転がった視点から見えるのは空と丈の長い草、少し先には木々が見える。
人は居ない。町の中とも思えず、森の中というには明るすぎるここはどうやら街道からは少し外れた位置にあるらしい。ミリーナの銀髪を探すが、視界の中にあれば探すまでもなく飛び込んでくるあの髪の色はどこにもない。あるのはただ、見知ったもう一人の女である。
リナ=インバース。
突風が吹いたときの場所から予想してはいたが、どうやらこちらはあの女と二人飛ばされたらしい。
気を失っていたために正確なことまでは分からないが、とりあえずあの風の所為でどこかに飛ばされたというのは間違いがない。太陽の位置は戦闘時からそう目に見えて変わっているわけでもないのに、景色が見覚えのない場所であるのがいい証拠だ。
よっと起き上がり、比較的近い位置に転がる女を確認する。
「おい。」
「ん……ガウリイ?」
軽く揺さぶれば僅かに身動ぎし、自分の相棒の名前を呼ぶ女にこんなときではあるがにんまりと笑みが毀れる。偶然でも会えば散々からかい倒されることに一抹の屈辱を感じるだけに笑える。こいつらだって立派に夫婦漫才を繰り広げているというのに、自覚がないから性質が悪い。
まあガウリイの奴はどうだか正直わからんが。
「残念だったな。いつまでも寝てねーでとっとと起きろ。」
「あールークじゃない。なに乙女の寝顔タダで見てんのよ。」
初めはやや億劫そうに、だが最後はいつもの如くふてぶてしく言い出してきやがった。
「はっ誰が乙女だ。ミリーナならともかくてめーの寝顔なんざ見たってしかたねーだろうが。」
「ほー。ミリーナならいつまででも見たいって?」
「当たり前だろーが!ミリーナとおめーが同じ感想のわけねーだろ。」
それが世の中の真理というもんだ。うんうん。
ミリーナの日頃の孤高の顔も好きだが、寝顔はあどけなくて可愛い。
その時折見せてくれるギャップは信頼されているようで嬉しかったりするのだ。決してそれは日頃信頼を感じないわけではない。……本当に。多分……きっと。
「冗談はともかく、ガウリイたちは……いないんでしょうね。あなたに起こされたってことは。」
「まーな。どうやら分断されちまったようだ。」
「こんな小細工までしてねぇ。」
何もない草原を見渡して溜息を吐く。
どうでもいいことにも頭が回るが、こういった場合での頭の回転の速さは頼りになる。早く気が付いた方が説明することになるのは世の中の常だが、 説明要らずのこいつは中々便利だ。
もっとも説明しろなどと言われても出来るほどの事態もないが。
「にしてもこんなこと並みっつーか下っ端三流魔族にできんのかよ?」
「別に魔族にならそう難しいことじゃないわ。結界を作れる奴なら簡単でしょうね。」
簡単に言ってのける。
理屈としては結界のように空間を捻じ曲げて、その際に繋げる場所をちょっと細工したのだ。
あの突風は繋げる際の力の余波。一番形にしやすい風に影響が出たのだろう。そして対峙したときはすでに結界内に取り込まれていたというわけだ。
「俺達が揃ったとたん現れたのは?」
「あたし達の顔知らなかったんじゃないかと思うんだけど。」
ぽりぽりと頬を掻きつつ、これには自信がないのか少し考えるようにリナは言う。
「あたしたちの情報っていうか覇王を倒した奴の名前と特徴しか知らないんじゃないかなって。んでもってそれは四人。特徴ならば栗色の髪の黒魔道士、長い金髪の剣士、銀髪の女、それに目つきの悪い黒髪の男ってね。」
どうも俺のコメントだけが微妙に含みがあるようなところが気になるが、今は非常事態だろうと必死になだめる。
ここにミリーナはいないのだ。下手なことを言って墓穴を掘るのは遠慮したい。
今、他に誰もいないここで口を開いたが最後。延々と舌戦を繰り広げる自信がある。いや……んなもんは自慢してもしょーもないが。
「だからあたし達が二人ずつの時は二人という人数がネックになって気付かない。情報は四人で1パックだからよ。まあ魔族がどうやって人間を認識してんのか知らないからはっきりとはいえないけどね。」
なるほど。納得できる理由ではある。俺らが出会う奴はデーモンを除けば人間のような格好をしている奴が多いから視覚で認識しているような気がするが、目のない奴もいることだし、そもそも魔族という奴は精神世界面【アストラル・サイド】に根本を置く精神体である。見た目が全てでない奴等の認識能力などわかりはしない。
妙にこいつ等と会うときは魔族との遭遇率がいいような気がして凶運を移されたのかと思ったが、どうやらきちんとした理由がありそうだ。
「さて、と。ここどこかしらね?」
よっとこちらも立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回した。
道を探さなければならない。比較的スペースのある場所であるし、野宿くらいできなくもなさそうだが、ここにずっと居てもしかたがないし、街かせめて街道に出て場所を確認しないことにはミリーナと合流ができないだろう。愛の力さえあれば、などと言えるほど現実逃避はしていない。
本当に愛の力でミリーナの居場所がわかれば楽なんだが……
「浮遊【レビテーション】で上から確認してみるか。」
「そうね。」
ぶつぶつと唱えて飛翔する。
空に近づくにつれて広がる視界だが、見えるものは木、木、木、だ。
やっと少々西に街道らしき開けた場所を見つけたが……
「なんか……嫌な予感がするんだけどよ。」
「あんたと一緒な予感なんてありえないけど……あたしもよ。」
顔を顰めて空を見上げる。立ち上る白い煙。
夜盗なんかが食事を作っている、なんてこともあるかもしれない。一般的な食事時間からは時間がかなりずれているが。
ちょっとした小競り合いで火を放った可能性も無きにしも非ず。
だが……
けっこーな勢いで立ち上る白い煙は、もっと凶悪な感じがした。





