最近こういった”偶然”というものが良くある。
戦力的にはかなり魅力的な偶然ではあるのだが、あたしはあんまし歓迎していなかったりする。
断わっておくが、それはガウリイと二人っきりの旅を邪魔すんな、などというどっかの相棒命な男のような理由からではない。
会いたくないのは……
「はっ相変わらず進歩のないお子様だな。」
ひきき。
そう。この男
――ルークの口の悪さである。目つきも悪いがとにかく口が悪い。
しかぁし!この戦士にして天才美少女魔道士たるリナ・インバースに口で勝とうなどとは100年早い!まあ戦士も魔道士も美少女も関係ないかもしんないが。
「そっちこそ全然進歩ないようね。ミリーナもうんざりしてるんじゃない?」
彼の弱点。今も無表情で遣り取りを見守っているもうミリーナを引き合いに出して攻める。
愛情が空回りしている奴である。この攻撃は堪えるはず。
「このくそちび!誰がうんざりしてるってんだ。俺達はなぁ……」
「『ラブラブカップルぶらり旅』とか言わないでくださいね。」
ルーク撃沈。
あいかわらずミリーナの突っ込みは厳しいようである。
「ほーら進歩ない。」
「だーお前人の気にしてることをっ!」
「ふっ修行がなってないわよルーク。」
なんぞという会話を交わしつつ、歩みは止まらないのだから慣れたものだ。
所詮腐れ縁、という奴である。
まあこうも度々会ってたら慣れもするか。

そしてもう一つ。
ひたり、と足を止めてあたしは宙に言い放つ。
……だから嫌だったんだけどなぁ。
「さっさと出てきたらどお?」
――――――静寂。
むろんボケているわけではない。間違いなくそこに居るのだ。
その証拠にガウリイもルークもミリーナも剣に手を掛けたまま動かない。
そう。ごくり、と息を飲ませる圧力【プレッシャー】。
そうさせるだけの何か。盗賊でも追剥でもない
――――魔族が。
「それとも人間相手に怖いとでも言うわけ?」
「よく気が付いたな。」
声はあたしが見つめる位置のほぼ真正面から聞こえてきた。
まあガウリイの向ける視線の方を見ていたのだからそう間違いはないと思ってはいたが。
なんせ彼の勘は野生動物なみ。頭の中身とは違ってかなり信用できるのである。
ひたり。
足音をさせて姿を現した魔族を見つめる。
かろうじで人型ではあるが、その顔は人のものとは言えない。マスクをしているわけでもないのにぎょろりと目だけが光って、他は全て白い。無論身体もである。
ふっ……三流。
なんぞといって慰めてはみたが魔族は魔族。侮れる相手ではない。大量だとしてもレッサーデーモンの方がまだましである。
そんな思いで内心溜息をつきつつ、あたしは笑みを浮かべて言ってやる。
「気配の隠し方がなってないわよ。」
「ふむ。気配を殺さねばならん場面など普段はないからな。」
面白い外見はともかくも性格は至極真面目な奴らしい。
口調が固い。顔さえ良ければ渋いおじさんとして十分な人気を集めそうなテノールだ。
その発言から察するにあたしたちが誰かを知って、という可能性は低い。
気配を殺す場面がない
―――気配を殺す必要がない。
もし覇王の事件を知っているのなら、たった一匹の雑魚が何の用意もなく襲撃したりなんぞしないだろう。
それに少なくともあたしはこんな魔族は知らない!
「悪役は名前を言ってから戦闘開始が筋ってもんよ。」
「ならば名乗ってやろう。それが死に行くものへの礼儀というものかもしれぬしな。」
んなもんないない。
突っ込みたくてもこの唱え始めた呪文を無駄にするわけにはいかないのでだんまりで通す。
あたしの動作に気付いていないのか、ニヤリと笑った魔族はぺらぺらと喋り続ける。
「我が名は……」
「烈閃槍【エルメキア・ランス】」
先手必勝。
あたしのぶっ放した呪文を追ってガウリイが走る。
ぺらぺらと喋らせておいて急を付く。これぞ悪を倒すのに必勝のパターンである。夜盗なんかはこれでけりが付くのだが、 いくら増幅【プースト】つきであったとしてもこれくらいで滅んでいたら魔族は勤まらない。
倒せちゃったら楽でいいけど。
兎にも角にも今の攻撃はまともに食らったし、熱いシャワーを浴びたくらいのダメージはあるだろう。
ガウリイが斬りかかるタイミングを図るにはそれで十分である。
なんせ彼の腕は然ることながら、得物は斬妖剣【ブラスト・ソード】。細工をしていなければ石だろうがなんだろうがスパスパ切れちゃう自動辻斬り装置のような危ない剣である。覇王に通じたのだからこの下っ端魔族に通じないわけがない。
一応そいつは光弾を手に受けているが……
光弾を斬り飛ばして消滅させた途端ガウリイが大きく飛び上がって魔族の後ろへ抜ける。
「螺光衝霊弾【フェルザレード】」
ミリーナの呪文。どうやら奴の背後に移動していたようである。光の螺旋がガウリイを追おうとした魔族へと迫る。
このタイミングは避けられるわけがない。うめき声を残して姿がぶれ……
消えた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
えーと。
なんていうか本気で弱いぞ。
って最近妙に上位魔族ばっかり相手にしてきたもんだから感覚が狂っているのかもしれない。
これだって雑魚じゃあないのだ。
少なくとも初めて戦ったセイグラムくらいかそれ以上の力は持っているはず。
過信は油断を招く。
付け入る先は侮りだというのにこっちがそれをやっていたら勝てるもんも勝てないのである。
「気をつけて。あれで終わりとは思えないわ。」
言うまでもなくガウリイは剣を構えたまま、ルークとミリーナも呪文を口に乗せている。
そのまま警戒することしばし。唐突にそれは来た。
――――――――突風。
いや。ただの風ではない。
魔風【ディムウィン】などの起こす風は人の動きを止めるくらいはできるが、こうも空間を揺るがすようなものではない。さりとて殺傷力があるわけでもない。
「人間風情と思ったが、なるほど……」
魔族はどこからか笑う。
知っていたのだ。あたしたちが誰であるか。
力が変わるわけではないが、無策ではなかったのか……
安定しない地面の上でどこかで侮っていたことに後悔する。
「各個撃破と行かせて貰おうか。」
それはそれで情けないぞ、と突っ込む間もなく視界が更に揺れる。
そして
――――――――――

引き離される。
風は東西に向けてニ方向に吹き付けた。

一方は戦闘開始から動いていないあたしとルークを。
もう一方は斬り込んだガウリイと回り込んだミリーナと。
風は二つに戦力を分け、引き離していく。

駄目もとで放ったあたしの術が宙を飛び。

「リナっ」
遠くでガウリイの声が。
「ミリーナ!」
存外近くでルークの声が。

聞こえたのが最後だった。