ローテローゼ●中編●



下手に動けば危険だとアメリアは判断した。
街からそうはなれているわけではないが、流石に森の中。人数も桁違いの盗賊相手にたいした魔力も体力もなしに人一人を背負って無謀というものだ。土地勘があれば別だがそれもなく、どうみても見つかる方が早い。
それに三日
―――夜が明けたから二日か―――待てば応援は来る。
だが……

――――――どうする?)

リナを一刻も早く医者に連れて行かなければならないのは一目瞭然だった。もしくは早くアメリアが復活を唱えられるまで回復しなければならない。それにはゆっくりと食べて、寝てといった静養が必要だ。
普通の状態であれば三日くらいなら生きていられる。水は水浄化で出せるのだし、そのくらいなら食べなくても生きていられる。食べることは好きだけれど死ぬのと比較するほど食い意地は張っていない
―――リナじゃあるまいし。
ここは安全だ、とは言えないのだろう。けれど隠れ場所としてはこの上ない場所である。これ以上の場所が見つかるとは思えない。自分たちには出入りできて、敵は入って来れられない場所。
こうなると相手が空間を渡れるような魔族でないことだけが救いだった。
野党であれだけ腕が立つというのもタチが悪いが。

「リナさん、どうしましょう……」

思わず、寝かせたリナを縋るようにアメリアは見つめる。
ただしリナはピクリとも動かない。血の気のない顔で気を失ったまま。
不安に唇を噛んで涙を堪える。
自分一人でこれからのことを決めなければならないというのが重かった。
しかも自分とリナと二人分の命だ。
戦うことは同じだ。けれど作戦を組み立て、指示を出すのはいつだってリナだ。
リナに頼っていたことを痛感する。
セイルーンに帰れば指示を出す側になる。
それが、セイルーンという大国の皇族に生まれたものの宿命だ。
もちろんそれが嫌などと思ったことはないけれど。

「私って意外と甘えてたんですね……」

否、とも応とも。
それで良いのだとも悪いのだとも答えは返って来ない。









「うっ……」
「リナさんっ!?」

うつらうつらと船を漕ぎそうになっていたときだった。
育ち上徹夜は苦手だったが、流石に警戒時にぐっすり眠れるほど図太くも無く
―――他に見張りがいれば別である―――その小さな声でアメリアは飛び起きた。
薄っすらと目を開けたリナを覗き込み、身を起こそうとして呻くのを慌てて押し留める。

「傷完璧には塞がっていないんですから動いちゃだめですっ。」

そうみたいだと僅かなその動作で察したリナは大人しく横になったまま状況を把握しようとしたようだった。
きょろきょろとできる範囲でリナの瞳が動き、周りの景色と音とを捕らえる。それだけでは分からないことを問おうとしてただ声が上手く出なかったのだろう。小さく咳き込んでしばし、黙ってから絞り出した声は僅かに掠れていた。