はたして嫌な予感は当たった。
人間の第六感も馬鹿にしたものではない。まあ第六感などと言えるほどたいしたことでもなく、どちらかといえば過去の経験からの状況判断ともいえる。
嫌な予感をひしひしと、逃げるってー選択肢ははなからなく、念のためといくらも離れていない場所を覗いた瞬間。
蠢く異形の集団。
「レッサー・デーモン!」
「ちっこんな時に……」
勿論一匹や二匹ならば多少面倒ではあるが一人でも他愛ない。のだが……
色々倒したりはしたのだが、どうやら今だ治まってはいないらしいことを考えると一面のデーモンの群れが予想される。
「あれを二人で相手しろってーのかよ!」
「んなこと言ってもしょうがないでしょ。やるしかないわよ。」
「わかってる!」
きっちりと叫び返しながら走り出したリナを追い、遅れを取らないよう走り出す。

「黒妖陣【ブラスト・アッシュ】」
「青魔烈弾破【ブラム・ブレイザー】」
「覇王雷撃陣【ダイナスト・ブラス】」
魔族にも効く攻撃魔法のオンパレード。
出会い頭に片っ端からぶちかます女。
俺がしていることもそうは変わらないが、怖いぞそれは。
「ルーク。そっち火も消えるように水系の呪文使うこと!」
「そーいうお前は普通に攻撃呪文使ってんじゃねーかよっ。」
「あたしはいーのよ!だいたいあんたは剣があるでしょーが。」
まあ確かに魔法よりは剣に比重を置いてるといえば置いている。
得物もこいつの相棒が持つものに比べるとそう大したものではないが、そこそこ便利な魔法剣である。
「俺には俺の戦い方がだな……」
「あーもうっいいからさくさくやる!炎に撒かれて死にたいわけ!?」
「ちっ……そーいうことかよっ」
確かに今も考えなしにこの量のデーモンが炎の矢なんぞ吐きまくってくれるおかげで燃えるいっぽう。炎を消してから戦闘なんて余裕はなさそうだ。
認めるのは癪だが、この女の指揮は動き易い。特に対多数、対魔族には絶大な効果を誇る。
(さすがドラマタ……)
数ある二つ名の中でも割合有名なものを思わず呟く。
あとは盗賊殺し【ロバーズ・キラー】だの冥府の王だのとまあとにかく広く名前の知れている奴ではあるが、話半分に聞かねば信じられんような噂ばかりではっきり言って信憑性は薄いと思っていたのだ。
まさか噂に違わずこんな無茶な女だったとは思わなかったが。
「あと何匹?」
「こっちは3匹だな。」
背中合わせでフォローし合いつつ確認しあう。
急造コンビは合う合わないはともかく、とりあえずは問題なく屠っていく。
もちろん愛し合う俺とミリーナのコンビに比べればへでもないが。
……ミリーナの突込みがないとこーいうセリフはさみしいものがある。
「んじゃちゃっちゃと行くわよっ!」
「言われなくてもなっ」
気合一閃。
呪文と剣との攻撃であっさりとデーモンどもは減っていく。
呪文でまず倒せば、剣で一匹なぎ倒し、おまけに呪文で駄目押しが入る。
頭脳プレーが出来ないこいつらじゃ、いくら数が多くとも相手じゃない。
圧巻だろう。もっとも死屍累々とデーモンが横たわってるってーのはあまりいい光景ではないが。
そして。
「獣王牙操弾【ゼラス・ブリッド】」
最後の一匹をリナの放った光の帯が粉砕した。



