ESCORT -The two-

”キラ”というらしい人物の素性はすぐ知れた。
一期上の赤を着ることを許された先輩たちが屯しているところを発見し、シホは気軽にその輪の中に入る。同じ赤を着ているだけあってその輪に入っていくのもそれほど緊張しない。時々彼らのことを怖いと言う一般兵もいるが、シホに言わせれば情けないの一言に尽きる。もっとも今ここに居るメンバーはそう言わしめる一番二番の理由が欠けていたが。
「ああ、キラ?」
ジュール隊長から仕入れた名前を出せばエルスマン副隊長は軽く返してなんだと言った。
「そういやシホは知らないんだっけか?」
「キラさんは目立つのに目立ちませんからね。」
「ニコル、それ矛盾してるって。」
マッケンジー先輩の指摘に頷きつつも、でも事実でしょうとアマルフィー副隊長は譲らない。聞いているだけのシホには良く分からなかったがここへ来る前見た少年を思い出して頷けると思えた。
ここが軍でさえなければ何処にでもいそうで目立つことのなさそうな容姿だけれど、実際にシホは何故だか気になってしかたがない。
余談だが、同期でありながらマッケンジー先輩が一人出世が遅れているのは元々宇宙で名高いクルーゼ隊が独特のMS部隊を有することになったヘリオポリスのMS奪取作戦で重傷を負い療養のために一線を退いていたからだという。
故に彼にはGと呼ばれる機体はない。シホと同じくカスタマイズされた自分の専用機は持っているものの機体自体は凡庸機だった。
全部で5体あるというそのMSはデュエル、バスター、ブリッツ、イージス。そして…ストライク。
前者4機はイザーク、ディアッカ、ニコル、アスランと言った隊長格が奪取したその機体をそのまま乗っているのだと知っていたが、最後の一機ストライクの乗り手をシホは知らなかった。
誰が奪取してきたのかも正確なことは伝えられていない。機動もさせないでひっそりとヴェサリウスの格納庫に収められたままだというその機体は謎に包まれていた。
「シホもテレビとかで見たことあると思うんだけどね。」
「そんなに有名な人なのですか?」
見たことがある、というからには一般的なメディアに出てくる人物であるはずだが、そのわりに思い出せない。
メディアのチェックは人並みにするから見ていたとしたら印象にのこらないはずがないのに。
「いやいや、有名なのはキラじゃなくてその雇い人つーかな。」
「雇い人?」
訝しげに聞き返す。その論法だと彼が雇われていることになるが、その職種は想像も付かない。
屋敷の中の雑事をこなしたり、話し相手になったりそういった使用人がせいぜいだと思う。
そのくらい普通の少年に見えた。
だからごく当たり前のようにエルスマン副隊長が告げた職業にあっさりとは反応できなかった。
「ラクス・クラインのボディーガードだよ。」
「ボディーガードですか!?」
言葉を理解した瞬間まさか、と思った。
初めに除外はしたが、何か技術的なものならまだわかる。コーディネイターである限り少年でも突出して頭が良かったりすることはありえない話ではない。
だが、ボディーガードなどという時に力でねじ伏せることを要求される仕事はどう見てもできるとは思えない。
線の細い印象の残るどこか
だが、その疑問を察しているだろうエルスマン副隊長は言った。
「強いぜ。キラは。」
どこか複雑そうな響きを持たせ断言した言葉には信憑性があった。不真面目な、とは言わないがどこか斜に構えたところのある彼は人をからかうこともあるが、そういった雰囲気はない。
「あの見た目だからそこに居るだけで圧力を掛けたりはむりだけどな。本気で睨まれたら動けないくらい怖いと思うぜ。」
「エルスマン副隊長が、ですか?」
「そ。俺もニコルもラスティーもだけどな。イザークも多分アスランも。」
まさか、と思う。シホも尊敬する先輩のことごとくが萎縮するような視線を向けられる人間が同世代にいるとは思えない。大人でも生半の人間では太刀打ちできないというのに。