「捕まったわけじゃあなさそーね。」
「はい。倒せませんでしたけど逃げてきました。」

悔しそうな、申し訳なさそうなアメリアにパタパタと腕を上げてふる。
気にするな。そういう意味の身振り。

「だいじょーぶよ。あんた復活掛けてくれたみたいだし。」
「すみません。魔力あまり残っていなくて……」
「まっ逃げられただけでも上出来よ。」

血の気のない顔のまま勝気に笑う。
こんなときでも、その瞳は強さを失わなかった。いつものリナ。
それに先刻感じた不安がもう存在しないことに気づく。

「それにしても厄介ね……あたしが万全なら遠くからドラスレでぶっ潰すってのもあるんだけど。」

お宝はもったいないが、この際気にして入られない。
生きるか死ぬかの問題なら迷う間もなく命をとる。もちろん両方もらえるときはしっかりぶん取るが。

「悔しいけど、あたしもあんたもこんな状態じゃあいつを倒すことは無理ね。」

侮りがあったとはいえ万全で掛かってこの有様だ。満身創痍の彼女らが挑んでいっても返り討ちが関の山。
そんなことはちょっとばっかし笑えない冗談だ。

「かといっていつまでもここに居るわけにはいかないし……」

う〜んと先程アメリアも考えて唸っていたことを同じく唸るリナ。
ただアメリアのそれよりリナの決断は早かった。

「街に一度戻りましょ。」

一通り考えてあっさりと決定という具合である。
問う形の語尾ではあるが、だいたいそれで決定の場合が多い。概ねリナの決断には反論もでないからだ。

「あの武器が相手じゃガウリイかゼルを連れてきた方がいいしね。」

正真正銘剣士
―――それも超一流のガウリイと、元々剣士として修行を積んでいたというゼルガディスである。
その獲物も光の剣と人為魔法剣。
まあゼルガディスの方はアメリアの拳と同じく魔力を込めただけであるが本体と直結していないから大丈夫であろう。もっとも盗賊あたりにゼルガディスがそれを使うかどうかは別である。
彼の腕なら必要ないかもしれない。あの棍はガウリイの光の剣のようにスパスパと切れる類のマジックアイテムではないようだし。

でも、と躊躇いがちにアメリアは反論を口にする。

「戻ってくる前に逃げるという可能性だってあるじゃないですか。」
「逃げないでしょ。」

軽くリナは受け流す。横になっていなければ肩くらい竦めて見せただろうリナに眉を寄せる。
どこにその根拠があるのかと。

「逃げる必要なんてないのよ。」

そう言って逆に問うのがリナ。

「なんで逃げなくちゃなんないわけ?」
「それはだって……アジトの場所がばれちゃったら逃げません?」
「勝ち目が無ければね。」

そう。逃げるのは勝ち目がないと分かったときである。所詮盗賊とは弱者には強いが強者には弱いという情けないというか本能に忠実というかな習性を持つ。ただし無駄に自信があることが多く、相手の実力など見れるほどの力もないのだろう。だから簡単にリナに滅ぼされる盗賊は後を絶たないのだ。
逆に言えば自信があるなら気にしない。しかも今回の奴らは無駄な自信でなく裏づけする実力があるからタチが悪い。
アジトを変えるというのは存外大変なことだ。まずよさそうな場所
―――これは街道に近かったり、村に近かったり、お宝をしまう天然の要塞があったりとまあそれぞれ立地条件がある―――を探して、そこに人がたくさん住める様にする。そうしてえっちらおっちらと大移動だ。
そんな手間を好む人間は滅多にいない。
それに、である。

「アジトの場所なんてとっくにばれてんの。っていうか隠すつもりがないんでしょうよ。だったら今更逃げたりなんてしないわ。」

確かに情報収集をしていったと言っても所詮野盗のアジトの場所など憶測にしか過ぎないはずだ。
それがこうやって正しいということはあいつらが目撃表現を潰さなかったということ。
そこに切羽詰った影は無い。

「ということであんたには悪いけど明日はつーか今日だけど頑張って背負ってね。」
「ええっ!?私がですかぁ。」
「じゃあ何かい。あたし置いていくつもり?」
「そーいう意味じゃありませんけど……」
「しょーがないでしょ。まだ自分じゃ立てないんだから。」

彼女としても不本意なんだと鼻を鳴らして、不貞寝するようにリナは目を閉じる。
確かに楽することやお金儲けをすることは大好きなリナだけれど、自立心が高く意外と人任せにすることを悔やむ。”おごり”や”ただ”という言葉に滅法弱いくせに赤の他人の受ける意味の不明な施しは許さない。
だから実際しかたがないのだろうと苦笑して、不貞寝でもなんでも眠ったのであろうリナを見つめた。
一眠りしておくのならアメリアも今しかないのだが、彼女はしかし目を閉じない。そのままじっと入り込んだ隙間から明るくなってきて差し込む光を眺めた。

「アメリア」
「はい?」

眠っていたと思われたリナから呼ばれてきょとんとして視線を向ける。

「横になってるだけでも違うわよ。」
「でも……」

見張りをしなければと口ごもるアメリアに、

「こんなとこなら降りてくる前に気づくわよ。それに起きてたからってここじゃあ逃げられるものでもないし。」

だったら寝ておく方が得策だとリナは言う。そして続いた立った一言に息を呑んだ。

「それにあんた徹夜苦手でしょ?」

どんなに傍若無人でも。
どんなにお金に汚くても。
どんなに扱いが酷くても。

「リナさんてほんとそーいう人ですよねぇ。」

やはり相当無理をして喋っていたのだろう。血の気の無い顔のままあっさりと眠りについてしまったリナを見て思う。



だから多分、これからもずっと彼女の側にいたいのだろう、と。