に至る
【3.邪魔な男】




公爵に掛け合ってルーク捜索の計画を立て、とりあえずガイが準備をしていたところに扉をノックする音が響いた。
ルークをか、自分をか、心配したような顔をしていたペールが立ち上がりかけるが、聞こえてきた声に動きを止める。
「ガイラルディア様」
ガイとは別経路で探すことに決めたはずのヴァンだ。
ガイをその名前で呼ぶ人間は今はペールのほかには奴しかいない。
なんだ、と扉を開く。
その名前を呼んだということは、ガイに仕える人間として此処に来たに違いなかった。
公爵に掛け合うより先に放った手の者か、もしくは別働で自分の目的で動かしていた中に情報が引っかかりでもしたのだろう。
ヴァンには手駒が多い。それを使わない手は無かったが、それを公爵に伝えることはできない。
「タルタロスにそれらしい子供の姿があるとの報告が」
「タルタロス!?なんだってマルクトの陸上戦艦になんて乗ってるんだ……」
その経緯に頭を捻る。だが、そんなことを言っている場合でもないことを思い出して、すぐさま真剣な顔をヴァンに向ける。
知っている、ということはそこにヴァンの手の者がいるわけで、おそらくは別の任務中なのだろう。その戦艦を攻撃中なのかもしれない。
「ヴァン、俺をそこまで連れて行けるな?」
「……それは」
「これはお前の不始末だ……違うか?」
違う、とはいえないだろう。
現に公爵にすら疑われている現状だ。
ルークと共に消えたのはヴァンの妹であり、それは隠されていないからダアトに問い合わせればすぐにわかる。
ヴァン本人の策でなかったとしても、身内の不始末は自分の不始末だとこの男なら考えるに違いない。特に目に入れても痛くないと噂されるほどの妹だ。
所詮ヴァンと自分とは目的とするものが違う。
ヴァンはガイの僕ではあったが、ルークはヴァンの駒である。
「ルークに危険が無ければ邪魔はしない」
「ですが……」
渋るのはおそらくヴァンの計画がルークに危険を及ぼす恐れが高いからだ
―――――むしろもう及ぼしているかもしれない。
それはそうだろう。どういった経緯でルークがマルクトの戦艦などに乗っているのかは分からないが、正式なマルクト軍ならばルークを使わない手は無い。
戦争を起こすにしても和平交渉をするにしても、王位継承権を持つ王家の子供は十分な人質になるし、なにより”聖なる焔の光”は特別だ。
分かっていてもあえて意地悪く笑ってみせる。
「別に俺の邪魔が入ったって痛くも痒くもないだろ?」
今のヴァンは剣の腕も、頭の回転も、今動かせる手駒の多さもガイ一人でどうにかできる相手ではない。
まったくの邪魔にならないかというと、邪魔をしようと思えば多少の邪魔にはなるだろうが。

ヴァンの深い溜息がガイの勝利を決定付けた。










「随分とまぁタイミングよく来ましたね……おかげで助かりましたが」
のっけから嫌味で迎えられたのに顔の筋肉を駆使することに慣れているガイは苦笑で返す。
タイミングのよさは致し方ない。ヴァンに邪魔はしないといった手前、ルークに危険が訪れるまでは出られなかった。

「ガイっ!!」

緊迫した雰囲気が若干和らいだ途端、子供が駆けてくる。
押しつぶした胸がそのままであることを確認して安堵の息を吐く。
良かった……秘密は秘密のままだ。
このまま抱き上げて帰ってしまおうか?
あの箱庭の中ならばれる心配などいらない。
それほどルークに興味を示す人間などいないからだ。
ただ足が無いからヴァンに今下りてきたばかりの戦艦で送ってもらわなくてはならない。
それが無理なことくらいよく分かっている。
これ以上ヴァンに協力させるのは酷というものだろう。信じられる程度で留めておく方が得策でもある。
「やー探したぜぇ……無事そうでよかった」
そんなことを考えていたなんて思わせない笑みでクシャリとルークの頭を撫でる。
「お友達ですか?」
「ルークの家の使用人さ」
いつもの調子で答えるが、値踏みするような視線が離れない。
隠そうとすれば隠せるが、隠そうとしていない。そんな視線だ。
こちらは警戒しているんだと態々出して、牽制されたか、見定められているのか。
(まぁ当然だよなぁ……)
ガイとしても相手に味方という認識は持っていない。
大切なルークをこんな危険な場所に引っ張り込んだであろう張本人にいい感情を持てるはずも無い。
もっともガイの場合は綺麗に隠したが。
なんにせよルークに会って一度は緩んだ気を引き締める。
どう考えても油断できない男だ。

「行きましょう」

ヴァンの妹
―――確かティアと言っていたか―――の声をきっかけに歩き出す。
かなりの人間の死を感じた所為でガイ以外の人間の足取りは重いが、現状が足を速めさせる。
その最後尾を守るように従いながら、一度だけちらりとタルタロスを振り仰ぎ、自分が飛び降りた場所を見る。

「悪いな、ヴァン」

やはりという感情ばかりで、さして悪いとも思わないが。
なんせかつての主などという程度の存在では邪魔にもならない。目的のためならばそんな些細な柵など簡単に振り切れる、そういう男だ。
それでもそこに居るわけではない男に、一言だけ謝罪の言葉を述べた。



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