それがまさかあの少年から発せられるなど信じられるわけが無い。
「軽く見ただけじゃわかんないだろうけどな。」
確かにシホは軽く――遠くから一瞥しただけだ。
幾度か合うだけでそう見極められるものではないとしたら。
「親しいのですか?」
「まぁ、それなりにね。」
それなり、というわりに気軽な呼び方と良く分かっているような言い方だ。
ラクス・クラインは今回のように弔問を兼ね宇宙には来るから面識があることは分かるが、それだとて形式的な付き合いにしかならないだろうに。
「アスランの婚約者だろ。ラクス・クラインはさ。」
シホの疑問に答えたのはマッケンジー先輩で、それに思い至らなかったことに自分でも驚いた。よっぽどキラという少年に気を取られていたのだろう。
それを敏感に察したエルスマン副隊長はにんまりと面白いと笑った。
「なんだ。シホはああいうのがタイプか?」
「まさか。あんな軟弱そうなのはごめんです。」
憧れるならそう、ジュール隊長か。隊長と呼ばれるだけあって強く、情に厚い。ザラ隊長の方が強いという点では強いが、いつも無表情で読めない性格は趣味じゃない。
ジュール隊長もあの癇癪だけはごめんだが。
「だから軟弱じゃないんだけどねぇ……」
「とりあえず見た目の問題です。」
「ま、向こうが嫌がらなきゃシュミレーションでも相手してもらえよ。」
論より証拠ということか。それで分かるだろうというエルスマン副隊長に頷きを返そうとして。
「嫌がる?」
「争い事とか苦手だからね。キラは。」
「それにお姫さんが貸してくれるかの問題もあるじゃん?」
マッケンジー先輩の付属に更に驚く。
「ボディーガードなのにですか?」
そうだとあっけなく頷かれた。
本当に至極当然のように。
「あいつらの関係は特殊でさ。ボディーガードっていうより身内状態なんだよ。」
キラ好きすきと全身であらわしているのだという。彼に何かあればそれこそ子供を守る母猫のように牙を剥くという。あくまで物腰は優雅で穏やかならしいが。
(……いいのだろうか婚約者のいる身で。)
別の人間を好きだと他人に言わせるような関係は。駄目だろうと思いつつ、婚姻統制による婚約だからしかたないのかとも思う。
遺伝子が恋した相手に合うものかどうかはわからない。
それよりも彼らが断言する少年の強さの方に今のシホの興味はあった。
「それなのに強い?」
「優先順位が決まってるんだろ。」
「だから強いし、いつもはああでも時々怖い。ラクス嬢には絶対手を出すなってところだな。」
「ラクス嬢に手をだそうなどという無謀なコーディネイターはいないでしょう。」
「少なくともここにはな。」
そこにもどこか含みがあった様に思えたが、その理由までは分からずに、彼女の優先順位が一番高いのだろうかと当たり前なことをふと思った。


「ここに居たのか。」
開いたドアから現れた紅い軍服の人間を見てさっと右手を上げる。
もちろんその体勢をとったのはシホだけで、他の同期である3人は「よっ」とか「アスラン」とかそういった反応だけだ。
軽く挨拶を返してからおもむろに彼は事務的に口を開く。
「クルーゼ隊長が呼ばれている。」
向けられた先は。
「私に、ですか?」
「なんでアスランがそれを持ってくるわけ?」
直接の上司に当たるジュール隊長が妥当である。
「丁度ラクスのことでクルーゼ隊長の所へ伺っていたからな。」
なるほど、と納得した3人とは別に何事だろうといくつかのパターンを想定したもののこれといった失敗も思い当たらず特別な任務もルーキーに任せるはずが無く。そもそもそれらはジュール隊長から言われてしかるべきだ。たとえジュール隊、ザラ隊が実質的にはクルーゼ隊のMS小部隊となっていても。
「わかりました。失礼します。」
敬礼をしてシホはその部屋を出た。

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