に至る
【4.天の子供】




「ガイ、ガイ」
黙々と歩くうち、袖を引かれて内緒話をするように身を屈ませることを強要された。
「どうした?」
「”どうした”じゃぬぇーよ!!」
ご希望通りに耳を貸してやれば、不機嫌な言葉が返される。
さっきまではよっぽど不安だったのか懐いてきて可愛かったが、ルークはやはりルークだ。
「さらしがずれて苦しいんだよ!」
「おまえまさか飛ばされてから一度も巻きなおしてないのか?」
「できたら苦労なんかしてぬぇーよ!!」
思わず高くなった声を抑えるように
そういえば不器用だもんなと思って納得する。不器用でなくともぎゅうぎゅうと膨らみが分からなくなるほど押しつぶすのはなかなか難しいだろう。
(っていってもなぁ……どうしたもんか)
後方を歩く二人の軍人をチラリと見る。導師イオンはともかくあの二人を上手いこと言い包めて時間を確保する自信はいくらガイでもない。
用足しと偽るにはちょっとばかり時間が掛かる。魔物に襲われていると勘違いされてジェイドに見に来られてはまずいだろう。
上手いことはぐれる、という事態でも起こればいいが……ルークとガイの二人だけならばあまり危険はないのだ実際。
(それも難しいよなぁ……)
とすれば選択肢は一つだ。
見下ろすルークの胸は幸い目に見えて分かるほどではない。
「もう少し……セントビナーまで我慢できるか?」
「どのくらいかかんだよ」
「そうだな……ここからだと三日ってとこか」
「げぇ……そんなにかかんのかよ」
「そこまで行けば一晩くらいなら外せるし、な?」
セントビナーまで行けば宿に泊まれるだろう。軍人二人はともかく導師イオンには休息が必要だろうし。
5人が宿に泊まるとしたら
―――アニスという子が合流できれば6人が―――2人部屋を3つ取るのが常道だろう。3人部屋を二つという選択は、男4人に女2人という対外的な内訳ではありえない。
となればそのくらいの自由は利くはずだ。
「絶対だな!」
「ああ。約束だな」
小指を出せば、膨れた頬を一変して指を絡めてくる。
被験者と違い、愛すべき子供はそれで安心することをガイは知っているのだ。










