ESCORT -The one-
見知らぬ少年に向けて通りがてら敬礼をする先輩たちに不振な視線を送る。
アカデミーを卒業したての彼女――シホ・ハーネンフースは現在ジュール隊に属する紅一点のパイロットだ。故にその軍に似合わぬその少年が誰であるかを知らなかった。
似合わない、というのは雰囲気的なことであり、外見的なことでもある。
柔らかそうな茶色の髪は低重力に設定してある通路を進むために後ろに流れる。そのため露になった顔をよく見ることができたし、敬礼を返す際にはふわりと微笑むのが遠目からも分かる。
そんな反応は軍人には少ない。シホが知る限りではアマルフィー副隊長だけではないだろうか。
それだとてその笑顔はただ優しく笑みを与えるだけのものではない。けれどこの少年の微笑は見る者を癒すようなそんな笑い方だ。
それがこの軍という殺伐とした組織からは浮いて見えた。
だが、なによりもまず彼は軍服を着ていなかった。
格納庫まで来れば見知った姿を見つけてシホは声を掛ける。自分の隊を持つ前にはクルーゼ隊に所属していた彼女の上司ならば知っていると思ったのだ。
クルーゼ隊からジュール隊、ザラ隊が分けられたのはつい最近のことである。よってここにいるシホと同期たち以外はほとんどがクルーゼ隊だった。今も分けられたとはいえ、少人数の隊は行動を共にすることが多かった。
「ジュール隊長!」
その声を聞き取って顔を上げた少年の銀の髪が流れる。それだけで先ほどの少年と比べかなり硬質な印象を与えたが、目が合った視線の強さもそれだけ違うものを感じる。
彼女の上司イザーク・ジュール。
隊長、とは言うが実際はシホと同年代の少年だ。確か軍歴もシホより一期上のだけであったはずだ。それでも隊長と呼ばれるのは親のコネだという人間も居るが、シホは実力であると評価していた。そうでなくてはいくら配属命令を受けたとしてもシホは断固拒否しただろう。女であるからとお飾りのパイロットになどなる気はなかった。
「あれはどなたですか?」
指示する方向。その先に通路を通る少年を認めて彼は「ああ、来ていたのか」と僅かに眦を下げる。
珍しい、と純粋にシホは思った。喜怒哀楽の怒りばかりは分かりやすいが、その他の感情を表すことは少ない。冷たく冴えた容貌をしているこの人が柔らかな顔をするのだとは思ってもみなかった。
「ご存知ですか。」
確認でしかないシホの言にああ、と頷き当然のように彼はただ一言。
「キラだ。」
思ってもみなかった答え方に一瞬シホは目を丸くした。それ以上彼は何もいう気配が無く、説明はそれだけであるのだ。
「キラ、ですか?」
名前であるというのは分かる。だが、シホが知りたかったことはそれではなく。
誰であるのか。何者であるのか。何故ここに居るのか。どうして皆が敬意を持って敬礼をするのか。
今の説明ではまったくもって分からなかった。
「ああ……悪いがそれだけなら後にしろ。」
「申し訳ありません!ありがとうございました。」
敬礼をとり、そう返すシホを見てからイザークは作業に戻る。これ以上は聞きようが無かった。後にしろと言われ、それにシホは頷いた。それでなくとも重要なことでも急を要することでもない。
得られなかった答えに大いに不満を残してシホは格納庫を後にする。
自分の機体はすでに整備を終え、ここに来たのはただこれを聞きに来ただけなのだから。
それなのに、と彼女は溜息を吐く。
見える範囲にあの少年はいない。進んでいたのだから当然だ。だが、それが何故だかさらに不満を増殖して。
いったいそのキラという人物が誰であるかは謎のままだ。
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