガイ外出予定なんてなかったよな)
ガイはルークの世話が仕事だから、滅多に泊りがけで外に用事を言い付かることは無いが、そんな時だけは夜でも息苦しいままなのだ。
ぼんやりと痛みに顔を顰めながらそんなことを考えていると、揺り起こした声が叱咤した。
「急に動かないで!怪我は?どこか痛むところは……?」
そんな声に周囲に意識を向ければ、目の前にあった胸の大きさに思わず目を丸くする。
(うわ……でっけー)
口に出していたら平手くらいは飛んだだろうが、幸いなことに心の中だけでとどまった。
メイドに母上にナタリアに、何気に周囲の女率は高いルークだが、ここまででかいのは見たことが無い。
おそるおそる自分の胸元に目を落とす。さらしはやっぱりちゃんとしっかり巻きついているようで、見た目に膨らんでるのが全く分からないが、そうでなくても3倍くらいはあるきがする。
ティアのようなボリュームはないけれど、ルークの胸元には確かに膨らみがある。
自分についているこれが何なのかよく分からない。
けれどガイが俺のためだというから隠している。
……想像は出来ているのだ。
ただ、男であるはずの自分の胸が何故膨らむのか分からないだけで。

繰り返し、繰り返し。
いい加減ウザイくらいにガイが言うからもうどうでもいい。

「聞いているの!?」

ぐいっと引っ張られて女の懐へと引き寄せられる。
息がくすぐったいくらいその距離は近かった。

―――――俺とお前だけの秘密だぞ?

「大丈夫だよっ!」

ガイの台詞を思い出して慌てて離れる。
秘密を守るには人との接触は避けるべきである。
このことだけでなく、お世辞にも嘘が上手いとは言えないルークの性格なら、ごまかすことよりも一定の距離を置く方がいいとガイは言っていた。
まあそうかもしれないが……
「……もういいわ。大丈夫なら行きましょう」
「どこへだよ!」
呼吸が止まるほどではないとはいえ、息苦しいまま歩くのなんて冗談じゃなくて慌てる。もちろんそんなことは知ったことではないのだろう。ティアと名乗った女は呆れたような視線をくれた。
「あなた帰りたくないの?」
「帰りたいに決まってるだろ!!」
もちろんだ。
こんな息苦しいのは外して思いっきり寝たいし、さっさとガイにやってもらうに限る。
「だったら海を目指しましょう」
「海……?」
ティアが指差す方向に大きな暗い蟠りが見える。
あれが海なのか。
見るだけでずっと歩きそうな気がしてげっそりする。
町に出るのにどのくらい時間が掛かるのだろう。まったく想像がつかないけれど、遠いのだけは確実だ。
(早いとこ巻きなおさなきゃだよなぁ……)
変に圧迫されるのはやはりずれているからだろう。
自分で巻き直せる自信はまったくない。かつて一度もやってことなんてないのだ。
というかどこで巻きなおせというのだろう?
(この女にやって貰うのは……まずいよなぁ)
それではおもいっきりガイの言いつけを破ってる。
ああ本当にどうしよう。

「何?まだ何かあるの?」

ちらりと見たのを見咎められて声を掛けられたから首を振れば、やっぱり訝しげな視線を貰う。
二人だけしかいないのに、この人間関係ももしかしたら大分問題なのかもしれない。










すったもんだの末にエンゲーブとかいう村で宿を取ることになった。
それはいい。今まで外か精々馬車の中だから当然巻きなおすことなんて出来なかったからむしろ大歓迎だ。多少獣臭かろうが、ちゃんと壁に囲まれて屋根がある場所なら人目はない。
ずるずると苦しいままだったのだ。巻き直しに挑戦してみよう。

……と思ったのだけれど。

「一緒の部屋ぁ!?」
「そのようね」
「なんでだよっ!けちくせぇー」
「ルーク!」
用意してもらったのだから文句は言えないわ、とまったく困っていないようにティアが嘆息を漏らす。
「それとも、一人じゃなければいけないことでもあるの?」
「そっそんなんじゃねーけど……」
いや、あるのだが。
だらだらと嫌な汗が背中に流れる。やっぱり嘘は苦手なのだ。
「だったらいいわね?」
「う……分かったよ……」
有無を言わせないようなティアの迫力に肯いてからこっそり肩を落とす。

(また巻きなおせねぇ……)

いい加減慣れてきたような気はするが、やっぱり息苦しいものは息苦しい。
うざいしだるい。
というかこのままだとどの道落っこちる。
超振動とかいうすげぇやつと、このところの戦闘でそうとう動いているし、むしろ今まで落ちなかったのが奇跡だ。
なんていうかこんなとこまでさすがガイだ。こんなことを見越していつもより余計に締めていたりとかしたんだろうか。
とかそんな勘繰りをしたくなる。八割方現実逃避だ。
いくらガイでもそんなことが出来るわけがない。預言者でもあるまいし。
もし出来るならむしろ回避しろと言いたい。
屋敷の外にはでないから必要がないのか何なのか、あまりルークに馴染みはないが、世の中は預言というものを中心に回っているらしい。
悪いことも別の人間にとっては良いことだとか、そんな感じで預言をなぞって行くのだとか何とか。
つまるところ悪いことが分かっていてもそれを回避する努力なんてしなくて、むしろその通りにことをすすめようとしているのだとガイが言っていた。
どことなく真剣そうな顔で。
物凄く意味ないとか思った。本当なんで馬鹿ばっかりなんだろう。

(っていうか、そんなのはどうでもいいんだよ!そうじゃなくて、いつまでこんな息苦しいの我慢すればいいんだよ、ガイー!!)

とりあえずティアには向けられない鬱憤を、此処には居ない秘密の共有者に向けて叫んだ。



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