向かった先
―――セントビナーに入るのも多少苦労したが、ガイにとってはそれからが厄介だった。
大丈夫だとは思うものの一応ルークを男と印象付けるために、ティアを使って婚約者の話をしだしたのがまずった。
黙れとばかりにティアにピタリと腕を取られ、触れられた柔らかな彼女の温もりがどうしようもなく体を震えさせる。
……仕方の無い労力だと思おう。
「あーもう情けねーなぁ」
ただケラケラと笑うルークが恨めしくなるのはこんなときだ。
誰のための苦労だと思っているのだろう。勿論隠し事の方はガイの所為ではあるけれど。
「指差すのは止めろ、ルーク」
「くっそ……立ち直るのはえーっつーの」
さすがに指をさすのだけは嗜めて、ぐりぐりとルークの頭を撫で回すのを見て、イオンが感心したように言った。
「ガイはルークは大丈夫なんですね」
思わず二人揃ってピタリと止まってまじまじとイオンを見る。
「何言ってるんだよイオン。俺は男なんだから当たり前だろ?」
「いえ……てっきり……」
「てっきり?」
鸚鵡返しに返されて沈黙、それから小さくイオンは首を振る。
「……そうですね。僕の勘違いです」
「……?変な奴」
「ルーク!!」
また失礼なことをとばかりに叱りとばすティアの声を聞きながら、ガイは苦笑の裏で思考を巡らせる。
(導師イオン……あなどれないな)
その発言は、ルークが女であることを感じ取った所為だろう。
あまりにルークが笑い飛ばしたから否定したようだが。
ティアはまったくそんなことは考えていないだろう。ジェイドの顔は……読めない。
(まぁ今気にしてもしかたがないか)
さすがにばれたかもしれないからといってイオンを手にかけることはできない。
「神託の盾がいたとなるとアニスって子はもうここに居ないんじゃないか?」
「その可能性は高いですね。おそらく手紙かなにかを残していると思いますが」
「ならそいつはあんたに頼んでイオンを休ませてやらないか?」
「そうね……この陽の入り具合だと今日はここで休んだ方がよさそうだし」
「いえ、僕なら大丈夫ですが……」
「や、そろそろお坊ちゃんも限界だからさ」
その一言で視線がいっせいにルークへ向く。
「人をダシにすんなよな!」
ぶすりと抗議してみせるルークは元気そうではあるが、疲れはイオンほどではないとしても相当なものだろう。
本来少女である。ましていくら剣術の稽古をしていたとしても、屋敷の中の生活では程度が知れている。ティアのようにはいかない。
「ではマルクト軍基地へは私が一人で行ってきましょう。宿の手配はお願いします」
「ああ。ついでに買出しもやっておこう。合流したとしてもカイツールへは歩きだろ?」
「そうですね……グミや食料は必要ですしよろしくお願いしますよ」
了解と分かれたジェイドを見送って。
「んじゃ俺は宿行くわ」
「ルーク、イオン様とガイに宿の手配を頼んで私たちが買出しをした方が効率的だわ」
「うっせーな!ほら行くぞ、イオン」
ずんずんと歩き出したルークを追い、イオンがこちらを伺いながらも後に続く。
まあティアの提案は妥当なところではあったが、こうなってしまってはどうしようもない。
ルークに金銭感覚があるとは思えないだろうし、イオンにルークのことを止めろというのはかなり無謀だろう。
まして狙われているイオンを一人になどできない。
「これは先に宿の手配をしてから出直しだな」
「まったくもう……いいわ、買出しは私がやるからガイはルークたちをお願い」
頭が痛いとばかりに溜息をつくティアの気分も分からないでもないが、正直この提案はありがたい。
「悪いね、我侭坊ちゃんで」
「あなたが謝る事ではないと思うわ」
(そりゃどうだろうな……)
多少は周囲の所為もあるかもしれないが、実質ガイが育てたようなものだ。
だから回答は避け、肩を竦めるだけで答えた。
ルークの後を追って一先ずは宿へ向かおうとしたところを再び声を掛けらた。
「あの、ガイ?ちょっと良いかしら」
「ああ……なんだい?」
とっくに歩き出したルークが気になりながらも、そう言われては仕方が無く足を止める。
そう広い町でもない。少しくらいならば一人にしても大丈夫だろう。
が。
じっと見つめられ腰が引ける。
自分が育ててきたという思いがあるからか、それとも被験者が男だからか、ルークならまったく全然大丈夫ではあるが、本来ガイは女性が得意ではない。
というか女性恐怖症である。
―――――ガイの名誉のために付け加えるならば年頃の女性は大好きではあるが。
「何か?」
「あなたが”ガイ”なのよね」
まじまじと何かを考えるように言われて尚更困惑する。
「えぇと……ティア?」
自己紹介はとっくにしたはずだ。今更それを確認されるのは一体全体なぜなのか。
「人の教育に口を出すのはどうかとも思うけれど……」
「へ……?」
「いくら貴族の子息でもあの歳で添い寝は過保護だと思うの」
言われたことを瞬間的に理解できずにパチクリと瞬きを繰り返す。
というかだからなんの話だ。
「……ちょっと待ってくれ、ティア。別にそんなことしないぞ?」
「違うの?」
目を丸くするティアになんともいえない脱力感を感じながら訂正を口にする。
本当になんだと思われているんだろうか。
「あぁ、ルークが魘されてるときには付いていてやったこともあるが……」
「……屋敷に居るときから夢に魘されるようなことがあるのね」
「ああ見えて色々あるんだよ。ルークの奴にも」
意外そうな呟きに答えながら、視界に捕らえたままの鮮やかな赤毛を見る。

―――――そう。色々なことがあるのだ。



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