愛に至る病
【7.かれの始まり】
師匠は行かなくていいと言ったけれど、イオンが行くと言い出して結局アリエッタの要求通りにコーラル城に向かうことになった。別にそれはいいのだ。カイツールで一泊し、休養は十分に取ってるし、待ってるだけというのも暇だろう。ここまで結構なハイペースで来たから突然暇になったって困る。
そう、別に俺はどっちだってよかったんだ。
ただ……
ちらりと視線を上げる。いつもなら俺の半歩後ろを歩いているガイが俺に背中を見せている。いや、それはきっと危険だからだ。分かってる。立ち位置が変わる事は外に出てから度々あった。
それでも感じるのは――――ガイがなんだか恐い。
「ガイ……?」
「あっ……あぁなんだ?」
いつもと変わらない笑顔。そう見えるものを瞬間的に作っている。それを感じ取って、顔をしかめる。ガイは作り笑いが上手いけれど、分からないほど見ていなかったわけではない。けれど気づかない、とガイが思っているのなら別にわざわざ指摘してやる必要は無い。
嫌な事を嫌と言っても叶う事などいくらもなかった。
諦める癖が、ついていた。
その、代わりに。
「コーラル城って一応ウチのもんなんだろ?」
「あ、ああ。もう破棄して大分経ってるけどな」
「俺貰えぬぇーかなー。そしたらさぁおまえと二人でそこで暮らそうぜ。 一応父上の持ち物だったらこっちでもいーんじゃん」
何気ない会話と、些細な我侭で困らせてやればよかった。
***
訝しげな視線を感じ、作ったわけではなくただ純粋に苦笑する。
ルークに見咎められるようではまだまだだ。この場所に思うところがあるといえ。
(コーラル城、か……)
ルークを連れて行くにはずいぶんと感慨深いところだ。
始まりの場所――――つまりはルークの生まれた場所。
立ち会った訳ではない。だが、ヴァンに話だけは聞いていた。それこそ明確に。
「さて、コーラル城に来いったってはたしてどこに行けばいいんだか」
「そんなに広いの?」
「まぁ一応貴族の別荘だからそれなりにね。どこまで無事に残っているか分からないが……」
そんな状態であるからアリエッタが、というべきかアッシュが、というべきか。とにかく何処にいるのか。絞る事はできるはずだ。無為に歩き回る必要は無い。
「確か地下があったな」
階上よりも、地下の方が生き残っている可能性は高いだろう。建物自体が壊れる事はあっても、埋まるような地形ではない。それに、奴が拘りそうなモノが地下にはある。
(だが、今更あれに何のようだ……?)
何故アッシュはコーラル城を指定したのか。
それが父親――――ひいては自分の持ち物だという からか。単に周辺に使えそうな場所がここだっただけか。
ルークをレプリカだと言ったあの口だ。たとえ誰も知らなくともルークがレプリカだと示したいだけか。
それならば、いい。
だが……
もし、あの装置で何かをしようと言うならば。
そこまで考えて、いい加減向けられたものに反応しなければならない気がして少々げんなりとする。
まるで聞いて欲しいというようなあからさまな視線に何か?と振り返れば、いえいえと胡散臭いほど大仰な手振りで手を振られる。
「やけに詳しいなと思っているだけです」
お気になさらずに。そう言う男に素直にはいそうですかと頷けるわけがない。
気にしてくれといわんばかりだ。気にしてくれて構わないと思っているだけなのだろうが、変に警戒してボロでも出してくれればと思ってはいるだろう。
悪いがこっちはそれほど可愛い性格でもない。
「一度来た事があるからな」
「放置されて久しい、こんなところにですか?」
「ルークがどこで見つかったか、言っただろ?」
「ヴァン謡将ではなくファブレ公爵が使用人の貴方を遣わしたんですか?白光の騎士団だけでなく」
「大事な一人息子のことだ。それくらいやるさ」
実際に、奴はやったのだ。
もっとも俺が連れてこられたのは、ルークに記憶がない事が分かってからのことで、単に世話係として呼ばれただけだが。ここへはその時に一度、ヴァンに案内させただけだ。ルークがここで発見された場面を直接見たわけじゃない。
「そういえば、ルークはどの辺りで見つかったのですか?」
「見ればなにかわかるのかい?」
言いながら、確信がある。
彼ならば分かるだろう。今もどこまで感づいているのか。
(悪いが分かっちゃ困るんだ)
ジェイド・カーティス。
死霊使いという二つ名で有名なマルクト軍人であるが、元々彼はジェイド・ヴァルフォア博士として名を馳せていた。
その位はヴァンから情報が入ってくる。
教団内でも有名らしい――――あまり宜しくない意味で。
(先手を打つか……)
元気に進む子供たちの後に付くように緩めていた速度を完全に止める。
「見れば何か分かるっていうなら案内するぜ?」