「これで、終わりか?」
「にしては数が少ないわね……」
辺りを見回しそこにあるデーモンの数を数えて眉をしかめる。
デーモンの異常発生だったら何百匹という量のレッサー・デーモンがうじゃうじゃと発生する。
だが倒したのは僅かに――といったって普通よりは多い十四匹。
そもそも気付いたのは奴らが火の矢を放ったからではなかったか。
炎の矢【フレア・アロー】を放ったということは、放てる相手がいたということだ。
まあレッサーデーモンならむやみやたらとぶっ放した可能性もなきにしもあらずだが……
ピクリ。
捕らえた気配にすっと一歩前に出る。
それが結果的に気付いていないらしいリナの前にでることになり。
「何よ?」
俺の警戒態勢に訝しげな顔をするリナに端的に答える。
「誰かいる。」
人の気配だ。それは間違いはない。だが……
敵か通りすがりかは計りかねる。ただ一般人でないことだけは確かだ。
やがて現れたのは。
抜き身のブロード・ソードを引っさげた白ずくめの男が一人。
そうとうな使い手だろうことは想像に難くない。
フードも目深に被り、目以外を覆ってはいるがどうしても覗く肌は異質な。
――――キメラ。
悟った瞬間に剣を持つ手に力がこもる。
殺気はなかった。だが、ただ静かに佇む相手も気を緩めない。
じりじりとお互いに動かない状態で出方を伺って……
「ゼルガディス!」
いきなし緊張の後ろから物凄い音量で上げられた声に粉砕された。
「うっわー久しぶりね、ゼル。」
親しげなその呼びかけに、僅かにその空気が緩む。
ひらひらと手を振りつつひょっこりと俺の後ろから出やがったリナは警戒心が皆無だった。剣こそ収めちゃいないがあれじゃあとっさには反応できない。
「おいこらっ。ちょっと待て。」
「あによ。」
人がせっかく庇ってやったというのに煩そうに振り返って顔をしかめやがった。
まあ止まるだけましといえばましだが。
「ほいほい怪しい奴に近づくんじゃねーよ。」
「あんたあたしを何歳だと思ってるわけ……?」
言い方が気に入らねーのかジト目で見やる。
その姿を見やってぽそりと。
「15か16か下手すりゃ13とかか?まっ大人にゃ見えねーな。胸もないし。」
「だーっほっとけ!どいつもこいつも!!」
やはりそれは事実であるが故に言い返せないらしい。
勝利の予感にニヤリと笑う。
「ガキにゃあちゃんと注意しとかねーとな。」
「ほっほー。あたしがガキならあんたおじんよ、お・じ・ん!」
「ってっめー。それ殆どの傭兵敵に回す言葉だってしってっか?しかもあれだな。お前の論法でいくんならガウリイの奴もおじんだな。」
「あれはあたしの保護者だもん。おじんで十分!」
言い切りやがった……
哀れガウリイ。人事ながら同情しちまう。
いやいやまじで惚れた女がこれで、扱いがこれ。
哀れ以外の何者でもない気がする。
「ともかく問題ないってば。あたしの知り合いよ。」
器用なウィンクを送ってよこし、今度こそ白ずくめの男の前に立つ。
「てーことで改めて。お久しぶりね、ゼル。」
「あいかわらず訳のわからんノリをしてるな。」
「そー簡単に変わるわけないじゃない。ゼルも相変わらず見かけによらずおちゃめじゃない。」
……おちゃめか?
どちらかというと物騒に見えるんだが。
類は友を呼ぶ、などという言葉が頭を過ぎる。
勿論俺とミリーナは除く。だいたいちょっと何度か事件に出会うだけの腐れ縁で類友なんぞと言われたらかなわない。……それこそ類友という説もあるが。
ちらり、とこっちに視線をくれた奴は意味ありげにリナに問う。
「連れが違うようだがガウリイの旦那はどうした?」
「ちょっとはぐれちゃってね。」
詳しい説明はとりあえず避けたようで言いつつリナは肩を竦める。
とはいえこっちに話してもいいか、などと伺う予定はないらしい。
今言葉を濁したのも単にここはデーモンの死体が散らばっていて落ち着かないというだけだ。
「これはルーク。目つきと人相と口は悪いけどまあ悪い奴じゃないから。」
「てめーっ」
人相悪いの口が悪いのと人のことをなんだと言えるようなたまじゃないくせに何を言う。女の癖に俺より口が悪いんじゃねーかこの女は。
まあ愛想がいいというか調子がいいというかぶりっ子は得意な様で目つきばかりは勝負にならねーが。
だいたい怪しさ大爆発なそいつよりはマシだと思うぞ。
くるり、と今度はこっちを向いて。
どーでもいいが人を指差すのはやめろっつーに。
「ルーク、そっちはゼルガディスっていってあたしたちと……」
「自己紹介は後だ。」
ゼルガディスという白ずくめは遮って。
「そうね……」
すっとリナの顔が真剣になる。
俺も当然ながら気付いていた。
―――――――デーモンとは核が違う、瘴気を放つ気配に。
「また厄介ごとを背負っているようだな。」
呆れとも、諦めともつかぬ苦笑で応じた魔剣士はブロードソードを構えなおす。
「まあ、ね。」
複雑そうに答えるリナも抜いたショート・ソードに術を掛けたらしく魔皇霊斬【アストラル・ヴァイン】の赤黒い光が剣を覆う。意外そうなゼルガディスだったがそいつも自分の剣に同じ呪文を掛けたようだった。
人のことばかりをきにしているわけにもいかない。
こいつらの気の抜けたやりとりに思わず緩んだ緊張を張りなおす。

そして……

第二ラウンドが始まった。