「おや、わざわざ案内をお願いするようなところなんですか?」
「さぁな。こっちじゃないんだが、もしかしたら通るかもな」
勿論通るつもりはないが。
言わなければ多分、分からないはずだ。少なくとも見つけるのに時間が掛かる場所にある。
その間に見つかればいい……希望的観測過ぎるか。
アッシュがあの機械を使うためにルークを此処に呼び寄せたのだということを否定する確証はない。
「こんなおしゃべりをしていていいんですか?お子様組みは元気ですから速いですよぉ」
「お子様ってな……」
否定はできないけれど。
そのくくりはティアが可哀相じゃないだろうか。いや、年齢としては肉体年齢のルークより下ではあるのだが。
「ティアが居ますから大丈夫だとは思いますが、あまり子供たちだけにしない方がいいでしょう」
「そうだな」
心許ない。確かにそれは思うがルークにこの話を聞かせるわけにはいかない。
だが、この男をこのままにしていていいものか。
しばしの逡巡――――その間に。
「ガイっ!」
切羽詰ったその声に顔色が変わる。
話が聞こえないよう距離はとったが、それでもほんの少し。ガイが走ればものの数秒で辿り着ける距離。
角は一つ。
曲がって見えた先に手を伸ばす。
「ルーク!」
巨大な魔鳥のくちばしに咥えられた愛し子の姿を見て、伸ばした手をそのまま剣の柄に掛ける。だが、最後の理性がそれを抜かせなかった。
届かない。
どんなに高く飛んでも、人間の飛距離など高がしれている。魔物の飛ぶ高さはその領域だ。
まるでアッシュが嘲笑っているかのように、その羽音が耳障りに響く。
遠く離れていく。この失態に、ギリリと唇を噛んだ。
真剣なガイの声が聞こえる。そこにいるなら助けろよと思ったのにルークの意識は暗転した。
「ほぅ……見事なものです。一つの狂いもありませんよ、さすが私」
「完全同位体だからね。当たり前だろ?」
(なん……だ?)
一体全体どうなったんだ?
誰の声だ。知らない声――――否、そのうち一つは聞き覚えはあるかもしれない。
「起きたの」
この、声。
もう一つの声よりは幾分幼い。ガイよりももっと。俺に近くて、俺よりは低い。
誰だっけ。
ぼんやりとぼやけた視界にそいつを入れたまま考え込む。
そうしているうちに俺を覗き込んだそいつは、硝子のような俺を隔てたものから離れて見えなくなった。
*
こんなに良いサンプルは久しぶりだ。
作ったのは自分だから直後のデータはあるが、その後のデータというのもやはり重要で直後のデータよりよほど貴重だ。長く生きるレプリカは中々できない。
成長過程で変わるなどということがあるのか。
レプリカに人を作る要因である環境や人間関係が影響するのか。レプリカによって一度死んでしまってしまった人を生き返らせるためには必要なデータだ。
成長したら変わってしまったじゃ意味がない。そんなのものは人形にもならない。
嬉々としてデータを取るため機械を弄繰り回すディストの後ろから、さっきはレプリカを覗き込んでいたはずのシンクが興味もなさそうに同じ画面を見ている。
「ねぇ……性別って反転するものなの?」
「まさか。完全同位体、音素も同一、言ったでしょう。一つの狂いも……な……い……」
「違ってるよね、これ」
鼻で笑いつつシンクが指を指したグラフを見て、語尾が消える。
「そんな馬鹿な!」
ガバリと画面に張り付いて、それでも二つ並ぶ数値の波にずれがあることを認めて蒼白になる。
ありえない!
ぶるぶると肩が震える。こんなことがこんなことがこんなことが!
唯一成功したはずの完全同位体のレプリカ。
確かに作った時のデータでは完全に一致していたはずなのに。
(まさか二次成長期前と後では変わるというのですか?)
そのデータが示すことから考えう事体としては。
――――性別が分岐した?
(いえ……断定するに早いですね。その前にきちんと事実を確認しなければ)
このデータは変わらないのだ。だとしたらもう一つのサンプルをもう一度見る必要がある。
「死神?」
「帰りますよ、シンク!」
「はぁ……?」
訝しがるシンクがまったくじれったい。これだから凡人は。
「こいつどうするわけ?」
「置いておけばいいでしょう!ほら、さっさと行きますよ」
待ち合わせ場所はそう遠くない。
時間としても本来であっても終わって向かう時間であるから待っているだろう。
「アッシュ!」
「なっ何しやがる!?」
案の定、見つけた相手にディストとしては異例なことに胸倉を掴みかかる。
飛ぶ椅子に座ったままな所為で、アッシュの体は上に引っ張れているが、自分が転げ落ちそうだ。それすらも気付かずに。
「あなたいつから女なのですか!」
「「………………」」
「そんなわけあるかぁあああああ!」